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2013年03月25日 世界各地に見られた王国時代の壺

 先日、ヤンゴン河の川縁を歩く機会があった。歩いたのはボータタウン埠頭のある辺りで、シュエダゴンパゴダと並びヤンゴン有数の古刹に数えられるボータタウンパゴダがランドマークとなっている一角である。ヤンゴン河沿いに東西に広がるヤンゴン港の中でも、この埠頭はだいぶ東側に位置する。埠頭に隣接してコンテナヤードが設けられているものの、大型外航船の荷役には使われておらず、もっぱら国内の河川を運航している河船の荷役に使われることが多い。そのため、埠頭にはのんびりした雰囲気が漂い、昔ながらのヤンゴン河の景観を眺めるには最適のスポットになっている。
 乾季から暑期への移り変わりにあたる時期にあって、その日の天候は少し普段と変わっていた。ヤンゴン河の南からやや強めの南風が吹いてきていて、空には巨大な入道雲が広がり太陽を時折遮っている。こうした南西風が卓越する頃にはミャンマーも雨季に入るはずである。

出所は中部チャウッミャウン

 そのようなことを考えつつ埠頭に着くと、埠頭の光景も普段と大きく異なっていた。何か大規模な祭りでも開催されているのかと見紛うほどに、見渡す限りの陶磁器である。色も形も大きさも様々で、素焼きの土器もあれば、鮮やかな黄色や緑の釉薬がかけられた鉢もある。とりわけ、一際目を見張ったのが黒褐色の釉薬がかけられた特大の壺である。ゴロゴロと横倒しにして並べられているが、直立させれば高さは1メートル近くありそうだ。子供ならすっぽり中に入れてしまいそうに思える。船からの荷揚げ作業の最中であるらしく、桟橋からはこの壺を背中に担いだ若者が続々と上がってくる。
 聞けば、これらの陶磁器はチャウッミャウンで作られ、ヤンゴンの市場で売るために河船で運ばれてきたとのことだった。チャウッミャウンは中部ミャンマーのマンダレーよりさらに北、エーヤーワディー河の西岸にある町で、ヤンゴンからは700~800キロ離れている。ミャンマー王国の都が置かれたシュエボーという町から近く、伝承によると、本来はこのような大型壺つくりの職人は南部ミャンマーに住んでいたが、王国時代にチャウッミャウンへと移住させられたのだという。

沖縄や九州でも利用か

 その話を裏づけるかのように、この大型壺の祖先にあたる壺が世界各地で発見されている。いずれも15~17世紀頃の壺で、当時の国際交易の流通網に乗って各地へ運ばれていた。インドネシアやフィリピンを始め、遠くはアフリカやトルコにも達している。日本の沖縄や九州でも、この壺の破片らしき資料が確認されている。往時のミャンマーがいかに国際交易上重要な位置にあったかを偲ばせる壺である。
 ヤンゴン周辺から世界へ積み出された往時の壺と、ヤンゴンの市場で売るために内陸から運ばれてきた現代の壺。それを思うと時代の変化を感じさせられるが、再びこの壺が世界的に評価されるようになる日も、また来るかも知れない。

上智大学大学院 石川和雅

 

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