日中関係の冷却には必然性

日中関係の冷却には必然性

富山大学 教授 清家 彰敏 氏



――「最新徹底分析 中国企業と経営 経営者・ガバナンス・戦略・組織・人事」(角川書店)を馬淑萍中国国務院発展研究中心研究官と共著で出版された…

清家 今、ご承知の通り日中関係は大変にギクシャクしており、国民の中には中国を敵対視する意見も散見されてきている。そして、そうしたなかで、中国経済に対する事実情報が少なく、いいかげんな情報がはんらんしている。しかし、それでは中国に対して日本として正しい対応はできない。また最近、中国は膨大な経済統計を整備して、対外的にもきちんと公表しているが、日本ではそうしたデータを入手し正確に分析する公的システムが出来ていないのが現状だ。このため、本書は中国政府が提供してくれた最新のデータを元に、中国企業について客観的かつ正確に伝えることを主眼に置いている。

――中国に対し感情的になっている日本人はまだ少ないと思うが、中国のデータをきちんと把握し分析している人もごくわずかだ…

清家 中国の経済発展は強い政府と自由な民間企業の活動によるところが大きい。これに対し今の日本政府は、トヨタなど民間企業の勝ち組ばかりが脚光を浴びるせいもあって、自信を失いがちだ。また、中国政府の対応を見ても例えば先般、名古屋に副首相が来日したが、経済総理ともいえる豊田章一郎氏には会ったが、小泉首相との会談は土壇場でキャンセルするといったことでも分かるように、日本政府より経済や産業界を重視している。

――確かに政府・官僚には元気というか力がない…

清家 日本政府がこうした状況を脱していくために、私はまずやらなければいけないこととして、三つのことが重要だと考えている。その一つは情報だ。つまり、これからの政府は「情報政府」でなければいけない。この情報とは、総務省の言うような政府提出書類の電子化といったことではなく、世界の情報、民間企業が入手できないような情報を集め、分析すると言うことだ。情報がない政府はいかに弱いかということを今の政府は良く理解しなければならない。

――その通りだ。今の官僚はものを知らなすぎる…

清家 二つ目は人材だ。どういう人材がこれからの日本政府の官僚モデルなのかという問題だが、日本の上位三十社の大手企業のトップと対等にわたりあえる三十代の人材をどのように育てていくかということではないかと考えている。そして三つ目は、やはり組織のあり方だ。情報と人材と組織がそろって初めて、国家政略を描くことができる。

――日本は独自の国家政略というものが無くて、米国一辺倒だと言われている…

清家 小泉首相があれほどの批判を浴びながらも靖国神社に参拝することについて、国の内外から「子ども染みている」「意固地だ」との評価がされている。しかし、それは間違いかもしれない。これは中国の北京大学のインフォーマルな場で、ある教授から聞いたことであるが、中国政府からみると彼の行動は非常に計算され、国家政略からみると大変に合理的な意味を持っている。というのは、小泉首相はサッチャーとレーガンが成功した民営化によって日本を変革しようとしているが、それを成功させるには反対派を封じ込めなければいけない。その最大の反対勢力は自民党内にある橋本派だ。橋本派は自民党の最大派閥であり、また、民営化反対派の議員も多い。サッチャー、レーガンに倣って民営化を成功に導き、クリントンを登場させないというのが政略である。小泉首相自身が首相を退いた後で反動派が台頭し、万が一でも反動派から首相が輩出されてもらっては困る。そしてまた、その反動派には中国寄りの議員が多い。

――橋本派の前身は田中派だ。周知の通り田中首相は日中国交正常化を成し遂げた…

清家 橋本氏は、中国では非常に人気がある。彼のグループを叩くには、中国との関係に距離を置くことで、中国と経済的にも親密な関係を持っている橋本派を「兵糧責め」にする。そのために、中国が嫌がる靖国神社に参拝するというようにみれば、彼の行動は極めて合理的だと北京大のある教授は言っていた。小泉首相にとって民営化を推進するのと今の中国との友好関係を維持することとどちらが大切かということだが、彼は民営化の方が将来の日本にとって大切と判断したからこそ今の戦略を採っているという見方であろう。

――なるほど。しかし、小泉首相の行動はその教授のお話で理解できるとしても、靖国神社の何たるかは今の大半の日本国民すら理解していないだけに、中国の靖国神社に対する異常とも思える反応は理解しかねる…

清家 中国の二十代、三十代のエリートも靖国神社が何たるかを理解していない。最近、中国国務院の人たちに靖国神社で一般の日本人がお花見をし、酒を飲んで踊っている写真を見せたが、彼は大変に驚いていた。彼としては靖国神社はファラオのピラミッドのようにもっと荘厳な物と思っていたようで、われわれはこの程度の神社を敵視していたのかといった感想を持ったようだ。しかし、もはやこれだけの騒ぎとなってしまった以上、中国政府としても後へは退けないといったところがある。

――靖国神社が日本批判のシンボルとなってしまった。

清家 それにもう一つ中国がこのところ日本に対して冷たくなっている理由がある。それは今、中国が目指している、「投資の質の向上」と日本企業の中国進出の内容が合致しなくなっているためだ。つまり中国は今、単なる工場進出ではなくて、研究開発や本社機能、ベンチャーキャピタルなど質の高い投資に変えたいと考えている。「投資大国」から「投資強国」へと変えていく、ただ単に投資資金がたくさん集まるということではなく、質の良い投資資金が集まる国を目指している。同時に、たくさんの人材ではなくて強い人材がいる国、「人材大国」から「人材強国」への展開を目指している。

――安い労賃を求めて中国に進出してくる日本企業はもう必要ないと…

清家 今年三月の全人代でも、製造業への投資はもはや必要ないに近い諸政策を表明している。既に上海からこの傾向が出ており、日本がモノづくり製造業を引き続き中国で行いたいのであれば、中国の沿岸部ではなくて内陸部、西部、中部に進出してくれと政府は言っている。これに対し日本は中国投資というと未だに製造が進出し、ローテクを中国に持ってくるということで中国の利害と合致しない。単純労働や安い賃金の労働しかできない国ではなく、これからはハイテクに対応できる人材、経営ができる人材がいる国を造りたいという中国政府の方針を、今の日本政府や日本企業が理解していないことも中国政府が冷たくなっている理由の一つだ。

――日本は「恋人」の変化を理解していないと…

清家 そこで最初の話に戻れば、日本政府はいかに世界の情報を持っていないかということだ。私が「最新データ分析・中国企業と経営」の本を出版した理由は、中国政府は相当にたくさんの情報を開示しているにもかかわらず、日本にはこの本に相当するようなデータの本は出版されていない。日本政府は日本企業すらきちんと把握できておらず、その結果、ここ二十年来の経済不振をかこっている。これに対し中国政府は確実に中国企業を把握している。その情報の差が国や経済の勢いとなって現れている。中国は今や大きくかじを切っており、これに欧米が対応しつつある。そうなると、中国の主要都市、上海、北京、広東などは欧州企業ばかりとなり、放っておくと日本企業は奥地に行かされてしまう。いつまでこうした日本政府の情報の無さが続くのか、この克服が喫緊の課題だ。