民間による自主規制の再強化を

民間による自主規制の再強化を

前証券取引等監視委員会 委員長補佐官 山元 高士 氏



――市場行政が事前チェックから事後チェックに代わるとともに、規制の大幅な緩和が行われたため、ライブドアによるニッポン放送株の市場外取引のように様々の抜け穴が健在化してきており、それによる不公平感が出てきている…。

山元 まったくその通りだ。私が証券界から証券取引等監視委員会に来て痛切に感じたことは、金融ビッグバンの名のもとに自由化や規制緩和が行われてきたが、それによる問題点の手当てがされていないため、投資家保護や市場の安定性、公正性にバランスの欠く状況になってきているのではないかということだ。当局が規制緩和の問題点を少し手当てしようとすると、規制緩和に逆行するのではないかといった意識がじゃまをする。本来のあるべき姿は、自由化とともに新たなルールをつくっていくことだが、それに行政は少しちゅうちょしている。その結果、見方によっては業者やプロのやりたい放題のマーケットになってしまっている。

――ニッポン放送買収というような事件が発覚して初めて、新たなルールの手当てをする…。

山元 とりわけ心配なのは、プロダクト分野において自由化のなかでの新たなルールが確立されていないことだ。債券や株式の発行市場やデリバティブ取引などではどこまで規制するのかという線引きもされていない。金融ビッグバン以降、自由化され、事後チェック行政になり、金融技術発達の遅れの要因となっていた監督行政による重石がとれたことで、金融技術は飛躍的に発達してきたと思う。しかしながら、それによる問題点も数多くなってきているため、この辺で自由化・規制緩和の総点検を行うべきではないか。そして、総点検は官だけではなく、民間も行う必要があると考えている。

――民間も金融ビッグバンの総点検を行えと…。

山元 民間による自主規制は元々、当局による監督とセットになって市場行政が行われていた。しかし、今現在、民間による自主規制がきちんと行われているのか、機能しているのかという問題意識を持つことは、東証問題が議論されていることもあり、非常に良い機会ではないかと思う。市場に一番近いところにいる民間業者の自主規制がうまく機能しなければ、いくら行政が問題意識を持ったとしても市場行政は難しいし、自由化後の新たなルールを創ることはできない。東証の自主規制のあり方だけではなくて日本証券業協会などを含めた民間の自主規制のあり方を金融ビッグバンの点検とともに行うべきだろう。

――ここ数年、金融庁は金融不安対策に没頭し、規制緩和にともなう問題点の点検どころではなかったという台所事情もあるが、その金融不安が峠を越した今、確かに金融ビッグバンの総括を行うべきだろう…。

山元 具体的な事例をあげれば、ライブドアによるTOB規制のしり抜けのほかにも、第三者割当増資の問題がある。第三者割当増資はかつてはかなりの問題があって規制されていたものが自由化されてしまった。その結果、今現在はCBを第三者割当で発行するケースや危なくなった会社が私募形式で第三者割当を発行するといったケースが相次いでいるが、こうした複雑な動きは第三者割当の自由化当時は想定されていなかった。そして、そのひとつがMSCBで有利発行の問題が指摘されているわけだが、これは第三者割当が自由化する際に発行条件の決め方や流通市場への影響をどのように制御すべきかということを詰めなかったツケが回ってきているといえる。当時想定し得なかったことが現実化し、それが看過できないような問題になっているものの、まだ当局の手が付けられていない問題がいろいろある。

――その結果MSCBなどを知らない一般投資家が損をする。そして、そうしたことが横行すると一般投資家は株式市場に近づかない。となると規制緩和をし、直接金融市場への移行を政府が促しても一般投資家は見向きもしない…。

山元 別の言葉でいうと、「証券市場は相変わらず信頼感が無い」ということになるが、昔と違って「証券会社に信頼感が無い」ということではない。そうしたMSCBなどの新しい仕組みが一般投資家の方々には受け入れられない、解らない、不安感があるということがマーケットに資金が流入していかない大きな原因のひとつだ。この点、証券会社の営業姿勢はかつてと比べ相当改善されてきている。もちろん今でも証券取引等監視委員会が色々と指摘をしているが、ピンポイント的な事例であって不正がまん延しているという状況ではない。郵政公社の職員二十七万人のうち年間三千人が不正を指摘されるという規模と比べれば、証券界十万人の不正はごくごく僅かだ。

――一般投資家からみると、今の株式市場は外人やプロだけが儲かっている市場で、個人投資家はせいぜい新規上場株ぐらいしか狙えないかなと…。

山元 確かにそういう感じはある。しかし、新規上場株とても有価証券報告書に虚偽の記載があったりしている。また、EB債の販売などでも分かる人と分からない人が混在しており、プロが創ったものを商品性を理解していないアマが売り、投資家に不信感が持たれる状況をつくり出してしまっている。このため、そうした状況を改善し、広く国民が参加できるマーケットを創るために、民間の自主規制団体がきちんとワークする必要がある。行政当局による監視・監督も必要だが、それには一定の限界もあるため、市場に一番近いところに居るプロがプロを監視し、緊張感のあるマーケットを創っていくべきだろう。

――かつてはそうした市場運営は大手四証券が行っていた…。

山元 そうだ。一部に有利な運営をしているとか、四社独占といった問題はあったものの、一定の秩序は保たれており、日本の国策にあった市場運営がされていた。この点、今は国全体が構造改革による自由化・規制緩和を標ぼうしているなかで、それに沿った自主規制を行っていかなければいけない。自由の国アメリカでも新たな問題が起きればどんどんルールをつくり不正が起こる抜け道をふさいでいる。それでも防止策が後追いになってしまってるのが米国の現状だ。しかも米国のSECは四千人体制で日本の証券取引等監視委員会の十倍以上の規模だ。それだけに監督官庁だけでなく民間の自主規制団体がしっかりしなければ市場への不信感はいつまでたっても拭いきれない。

――金融庁や証券取引等監視委員会の人員をもっと拡充し、強化しなければいけない…。

山元 権力を持った市場監督者はやはり一定の規模が必要で、市場の拡大や成熟にあわせて拡充・強化していかなければ市場の信頼を勝ちえない。民間が日々の業務を行っていく過程で、どうも規制が必要だなと自主規制団体が判断し、それを行政サイドに依頼し法的措置を採ってもらい、その法律をもとに証券取引等監視委員会が監視し勧告するという連携が必要だ。しかし今現在は何故か民間業者は当局に市場運営を任せきりで、民間が相互に公共財であるマーケットを運営していくという意識が欠けている。これは、証券の免許制が登録制に移行したためだとの指摘もあり、また証券業経営がここ十年、難しかったということもあろうが、現実は証券会社が利己主義に陥ってしまって公共財の運営者であるという自負心を欠いているところに問題があると思う。