IRにより敵対的企業買収を防止

IRにより敵対的企業買収を防止

日本インベスターリレーションズ(IR)協議会 首席研究員 佐藤 淑子 氏



――日本のIRの現状は…

佐藤 当IR協議会では毎年、日本のIRの実態調査を行っている。今年の結果を見ると、IRの専任部署を設けたり、IRの費用を増したりする企業が増えている。これは最近、関心が高まっている敵対的企業買収を契機に、今まで漠然とIRを行っていた企業がIRの目的意識に目覚めたということがあるのではないかと見ている。調査でも、IRの目的の一つである株価の適正な形成という項目は、アンケートで過去においては二位ないし三位の順位だったが、今年は一位に躍り出ている。

――敵対的買収を防止するために、きちんとIRを行い株価を上昇させると…

佐藤 これまでのIRの目的は、企業や事業内容の理解促進という項目が一位だった。それはあからさまに株価を上昇させたいということではなくて、「長い目で企業を見てください」といった意味でIRを行う企業が多かった。しかし、わが国での敵対的買収の盛り上がりを契機に、株価や時価総額を意識してIRを行う企業が増えてきた。具体的には、以前から積極的に行っていた外国人投資家へのIR活動をよりきめ細かなものにするとか、個人投資家に対しても一層積極的なIR活動を行うなど、一歩踏み込んできている企業が増えている。

――上場企業でもIR活動を全く行っていない企業もあるかと思うが…

佐藤 当協議会のアンケートでは、上場企業三千数百社を対象にしているが、このうちアンケートに回答した企業が一千数百社あり、さらにこのうちの九五%がIRをしていると回答している。こうしたことから類推すると、上場企業の三分の一強がしっかりIRを行っており、残りの三分の二弱については十分でないという状況ではないか。

――敵対的買収によりその状況も変化しつつあると…

佐藤 敵対的買収のターゲットとされる企業の要件として、低成長・低評価のほかに、IRを行っていないということがよく言われる。要するに、投資家の狙いを探ることに慣れていないため、隙をつかれてしまう。逆にIRをきちんと行って株式市場に認知してもらっていれば、その効果による高株価がネックになり敵対的買収も行いにくいというわけだ。

――IRとPRの違いは、IRは投資に必要な情報を開示することだと思うが、一部の投資家向けにインサイダー情報を提供してしまうケースもあるのでは…

佐藤 そうしたことが起こらないように、米国では法規制が整備されており、株価に影響するような情報を一部の投資家だけに開示してはいけないことになっている。わが国にはまったく同様のルールはないが、その代わりインサイダー取引規制がかなり細かく網羅的に明示されている。そのため、米国のようなIRに関する規制は必要ないと考えている。日本の企業でも、少なくともIRを行っている企業は、小さな投資家説明会において重要情報を開示しないという自覚はできていると思う。この点、わが国では自主規制という点で、ディスクロージャーポリシーや社内における企業開示のあり方を明文化し、周知徹底を図っている企業も増えてきている。また、東京証券取引所でも適時開示に関する宣誓書を企業に要請し、その実効性を確かなものにするための社内体制の整備も併せて要請した。そこにおいても情報開示のポリシーやチェック機能の開示がみられる。そうした取り組みを通じて企業の情報開示のあり方が洗練されたものになってくるのではないか。

――今なおIRを行っていない企業に対するアプローチについては…

佐藤 当協議会でもIR優良企業賞を選定し、その事例報告セミナーなどを通じてIRを企業に啓蒙していくということを行っている。IR優良企業のように、資本市場から評価されたというような効果が目に見える形でも現れるケースが相次いで出てくれば、それにより自然にIRを行う企業が増えてくる。さらに上場というものが何であるのかと各企業が自覚して、上場とは株式市場で資金調達を行って、それによりさらに成長していくという意識が必要だ。ただ単に上場しているだけではIRについても意味がないということになってしまい、それこそ最近例が出たように、オーナー社長による非上場化ということが起こってくる。また、IRも行わずに株価を放置した結果、敵対的買収にあったり、上場基準が維持できなくなったりするという危機感が、結果としてIR活動を活発にするというアプローチもある。

――その一方で、個人株主育成という目的で個人向けIRを活発化させる動きも増えてきている…

佐藤 代表的なケースとしては、東証一部のカゴメが挙げられる。カゴメは短期間に何万人もの個人株主を増やして、しかもその個人株主がカゴメ商品のファンであるため、簡単には株式を手放さないということで、ある種の敵対的買収の防衛策になっている。ただ、こうした試みがすべての企業に当てはまるとは言いにくい。いわゆる「B to B」企業などは、その中身が分かりにくい。やはり、個人に限らずできる限りすべての投資家に今の経営陣の考えを理解してもらうことが大切だ。

――敵対的買収を契機に再び株式持ち合いが活発化すると、IRの必要性も低下する可能性があるのでは…

佐藤 ご指摘のように持ち合いが再び増える可能性もあると思うが、しかし、以前の銀行が持ち合いの中心だったころに比べて、単に持ち合いをしていても企業防衛ができなくなってきている。というのは、株式を持ってもらっている企業自体が買収されてしまうケースもあるし、そもそも事業会社が相手の企業の株式を保有することが企業合理性に欠けているとすれば、事業会社の株主への説明責任という点で問題視される。逆に、持ち合っている株を非常に有利な価格で買ってくれる投資家などが出てきた場合、何故に売却しないのかという問題にもなる。このため、相当な理由がなければ持ち合いを続けていくことは難しい状況になってきており、上場を続けていく限り敵対的買収に対する絶対安全な対策はもやは存在しなくなっているといってもよいのではないか。

――となると、IR活動は上場企業に不可欠なものとなりつつある…

佐藤 証券取引法や東証が求めている制度開示だけ行えばよいという考えの企業もまだまだ多い。また、IRをそれなりに理解しているものの、いざIRのお金が必要になると尻込みする企業もある。しかし、制度開示を補って、先手先手を打つという形で投資家に投資情報を提供していくことは、敵対的買収に対するリスクヘッジにもなるということが、ここにきてようやく日本の企業にも理解されているという感じはでてきている。

――日本独自のIRといったものはあるのか…

佐藤 金融・資本市場はグローバルであるため、日本独自のIRといったものは見出しにくいが、あえて挙げれば個人投資家向けのIRではないか。というのは、欧米はIRでも効率性を重視するため、個人向けに個別に何かするということは少ない。例えば、一千株を保有している投資家よりも、何十万株の機関投資家向けのIRを行った方がコストも安く済むので、個人投資家向けはWebで済ませてしまうケースがほとんどだ。これに対し、日本では団塊の世代の大量の資金が、ようやく株式市場に入り始めていることから、これとIRの重要性の高まりが今、結びつきつつあるという状況だ。また、日本企業の長期的な経営や、終身雇用の重要性などを世界の投資家に知らしめ、それによって適正な株価を維持していくということができれば、それは日本独自のIR方法と言えるのではないか。