小泉官僚政治では構造改革進まず

小泉官僚政治では構造改革進まず

慶應義塾大学 教授 榊原 英資 氏



――総選挙に突入するが…

榊原 焦点は、選挙日の九月十一日まで再び高まっている小泉人気が保つか否かだろう。人気が保たなければ、選挙技術的には民主党が有利だ。というのは、民主党は早くから二百七十数人の候補者が決まっていたし、突然の選挙となったため、公明党が動きにくい。公明党は組織的に三カ月間程度の時間をかけた時に強みを発揮する政党だ。それに加えて、自民党は自民党内で分裂した形で選挙を戦わなければいけない。

――小泉人気が保たれて、自民・公明が過半数を獲得できるのか、それとも失速して民主党が政権を獲得するのか…

榊原 自民党は郵政民営化に反対した自民党議員の対立候補を含め、候補者選びに時間がかかっている一方で、郵政民営化を最大かつ唯一の争点に掲げた小泉首相の作戦は今のところ成功し、自民党の支持率は上昇している。このため、今回は選挙結果がどう出るか大変に興味深いところではあるが、一方で小泉人気は一カ月は保たないのではないかともみている。これは、金融のプロであれば誰でも分かることだが、小泉首相掲げている郵政民営化案は、内容がまったくと言っていいほど無いものだからだ。

――与党の郵政民営化案は内容がないと…

榊原 政府と自民党が折衝を重ねる課程で、妥協に妥協を重ねてきているため、民営化といっても実は民営化からはほど遠い内容となっている。例えば、大きな焦点となっている郵便サービスと郵貯、簡保の一体化運営だが、郵貯が民営化すれば銀行法や保険業法の適用を受けて他業禁止となるため、一体化運用は難しい。しかし、あの政府の法案を読んでもその辺のところが何も規定されていないため、政令や省令で規定することになるのだろうが、それも明確ではなく、まったく不透明だ。仮に私が内閣法制局長官であれば、そうした大きな矛盾を抱えた法律は国会には上程させない(笑)

――政府はとにかく成立させたい一心で、グレーゾーンは後回しでなんとかするという作戦に出たのだろう…

榊原 そうした郵政民営化法案が抱えている問題点は、民主党ばかりでなく、自民党内で反対した議員の人たちも指摘していた。ところが小泉首相は権力をかざして強引に採決に持ち込み、否決されるや否や、そうした反対した良識のある議員に刺客を差し向けるということまでやり始めている。国会は法案を審議する場であるにもかかわらず、きちんと議論もせずに解散・総選挙に委ねるという小泉首相の態度は大変に理不尽だ。

――小泉首相は国民の目には構造改革を推進する旗手と映っているが、プロから見るととんでもないと…

榊原 法律に矛盾を抱えているため、与党の民営化法案が本当に成立したら、皆困るだろう。どうやって運営していくのか。郵政公社の生田総裁が一番困ることになるのではないか。これに対し、民主党は土壇場に来て民営化の対案を掲げたと思われている国民も多いかもしれないが、民主党の出した預入限度額の引き下げが一番良いアイデアだ。というのは与党は民営化により、「官のお金を民にする」といっているが、あの郵政民営化法案では事実上は、郵貯・簡保が民営化されないため、官から民への資金シフトは起こらない。また、そもそも民営化すること自体にも無理があるため、預入限度額を引き下げるという現実的な対応を行うことで、官から民への資金シフトを行うことが一番良い方法だ。

――確かに民営化されても、仮に郵貯銀行が経営不安に陥れば、大きな銀行をつぶせないということで巨額の公的資金が必要になる。

榊原 預入限度額を下げていって小さくなれば、そこで民営化の議論を行えばいいのであって、巨大なまま民営化しても本当の民営化はできない。つまり、与党はあの法案を民営化法案といっているが、あれは民営化法案ではない。また、郵便事業については、日本は諸島国家で国民が住んでいる離島が三百余りあることに加え、山国でもあり山間僻地の二〜三百地域にも人が住んでいるため、その不採算性を勘案すると民営化は難しい。もちろんそのために二兆円規模の基金を積むことが政府・自民の間で合意されたが、そんな巨大な基金を政府からもらってはとても株式会社化とはいえないだろう。さらに、郵貯と簡保は経済原理的には民営化できるものの、本格的に民営化したら地域金融機関がバタバタとつぶれてしまうという問題があるため、これも難しい。つまり、民営化の名を借りて新しい巨大な官庁組織をつくるだけのことだ。

――なるほど。ところで民主党は労働組合などの組織票にも支えられているため、本当の構造改革はできにくいのではないかといわれているが…

榊原 確かにそうした声は聞くが、そんなことはない。民主党がこのたび発表した政権公約「岡田政権五百日プラン」を読んでいただければ、構造改革では民主党がどの政党よりも一番進んだ考えを持っていることがお分かりになると思うし、しかも一番実現が可能なプランを掲げている。そこで最も重要なことは、「脱族議員、脱官僚、脱陳情政治」だ。脱族議員とは自民党が行っているような党と政府との二元的な政治はやめ、党の政策調査会の部会長は副大臣として政府に入り、政府主導とする。また、脱官僚とは、中央官庁の役人は審議官までとし、局長以上については公務員法の適用外として、政権の公約を実行すると約束した者のみを登用し、人材の多様化を促す。

――政権の意図が反映しやすい政治システムになる…

榊原 もう一つは、今の経済財政諮問会議に代えて、そこに財務省主計局の予算の企画と大枠の権限を移管する。各省庁ごとの予算は、引き続き財務省に委ねるが、大枠は政権の意図を反映した「国家経済会議」が決定することで官僚主導を改める。これに対し小泉首相は、経済財政諮問会議で意見は集約するが、その案を官僚に丸投げするため、結果的には官僚のいいなりになる官僚政治にすぎない。今度の郵政民営化法案が良い例で、最後は総務省が通達を出して決める形となるため、法律の中身が無いまま総務省の思惑通りのプランがすすめられていく。

――構造改革を推進するという小泉首相の志は貴いが、その手法が官僚政治を脱していないため、結局は構造改革が進まない…

榊原 政治や行政はディテール(細部)だ。ディティールをきちんと詰めなければ、結果は百八十度違ってくる。細部を詰めることをいつまでも役人に任せていては官僚政治は変わらず、よって構造改革は推進できない。このため五百日プランでは、「行政刷新会議」を創設し、利権、癒着、無駄な事業の一掃・根絶を行うことも提示している。これらによって本当の構造改革を進めていけば、三年で国家予算を十兆円削減することは必ずできる。

――なるほど…

榊原 そして構造改革が進んだ三年後には、年金をカットするのか、消費税を引き上げるのかを選択するために解散・総選挙を行い、国民の真意を問う。五百日プランは十カ月近い月日をかけて考え、積み上げていったプランだ。総選挙のためのにわか作りのものとは違い、革命的でありかつ必ず実現できることを民主党政権で証明してもらいたいと考えている。