アフリカにも民間企業の進出を

アフリカにも民間企業の進出を

世界銀行 副総裁兼駐日特別代表 吉村 幸雄 氏



――先ず、世界銀行(以下、世銀)東京事務所について。

吉村 一九七〇年設立され、今年で三六年目だ。日本は、新幹線や黒部ダムのために世銀からお金を借りていた時代があり、最終的な借入が終わったのは六〇年代半ばだった。それから日本の経済は段々と良くなり、七〇年くらいからは逆に日本が世銀にお金を貸そうという話になってきた。その資金調達のために、この東京事務所が出来た訳だ。そして七一年の、ニクソンショックなどで日本の黒字が問題になり、日本の資金を外へ出していくために、金融の自由化をしなければならないという圧力が掛かったことをきっかけに、今までの資本市場において大変な制約があった日本から海外への資金調達を徐々に緩和していった。

――そこでも世銀は円建外債の第一号などになって、先鞭の役割を果たした。

吉村 リスクやネームといった観点から言えば、当時のIBMなどといったアメリカの超一流企業でも良かったのだが、民間だとなぜそこだけ特別扱いするのかという議論が出かねない。そこで、世銀であれば公的機関で格付けもAAAをもらっており、当時の大蔵省から見ても納得できるところだった訳だ。世銀にしてみれば、日本が持っている黒字を使えるのであればそれは好ましい事だと、世銀と旧大蔵省とのコンセンサスが一致し、世銀が発行する債券が日本で販売されるようになり、かつ、その後良好な関係を維持している。今では、市場の規制や制約はないため、世銀の債券は自由に売れる。これまでの先人の努力が実り、日本のキャピタルマーケットにおいては、販売状況は常に順調だ。世銀の評価は、やはり、日本においては長い歴史のなかで築き上げられて極めて高いものがある。世銀からしてみても日本は一番の優等生で出世頭といえるであろう。

――今、日本は世銀にどれくらいお金を貸しているのか?

吉村 世銀が世界で発行する債券は、現在年間で一二〇〜一五〇億ドル(一・五兆円前後)程になるが、その半分以上は日本人が買っているだろう。このような成功ストーリーは日本だけに止まるものではない。アジアの国においては日本のモデルが活用され、かつ日本は資金的な援助もしてきた。日本の後を追うような形で韓国や東南アジアの国々がテイクオフし、新興国へとなってきている。それはやはり国際的な支援がうまくいったということだが、日本が果たしたモデルとしての役割とともに、日本とともに世銀が行った資金支援は大きな意味があった。そして、いまやそのアジア全体の動きの中で中国やインドといった人口面における超大国が非常に大きな成長を遂げている。

――世銀が果たした役割はアジア各国において非常に大きい…。

吉村 東アジアは単にマーケットに任せて発展していったわけではなく、日本の発展と同様に政府が大きな役割を果たした。現在の多くの途上国では、政府が悪い役割を果たしていると言われている。腐敗していたり、腐敗してはいなくても、余計なことをやって無駄が多いなどといった議論が強い。しかし東アジアについては世銀の研究レポート『東アジアの奇跡』で言われているように、政府の指導的役割がなければ、経済発展は成し得なかったろう。一九六〇年ごろを振り返ってみると、韓国やタイの一人当たりの国民所得は、当時のアフリカの国より低かった。ところがその後アジアは伸び、一方アフリカは伸びないどころか減ってしまった。アフリカの貧困は、昔はそうでもなかったのが今はむしろひどくなってきていると言える。

――エイズの問題など、いろいろとあるのだろう。

吉村 エイズの問題はある。世界中どこをみても人間の平均寿命というのは、普通は増えているが、エイズの問題を抱えている国は、平均寿命が短くなっている。一番ひどいところは三十代が平均寿命だ。エイズの問題は個人ベースで悲劇なのはもちろん、家族ベースにおいても、働き手がいない子どもが残されてしまうという問題がある。そして労働力が足りなくなってしまうため、経済を発展させるのは難しく、その結果貧困が続きエイズがまん延するという悪循環になっている。エイズは完全には治らないがエイズを抑える方法は確立しており、先進国、例えば米国などではそういうシステムや薬を投与していくことでそれなりに長生きしている。しかし、問題のアフリカなどではお金がなく、薬が買えない。アフリカのエイズの問題は、本来お金があれば助かる人が助からないところにある。

――そういうところに、世銀の役割が出てくる…。

吉村 世銀は、今、そういう貧困撲滅の第一プライオリティをアフリカにもってきている。この場合、アフリカを単にかわいそうと言うだけでなく、ダイナミックに経済が成長していく中で貧困が撲滅の方向に向かい、経済活動が活発になる中で悲劇的なことが克服されるようにしていかなければ意味がないという事であり、継続性のある支援が必要だ。そういった中、今、民間企業の動きとして、例えば住友化学が、安全性が証明された虫除けの薬を織り込んだ蚊帳を開発し、現在アフリカの工場で製造し、マラリアによる子供の死亡率を減らすことに貢献したり、また、三菱商事がモザンビークでアルミ精錬工場に投資する一方で、小学校設立のサポートをしたりと、日本企業からの喜ばしい動きが出てきている。

――話は日本と世銀の関係に戻るが、日本の投資家は世銀債に投資しており、世銀の資本金も日本が二位とかなりの額を出資しているが、人的支援は少ない。

吉村 おっしゃる通りで、それが課題だ。もちろん活躍している日本人もいるが、数は少ない。言葉の問題や、仕事の仕方が日本の一般的な組織と世銀において少し違う点があり、それに慣れるのに時間がかかるようだ。

――それをサポートするために何か取り組みは? 

吉村 以前より世銀の活動を紹介するセミナーや、ほかの国際機関と共同でリクルートフェアなどを開催するなどといった努力をしている。日本政府にも、いろんな形での支援をしてもらっており、引き続きこのような各般の努力はしていかなくてはならない。ある程度の人数の日本人が世銀の幅広い分野に役職者を含めているようになれば、仕事の仕方も変わってくるだろうし、新しく入ってくる人材に対しても他に支えてくれる人がいることでいい方向に展開していくのだろうが…。

――現在は何人位いるのか。

吉村 現在、世銀全体で八千人弱くらいの数が働いているのに対して、日本人は一三〇人くらいだ。

――ウォルフェンソン前総裁の時に世銀の改革が行われたが、改革の評価、また、今後の展望については?

吉村 改革で一番成果を上げたのは地域分散だろう。ワシントンにいる人間を積極的に海外に出し、カントリーダイレクターといって、局長クラスの人材を途上国現地に置きプロジェクトを進めていった。それによって、現地の感覚、目線で議論が出来ることによってとても良い形で機能していった。一方で今後に関してウォルフォウィッツ現総裁は、組織上、全体が複雑大規模になりすぎていると思っているかもしれない。

――最後に、世界銀行東京事務所の課題を。

吉村 現在、日本の民間企業などにもアフリカに投資し、現地の民間企業をプロモートしてもらいたいという気持ちから『アフリカにおける民間セクター開発の進展』といったパブリックセミナーなどを開催している。アフリカを初め世界の貧困国に、単にかわいそうだという意識だけではなく、活力を与えるような継続的な様々な形での支援を、皆様の理解を得たうえで少しでも進めたいと思っている。