『官尊民卑』の払しょくが不可欠

『官尊民卑』の払しょくが不可欠

元財務大臣 東洋大学総長 塩川 正十郎 氏



――世直しをするには行革がポイントか?

 塩川 行革だけではなく、統治システムの改革や、官尊民卑というところにまでメスを入れなければならないだろう。簡潔にいうならば官尊民卑の考えを払しょくし、その上に民主的な意識が存在することが大事だ。その下で行政の執行が行われ、それに国民が協力していくという体制を整えることが必要だろう。

――おっしゃる通りだ。だがなぜそのようにお考えに?

 塩川 今、どこの社会でも談合は駄目だという意識が高まってきたが、最大の談合とは政治ではなかったのか。政治家と官僚の間で癒着が育まれてしまった。なぜそれが起きてしまったかというと国民の間に官尊民卑の土壌があったからだ。官僚のいうことを政治家の言うことよりも正しいと聞き続けてきた。現在の行政は官僚の権限で進められ、政治家は専ら陳情を行うという逆立ちの関係になってしまっている。こういった官僚主体の社会、これは民主国家ではないだろう。

――なるほど。しかし戦前・明治から続くこのシステムを変えていくのは相当に困難を伴うようにも思える…

 塩川 いや、必ずしもそのようなことは無いだろう。根本となる社会背景に大きな変更が起こっているからだ。一つは人口のもたらす構造変化だ。従来、日本の人口は平安時代より増加の一途にあった。マクロ的に労働力も生産力も増加し続け、権力構造と知識・文化水準はおおむねきれいに対応していた。これは統制する側からすれば非常に誘導しやすい環境が整っていたといえる。しかし、これからは人口が減少する時代となる。教育・知識水準の向上が起こり、またそれが人口縮小で凝縮されれば国民に占める知識階級の割合が増加する。いつまでも誘導されるのみではなく、自主性を持った政治・行政のあり方を求める意識が国民の間に高まってくるのは避けられない。そうしたうえで経済・社会の制度においても既に変化の兆しが現れてきた。もう一つの大きな背景の違いは経済のグローバリゼーションだ。日本は資源に恵まれた国ではなく、グローバリゼーションの中で繁栄していくためには付加価値を求めていくしかない。付加価値の根底にあったのは何かというと労働力×生産性の掛け算だ。ところが原料高と製品安が同時に発生する競争の中、日本は従来の生産性向上と労働力の乗法という単純な戦略では通用しない。付加価値はより一層、知識財産から求められなければならず、繁栄の継続には知識財産を産む知財力が必要となる。そのため、人口増と誘導政策を繁栄の前提としてきた従来の国家戦略を根本的に変えなくてはいけない時代になっているわけだ。この人口のもたらす構造変化、そして経済のグローバリゼーションに対応して競争力を保っていくためには、従来の官尊民卑の旧習を改め民主的な行政と経済の共生システムをつくらなくてはいけない。

――私は金融の分野で永らくやってきたが、官僚が市場の現況を理解していないことから発生する指導力不足は否めない…

 塩川 それが官僚行政の一番の欠陥だ。行政においても、経済においても、組織に必要なのはプラン・ドゥー・シーのサイクルだ。企業はこの流れを自らの存亡をかけて行っている。ところが行政にはプランとドゥーはあるものの、シーが存在しない。どこまで行っても親方日の丸の精神でやってきた。なぜそのようなことが容認されたかというと、お上の行うことに間違いはないからついて行くしかないという是認と追随が社会に存在したからであり、その根本にあるのが官尊民卑だ。これからの課題は統治システムの中にシーの部門、即ち監視部門をしっかりと設けることだ。そうすることで官僚主導の社会から真の民主的な社会へと近づいていけるだろう。その監視部門と行政評価のシステムこそ今後の行政改革の目玉である。

――では監視部門の強化に向けた具体的なアイディアは?

 塩川 今ようやく小泉内閣に現れた規制緩和促進と、公務員の雇用調整本部が一つの解決の糸口になるだろう。確かに優秀な役人は居る。それを従来の親方日の丸の方針ではなく、いかにうまく活用するかということだ。それには公務員の縦割り採用を脱却して適材を適所に配置しうる機動性を公務員制度に創設することだ。即ち、時代の進展に伴って行政的ニーズの薄くなってきた分野に就職している公務員を再教育して、シーの部門へ転用させ、民間有識者とともにチェック機能を高めていくことが大事ではないか。

――米国のように官僚と民間の人事の壁を壊して自由にしていくという方策はどうか?

 塩川 公務員の中にも二種類ある。一つは自衛隊、警察、消防、税関など治安・保安を預かるものだ。もう一方、行政担当の公務員、この中にもキャリア職員と一般事務職員があり、これらは公務員としても自ずと異質のものだ。これを十把一絡げに公務員と扱い、公平平等の原則を貫くものだから、責任の所在が明確でなくなっている。私は行政官的なキャリアの職員というのは公務員法・国家機密法など法的な考慮はされるにしても、民間との自由な出入りがある人事にしても良いと考えている。民間のように採用・雇用期間も必要に応じて随時定めていってよいだろう。一方、事務職員も国家公務員の束縛から外してよいだろう。そのかわり大事なのは守秘義務だけだ。例えば現在、キャリアは国家公務員として内閣の採用になるが、ノンキャリアは各省所属の職員となる。これでは縦割りが続くだけで、もっと公務員人事の流動性を実現していくことが大事だ。この実現のための布石としては小泉総理の取り上げている国家公務員雇用調整本部、行政改革推進法、政府関係機関の整理などがある。官僚の強い反対にあって今まではできなかったことだ。これは行政改革の総仕上げといえる。

――市場は小泉改革を支持している。ただ、市場の危ぐしているのは彼が退任後のスイングバックだ。

 塩川 それはかなり心配している。今の政治家のスタイルは政策中心ではなく後援会を中心とした活動だ。国会議員もサラリーマン化しており、議員に就職することが最優先、つまり当選することがまずは第一になっている。その達成には後援会の意向に沿った政治を行わなければいけない。これはポピュリズムの政治だが、後援会の意向が国民の要望をどれだけ表しているかには疑問が残る。小泉総理が五年も総理を続けて支持率が五〇%もあるというのは極めて異例だ。歴史的に見ると大抵はどの首相も二年勤めれば支持率は二〇%程度だ。この背景には改革を行ってほしいという国民の強い要望があると言える。そこを政治家がしっかりつかまなければいけないのだが、現在の政治家の間にはなぜ痛みを伴ってまで改革を行わなければいけないかという論調が多い。この論調は与党・野党に関わらずで、改革を止めて元に戻すべきだという声すらあるほどだ。これは既得利権を温存しろということで時代逆行だ。これは政治家のポピュリズム、いやむしろ後援会イズムと言えるだろう。後援会の参加者は政治家を利用することを考えている、本当の意味で政治家の政策を後援しているのではない。その点、市場が積極的に改革運動に参加していかなければ駄目だ。市場参加者自身が国民のための政治に参加することで国内市場もより魅力的にすることができると考えている。