戦時と同じ危機的な財政状況

戦時と同じ危機的な財政状況

中央大学法学部教授 経済学博士 富田 俊基 氏



――このたび著書を出版された…

富田 「国債の歴史」(東洋経済新報社、543頁)というタイトルで英国の名誉革命までさかのぼって国債の本質を明らかにし、各国の過去と未来は国債金利に凝縮されているという観点から、私の過去30年間の研究をまとめたものだ。それは市場で観測される各国の国債の信用力格差の含意を明らかにしようとする試みだ。古来、国王個人の負債にはデフォルトリスクが存在した。英国は名誉革命によって議会で歳出、税金、国債発行が決定されるようになり、デフォルトが起きなくなる。また、国債を発行するたびにその利子相当分を新たに増税した。コンソル債であれば永久に利子を払うことが前提となる、その確実な支払いを担保するために港湾利用税やビール税などを国債の発行するたびに設けた。これは国債の創設期が産んだ知恵で、今日の表現を使えば、証券化だ。一方、絶対王政が続き国債の信頼確保を行えなかった仏国はナポレオン戦争にも負けてしまう。著しく高い金利でないと国債で戦費を調達できなかったためだ。仏国債はブルボン王朝が頻繁に起こすデフォルトや政府資産の恣意的運用のために信用力がなかった。国債金利には各国の経済とともに政治、民主主義の健全性が表れているのだ。 

――現在、日本の長期国債金利は2%、余程信頼されていると理解しても良いか?

富田 そうではない。日本国の保証付ポンド建て債を英国の政府保証債と比較すると金利スプレッドはまだ大きい。日本の信用力が危機状態にあるという認識は国際的なもので、日本国債の格付けの低さもそれを裏付けている。しかも平時でありながらこんなに国債残高が多かったことはない。現在の税収における国債残高比率は税収の12倍、比較すると太平洋戦争突入時や終戦直後と同じだ。このため、現在は何のために戦争状態と同じ財政状況なのかを問わねばならない。

――これに対して小泉政権が小さな政府を目指したと…

富田 本格的な高齢化社会の入り口に差し掛かり、社会保障関係費だけで今後は年間8000億円〜1兆円歳出が増大する。それについての抑制を医療・年金・介護と毎年順番に行っていくが、それでも抑えきれないのが現状だ。01年度と06年度を比べると国債発行額はどちらも30兆なのだが、社会保障関係費の増加部分を他の部分の経費削減でまかなっている構図が明確になる。必要と判断した社会保障を増やして他分野の削減を実現したことで、財政を通じての再分配機能が拡大した5年間であったともいえる。向こう5年にわたっての歳出削減に関しては困難になると予想されたが、割合と各分野で合意に至っているようだ。しかし、地方交付税の抑制は最後まで地方の抵抗が大きかった。こうしてこの5年間で問題の所在は徐々に明らかになってきた。自己負担を増やし続け、他分野の経費とのトレードオフが生じる中で社会保障をどのように、どこまで、維持していくかが今後の課題だ。

――消費税を引き上げて、社会保障への目的税化しようとしている…

富田 財政は、そうせざるを得ないというところまできている。しかし、増税はこれ以上の歳出削減が不可能で、増税が不可避だというレベルまで国民の認識が進まなければ容易には行い得ない。また、このたびの改革が視野に入れている5年後のプライマリーバランスの黒字化だが、これは一里塚にしか過ぎない。私を含む団塊世代が基礎年金をもらい始めるのは2011年以後のことだ。2012年に65歳となる層が大勢加わることで、かなり断層的に財政構造が変わることが予想される。高齢者向けの給付は増えざるを得ない。そうした状況下でGDPにおける国債残高比を安定的に下げていくための方策が、真剣に議論されるべきだ。焦点となるのは2010年台の半ばにどうするかという議論を進めることだ。ここまでを視点に入れると、いかに削減を行ったとしてもプライマリーバランスがまかないきれないことが明確になる。そうしてようやく消費税の引き上げ議論も本格的になるだろう。今回の改革はそこまでとらえ切れなかった。

――小泉改革の経過で従来の歳出カット=不景気という考え方から抜け出し、歳出をカットして民営化を進めることが景気拡大につながるという意見も根強くなってきた…

富田 民主主義の前提があるため、削減に対してそれぞれの意見は相違するだろう。だが必ず達成すべきコミットメントとして2011年のプライマリーバランス黒字化の達成を掲げ、それに拘束力をもたせることが大切だ。今回の改革で国民の合意を得たという認識を持ち、それを具体的に達成する大きな枠とするということだ。その中身については毎年の予算編成の中で民主主義的に議論を交わして行っていくべきだろうが、達成すべき目標を明確にして国家財政の信用力を再構築しなければいけない。

――成長率が金利よりも高ければ現状の国債残高・信用力低下を問題視しない考えも一部ある。

富田 資本移動が自由になってからは実質金利が高まっている。国内投資家が資本移動を禁止された中で投資行動を行っていた時代とは違う。自由化された市場では多様な国々の金融商品への投資活動が可能となり、不人気な国の国債金利が高くなるのは必然だ。ボーダーレスになった以上、金利が操作できると考えることはリスクを伴う。その一方、団塊世代が年を重ねることは止められない、そしてそれに続く世代もかなり存在することを意識しなければいけない。我々の国には今後、生産年齢人口が減少し続けるという問題が付きまとう。構造が変われば従来の財政管理とは違った対応が求められる。

――米国などは受け入れ審査が厳格化しつつあるとはいえ、移民が国を支えた…

富田 少子化の対応に移民の受け入れ増加が挙げられることもある、しかし移民もまた年を重ねることに変わりはない。都合の良いときだけ労働力として期待し、彼らの老後を考えないわけにはいかない。少子化対策の効果にも過大な期待は寄せられない。今後はせめて国が魅力を備えることで、優秀な人材が海外に流出することを防ぐ視点も必要だ。余談であり良い例かどうかにも議論が残るが、“インドのシリコンバレー”と呼ばれるバンガロールなどはアメリカ西海岸に似た環境をつくり上げて優秀な移民とインド人の帰国を呼び込むことに成功した。現地でもそこだけは別天地で、その周りには別天地を支える層の住民がスラム街を構成している。そのようなスタイルが日本に可能かどうか、そしてプラスになるかは議論が必要だ。

――建て直しには国の財産を売却するべきという議論も強まっている…

富田 資産を売却して財政健全化に資するものならそうするべきだろう。だが政府資産の中にも貸付金のようにそれをまかなうための負債が付随しているものがある。それらを売却したところで収入にはならないどころか、ロスが発生する可能性もある。行政サービスを行う部分のコントロール比率を下げてでも売却するかということには、また議論があるだろう。それとは別に国家の保有する遊休資産はそうあるものではない。

――やはりウルトラCのような解決策はない…

富田 その通りりだ。この国の改善には一つ一つの政策が本当に必要かどうかを絶えず国民が判断することだ。そうして役割の終わったものはやめていかなければいけない。行政依存のビジネスは持続可能ではないという前提で、行政に頼らず事業を展開する必要を腹から分からなければいけないだろう。そして行政によるサービスは本当に必要なセーフティネットやルールづくりにとどめるべきだろう。国民が今の財政状況を危機的ととらえ、国に過度な行政サービスを期待しないことが大切だ。