期待できる息の長い成長

期待できる息の長い成長

IBM 特別顧問 三谷 隆博 氏



――日銀は量的緩和解除、ゼロ金利解除、とほぼ日銀のシナリオ通りに進めることができた…

三谷 経済そのものが日銀の展望レポートなどで想定されたように、比較的明るい見通しに沿ってしっかりと推移してきたという背景がある。ゼロ金利解除の時期にシナリオがあったとは思わないが、経済の動きは日銀の想定を上回るくらいのスピードだったのではないか。これが外れていればまだまだ時間がかかった可能性はある。

――CPIも7カ月連続のプラスで、非常に経済が順調だ…

三谷 需給ギャップがスムーズに解消され、物価が下がる要素も減ってきたという点においては、むしろ日銀の予想よりも経済は強かったのではないか。ギャップ解消にはバブル崩壊後、長い時間をかけて過剰な投資を整理してきたことはもちろんとして、輸出を含む需要も堅調に伸びていることが大きい。個人消費についても雇用者所得が着実に増えている。雇用状況改善のテンポは未だ雇用・賃金ともに景気全体を力強く引っ張る程のものではない。しかし以前は、いつまた雇用がマイナスになるかという先行き不安も強かったことに鑑みれば、足元で収入が増え、そして将来に対する不安感がかなり払しょくされてきているという意味は大きいだろう。特に最近の新卒採用状況に見られるように、若年層を中心に先行きに対する不安感が解消されると、人数が減っているとはいえ、若年層が消費の軸として役割を果たすことも考えられる。

――“息の長い景気拡大が続く”という展望に基づき、利上げも小幅刻みに行うという福井日銀総裁の話だが…

三谷 原油価格の高止まりや、米の利上げの行く末と住宅バブル、そして中国の過熱経済など、リスク要因はいくつか存在する。それら要因が一部で懸念されるほどに極端な形を取らず、それなりのスピードで軟着陸していくならば日本経済は比較的しっかりとした回復を続けていくことが可能だろう。一般には米経済は徐々に潜在成長率に近づくというシナリオであり、中国も暫くは10%前後の成長を続けるとの予想だ。国内的には過剰な設備投資や在庫の積み上がりといったリスクは現状見あたらない。あえて言えばエレクトロニクス関係の一部で内外の能力増強投資が行き過ぎないか、若干気がかりではあるが、それも需要が大きく拡大しつつある分野だけで一過性のものにとどまり、全体としては息の長い成長が充分に期待できると思う。

――その一方で地方は未だデフレを脱却しておらず、今回の利上げは早すぎたという意見もある。デフレの定義に関する議論も活発だ…

三谷 地方経済の回復が東京や名古屋などと比べ遅行しているといった現象は確かに存在する。地域によっては長らく公共事業に依存してきて、転換点を模索中というところもあるだろう。ただ、国全体の経済がしっかりしてきた時にそれら地方に足並みを合わせるというわけにはいかないだろう。金融政策は平均なところにあわせて進めて行かざるを得ない。それらの地域については産業政策や地域振興といった形でソフトも含め、何とか支援する方策を模索するしかないのではないか。また、デフレの状況についても、業界によって常に温度差は存在するだろう。ただ、全体の物価を眺めると、原油高の影響を排除しても、プラスは続いている。政府のデフレ脱却宣言をめぐっては、物価が後戻りしないかどうかといった点が議論されているようだが、少なくともプラス基調がかなりの時期にわたり定着していることは事実であり、大きな変化だ。脱却宣言はともかく、デフレを脱却しつつあるということは多くの人々が認めるところだろう。

――今回の利上げの幅についての見解は?

三谷 無担保コール翌日物の誘導目標を0.25%としたのはゼロ金利解除の第一歩として頷けるところだ。補完貸付金利については、いろいろな議論があるようだが、これまでは変動幅がゼロを起点に0・1%までだったものをどれだけ拡大するかという問題だろう。0.25%という起点自体、極めて低いレベルであり、変動余地を一気に拡大するよりは0・15%にとどめることによって、マーケットに配慮したということで、自然な対応と考える。マーケットがこうした対応を事前に全く予測していなかったわけでもなく、今後ベースが上昇していけば、変動幅も通常の0.25%にまで拡大していくだろうということで、違和感はない。

――3月の量的緩和解除の際に「新しい金融政策の枠組み」を発表したが、これとこの度の利上げに整合性はあったかという疑問もある…

三谷 量的緩和解除前はCPIがマイナスで推移する限りは金融政策は動かない、という極めて分かり易い状態にあった。その状態を脱したときに、最終的には経済全体の動きや先行きを加味した上で総合的な判断が行われることは否めない。実際「新しい金融政策の枠組み」はかなり抽象的で、従来に比べて分かりにくいことは確かであるが、それ自体はやむを得ないだろう。ただ単に総合判断で決定するといってしまうのではなく、もう少しかみ砕いた形で考え方の筋道を示しており、そうしたものとしてとらえるべきであろう。

――明確なインフレ・ターゲットを検討して欲しいという意見も出ているが…

三谷 インフレ・ターゲットは今後、3%や4%のインフレが起こる可能性が視野に入るような、インフレが本当に問題となる局面ではそれなりに意味があるだろう。インフレ危機時に政策に信頼度を持たせる、期待を安定させるといったことだ。だが、今それを論じるには時期が早いだろう。逆に今、インフレターゲットを導入すればそれによって長期金利が引きずられ、上昇してしまうといったマイナス面が出てくるとも限らない。

――デフレを克服しつつある今、今後の最大の課題は財政再建だが、財政再建と金融政策の絡みは?

三谷 政府自身がプライマリーバランス黒字化と対GDPの国債比率の引き下げに向けての財政再建を最重要な課題としており、一部の識者が言うように、低金利が財政規律を弛緩させているという状況ではない。その意味では金利が低ければ財政再建に資するということは当然だ。しかし、経済の実勢に逆らって低金利の長期化を図ろうとすれば波を拡大しマーケットからの反乱も招きかけず、かえって財政再建を危うくすることになる。財政再建には息の長い着実な成長が大前提としてあり、日銀も経済の実情に応じた適時適切な金融政策を行うことで、その達成を可能にする責任を担うということだろう。

――その点、国債の買い切りオペが毎月1兆2,000億円という規模で行われているが…

三谷 日銀の資産構成上、金融調節にとって支障になってくるなら、それも見直さざるを得ないだろう。しかし、金融調節上対応が可能なときに単に金利を引き上げるからそれに伴って、減額させねばいけないということではあるまい。現状、金利が復活したと言っても、レベル的には超緩和の状態が続いているわけで、そうしたときに市場に要らざる波風を立てる必要はないだろう。ゼロ金利時に増加したタンス預金が一気に戻ってくるならともかく、現在日銀の持っている国債の償還も考慮すれば1兆2,000億円という額を続けることで直ちに問題が出てくるとは考えていない。

――福井総裁の資産運用問題で、日銀の内規のあり方が見直されている…。

三谷 こうした問題で何が本来あるべき対応か、という点について決め手があるわけではない。また、資産公開の必要性についても、選挙で選ばれる国会議員や大臣と日銀役員が全く同列かというとそれも違うのではないか。今回の見直し自体はやむを得ないと考えるが、福井総裁にとって不幸なのはいったん外部に出た時期があったということだ。日銀職員のモラルは高く、これまでの内規の下においても当然のこととして株式の運用などは行っていない。このため日銀の内部にいれば、あのようなことは全く起こらなかったことだろう。