免許業種は事前と事後の監督を

免許業種は事前と事後の監督を

あさひ・狛法律事務所 弁護士 滝本 豊水 氏



――金融当局が活発に行政処分を行っている…

滝本 金融市場における監視について、一般投資家は市場に参入する際に規制がない。そのため、インサイダー取引など、彼らの違反に対しては事後に相当厳しい態度で取り締まることもよいだろう。これに対して銀行や保険会社は事前に免許を受けて営業する。免許を受けた金融機関が不始末を起こすのは、監督上の問題も皆無とは言えない。業界関係者の間では、最近の処分に対して、恣意的である、処分に至る基準が不透明である、見せしめ的である、など取りざたされているが、やはり処分を透明な基準で、公平に行うことは当然である。監督を厳しく行うことは大いに賛成だが、同じルールのもとで急に取り締まりを厳しくした印象があるからこそ、そうした関係者の反応も出てくる。

――公平感を欠いているという印象があると…

滝本 損害保険会社の不払いの問題で言えば、ほとんどの損保会社に似た事例がある。去年は各損保会社が一斉に業務改善命令を受け、その中でもその後検査を受けた二社が業務停止命令となった。では検査を受けなかった他の会社とどう差があるか、と言うとそれは不明瞭だ。一罰百戒は警察・検察ではあることだが、行政がいったんは自ら免許を与えておいてそのような態度を取ることへは疑問が残る。

――金融行政は事後監督型に移行している…

滝本 金融庁の幹部の方とその議題について話し合ったときは、金融庁方は銀行・保険といった免許業種に関しては、事前・事後の監督がセットになって行われるべきだという見解を示している。というのも、例えば不払いに関しても、実際の問題は金融機関の内部だけの問題には止まらないからだ。自動車事故を起こして第三者を傷つけた場合に、被害者への賠償金を払う、これは基本的な対人賠償保険だ。そういった事故の際には、加害者にも被害者への見舞いなど、雑多な支払いが発生する。これは対人臨時費用として自動車保険の保障内容に含まれるが、この不払いが非常に多い。本来、損害保険は発生した費用に対しての実損填補を行う。しかし、これが実務上は、領収書も不要とし、加害者には一定額の対人臨時費用保険金を支払うという扱いの商品となってしまった。これはそもそも実損填補という損害保険の精神に反するし、またこの扱いを認めたことで、対人賠償保険金を支払う際には必ず対人臨時費用保険金が払われなければ未払い扱いになってしまった。しかし、この加害者に支払う保険金給付は、加害者も自責の念が強いことや、その制度を知らないことで請求しない加害者も多く、スムーズではない。また、車両修理の際の代車費用も同様だ。実務簡略化のため、修理工場に車両が入っていれば、本人の代車の利用有無などに関わらず、一日につき一定額を支払う扱いになっている保険がある。これらに類するケースが非常に多く、不払いを進める温床となっている。これらはそもそも実損填補の精神から外れた保険商品を認めて、ビッグバン以降の自由化を進めた行政にも責任の一端はあるのではないか。認可した商品を当局がチェックする機能が充分に働いていないと言えるだろう。

――確かに、市場には行政側にも責任が求める声がある…

滝本 行政は認可を行う立場であり、それには市場からの信用が第一だ。当局の信用を失墜させることはあってはならない。というのは、マーケット関係者の間でも、以前と比べ、行政処分の深刻さに違いが出てきたという指摘がある。昔は行政処分が出れば、顧客は該当した金融機関との取引を停止し、改善状況を確認するまで取引を開始しないというような対応も市場で行われたが、現在は納得感のない行政処分についてはそのような対応は行なわれない。また処分も、問題箇所を明確に説明して、処分の理由と必要性をを示すことが肝要だ。処分件数だけにとらわれ、処分後の是正のあり方が不明瞭な処分ではいけない。行政処分は伝家の宝刀であり、それを抜いた時には衆人を圧倒する効果が必要だろう。マーケットで首をかしげるような行政処分を繰り返すと、宝刀もその重みを失うことになりかねないと認識する必要がある。だからこそ、処分に至る事前でのチェック機能を高めることが大切だと考える。

――当局がなぜ今般のように処分を活発に行っているのか…

滝本 個人的な意見だが、小泉首相の任期があと一年を切った中で、ある程度は政治的な要因もあるかと思う。官から民へ、の流れの中で官僚の果たす役割は変わった。民間の方が優れている、という風潮のもとで、役人の果たす役割は縮小された。しかし実際は、民にもまた素晴らしい面があるが、官がしっかりと行うべき仕事はある。官には国民の健康や安全といった消費者を守るための部分で力を取り戻したい、規制強化を行いたいという意欲がある。これは金融庁だけの意志ではないだろう。耐震強度偽装問題など、一連の自由化の中で消費者が被害を受けた例は多い。官が消費者保護こそ自らの仕事として使命感を感じることも自然な流れとは言えるだろう。

――そもそも小泉改革の下で、日本の官僚は地位・待遇ともに、大きく力を削がれてきた…。

滝本 日本でもエリート層に米国的認識が広まりつつあり、東大法学部の卒業生でも、中央官庁に勤めるのがベストの就職先であるとの認識はこの数年、急激に薄れている。現在は中小企業ベースを取り入れた給与体系の見直しなど、政府の方針によって賃金はカットされ、定期昇給や昇格を果たしても、現給がようやく保てる程度と聞き及んでいる。年金や退職金のうえでもカットが進む一方、批判の風当たりはなお強い。「官から民へ」との大きな流れがあることは疑いない。が、だからといって安易に役人は間違っていると批判ばかりが先走る風潮をつくり上げることは、かえって国家の運営に危険性を孕ませるのではないか。行政処分権は国家を運営するうえで非常に重要であり、行政処分が恣意的に運用されるなどもってのほかだ。また、周囲もその権限を扱う人間に敬意を払い、よい仕事が出来る環境を作らねばならない。

――官と民のベストな関係は、自由化を進めると同時に監督を強化すると言うことだろう。

滝本 米国では自由化が進んでいるが、その分、金融監督に携わる人数・機関は日本より遙かに多い。例えばSECはわが国よりはるかに強力であるし、銀行監督などでは州、連邦、連銀といった何重もの体制を取っている。また、米の各州法を参考にすると、保険商品等は詐欺的な行為が行われやすい、との観点に依ってかなり厳しい規制が行なわれている。日本ではいったん、保険商品が認可されるとそのすべてが良いのだ、という風潮に走りやすい。徐々に米国的に近づけて事後規制型にするならば、まずは監督する人数を増やさなければ駄目だ。また、明らかに不具合が起きる可能性のある事例を問題が発生するまで放置するというわけにはいかず、事前に防ぐ努力もともに行われなければいけない。ルールは従来と比べかなり明確になったが、まだまだ米などと比べると不明瞭な箇所は多い。事前に明示的に禁止されていないのに、後になって突然、厳しい規制の手を加えるのでは後出しジャンケンのような印象を与えても仕方ない。日本の金融行政はまだまだ遅れていると認識し、各金融商品の危険性について、行政・金融機関がしっかりと共通の問題意識を持つような体制をつくることが大切だろう。