わが国景気は緩やかな拡大を継続

わが国景気は緩やかな拡大を継続

三井住友アセットマネジメント チーフエコノミスト 宅森 昭吉 氏



――最近の国内指標の弱含みがサプライズをもたらしている…

宅森 足元の指標を見ると、もたついた印象を与える分野がある。これには理由が二つあり、まずは統計の特性によって弱めに出てしまったデータがあるということ、そして6〜7月には天候不順と明るい社会現象がなかったことが特殊要因として挙げられる。統計の要因に例を挙げるならば、8月公表となったCPIの基準改定はサプライズとなった。しかし、これは集計方法が全て公表されているわけではなく、仕方のないことだ。また、ものさしがずれただけで、実体経済に変化があったわけではない。今後緩やかに上昇する基調にあることからも、大騒ぎすることではないと見ている。また、8月末発表の鉱工業生産についても、製造工業生産予測が2.2%であったことに対して、実際の数字が−0.9%となったため、そのギャップが驚きを生んだ。だが、経産省は上昇傾向にあるとの見方を変えていない。ここでひとつ誤解があるのだが、鉱工業生産指数の対象は521品目、予測指数の方は全体を調べて算出されるわけではなく、181の品目を用いている。その181品目を用いた算出ベースで見ると、7月も1.3%といった数字だ。こう見ると若干の下振れは予想されていたのだからこれも驚くほどの数字ではない。

――総評するとなだらかな回復を続けていることは間違いない…

宅森 ただ、なだらかであるが故に、特殊要因があると容易に指標に現れてくる。それを見て驚いてしまう、ということがあるのだろう。天候要因もまた消費行動に着実に影響している。身近なデータから日本経済を見る例だが、家計調査でうなぎの蒲焼の消費金額を追ってみると今年は梅雨明けが遅れたことで、土用の丑の日前後の購入金額が去年から二割減少していることが分かる。夏バテするようなカンカン照りでなければ、消費者もうなぎを食べようという意欲が湧かないのは自然なことだ。同様に、盛夏を想定した夏物商品の売れ行きが7月に芳しくないことは推測される。また、特殊要因のなかでも大きなものとして、サッカーW杯が挙げられるだろう。過去のW杯のTV視聴率と翌日の株価を分析していくと、強い相関関係が見られる。例えば、97年の11月17日に株価は千二百円高と急騰している。その日の午前0時過ぎに日本が初めてW杯進出を決めたことが背景にあったからだ。同日の朝には北拓の破たんが報じられたが、それを物ともしない市況であった。今回06年のW杯でオーストラリアに逆転負けを喫した翌日は、福井総裁の問題も重なり、株価は六百円安といった結果となってしまった。消費者態度指数の調査日は6月15日で、12日のW杯敗戦の直後であったこともまた、指標の悪化に輪をかけた要因だ。景気ウォッチャーが6〜7月から弱含んできたことも、このような特殊要因が景気の足を引っ張ったからだ。

――確かにW杯敗戦はマインドの急低下に大きく影響した…

宅森 マインドへの影響といえばプロ野球も然りだ。巨人が交流戦で急低下し、セリーグは早々に盛り上がりに欠ける展開となった。もっと残念だったのは大相撲だ。夏場所は懸賞本数も前年比16%増と好調であったが、その後の名古屋場所はどうやら七日目に露鵬と報道カメラマンとの間に問題が起きたことも影響し、8・9%増まで下がってしまった。ただ、景気は底堅く、このところの懸賞本数はバブル期に並ぶ勢いだ。皇太子ご一家がご覧になった今秋場所の初日では懸賞金も前年67本から100本へと大きく増加し、元気を取り戻している。

――7〜9月期は徐々に回復傾向が強まっている…

宅森 明るい話題が出始めたのは8月に梅雨明けとなって以降だ。景気ウォッチャーも予測されたとおりに改善してきた。八月初めは亀田三兄弟の長男が、疑惑の判定と騒がれながら世界チャンピオンとなった。その後には正反対に甲子園のヒーローとなったハンカチ王子こと早稲田実業高校の斎藤投手が現れて話題を作った。八月の半ばには出生数がプラスになったことが報道されたこともあり、八月半ば以降の材料はマインドの改善に寄与するものが多い。ただ、次回発表となる7〜9月期のGDPはというと、7月が弱いこともあり強い数字ではないだろう。4〜6月期並みの低めの伸びではないか。

――なだらかな回復基調ゆえにマインドに左右される部分も大きい…

宅森 今後心配なのは、年末から年明けにかけての米経済のスローダウンだ。しかし、民間エコノミストの予測をまとめたESPフォーキャストを参考にすると、国内経済は年末から年初にかけ輸出の減速による踊り場があるにしても、景気後退には至らないというのがコンセンサスだ。現在の景気の波も二回の踊り場を経験しているが、三度目もあるかもしれない、この踊り場からの脱出に重要なのは消費マインドだ。現在は出生数の増加が報じられただけだが、合計特殊出生率が反転するようになるとマインドの活性に繋がるだろう。それが判明するのが来年半ばくらいで、注目されだすのは春頃からではないか。米経済も来年半ばあたりから回復するだろう。

――法人企業統計の設備投資が高いことに驚くのだが…

宅森 4〜6月期GDPが下方修正となっているところに種明かしがある。法人企業統計の設備投資の高さは新記録となり、特に中小企業において25%と顕著であった。だが、これはサンプル換えの影響だ。サンプルの期間は4〜6月期から一年間だ。GDPではサンプル換えの影響を除去するために、ストックベースで前期末と当期末を今の調査対象で調べている統計があるので、そのストック系列を繋いだものを作成し実際のケースと回帰させる。回帰させたものを設備投資に当てはめて断層補正を行うわけだが、私が予想したとおり設備投資が下方修正となった。だから、設備投資の数値は表れている数字ほど強くないのが実情だろう。むしろ、1〜3月期よりも下がっている。これは4〜6月期から、中小企業について非常に良いサンプルが入ったことの現われだ。こういったことを加味すると、やはり緩やかな景気回復であることに変わりはない。足元の数字を見ると驚くことがあるが、その理由をじっくり掘り下げてみると、実態が見えることが多い。

――物価についてはどうか

宅森 上がりにくいのは確かだ。入着石油価格の前年度比を見ると、驚くことに今年最高となったのは2月だ。ところが価格が最も高いのは直近だ。こう判断すると、ここからさらに原油価格が上昇するということは考えにくい、そうなると引き連れて物価が引き下げにはたらいてくる。外食産業などの価格も上がっており、経済の堅調さからも再びデフレには向かうとは思えないのだが、価格の急上昇は起こりにくい。その点、日銀は金融政策に対してゆっくりと構えることが出来る。GDPについてもGDPデフレーターはプラスとなり、名目と実質の逆転がようやく解消された。これが33四半期ぶりとなり、私はデフレ脱却宣言もしてよいとは考える。

――では日本の経済は米経済が腰折れしない限り、ゆるやかに拡大を続ける…

宅森 その点は大丈夫だ。何故かというと今回の景気拡張はいざなぎ景気を超える息の長いものとなっている。しかし、その実態は三つの景気循環がくっついているのだ。踊り場が定義上、景気後退に至らなかっただけだといえる。そのため、拡張の中でも調整はしっかり行われている。そういった踊り場から脱却を続けてきたということを加味すると実はこの景気の波はまだ若い。この状況を大事に続けていくならば64カ月間という日清戦争の好況を超える景気の波となるだろう。