来年も世界の景気は拡大、日銀の利上げはゆっくりと

来年も世界の景気は拡大、日銀の利上げはゆっくりと

日本IBM 特別顧問 三谷 隆博 氏



――足元の経済指標はなだらかな回復を示唆しているが、個人消費は弱い…

三谷 今は雇用者の数が増えていることもあり、多少なりとも全体の個人所得は増えている。とはいえ、一人あたりの賃金が増えておらず、これが個人消費が伸び悩む背景として挙げられるだろう。先日の日銀の展望レポートなどを見ても、今後時間が経つにつれて企業の内部にプールされている資金が個人の方に向かうことが期待されている。確かに賞与水準などは上昇しているが、それも全体では前年比1〜2%の増加で、企業収益の増加に比べれば微々たる水準だ。パートの方は時給制で人が集まらなければ上げざるを得ないという側面があり、こちらは穏やかながらも上昇が始まっている。ただ、大きな割合を占める正社員のほうは、所定内給与が足元、僅かながらも減少している。以前の春闘のような枠組みが崩れてしまっていることもあり、賃金が上がっていくといっても、いつ、どのような形で上がっていくのかも見えてこない。ただ、個人消費の代表的な統計である家計調査については、ここ数カ月、極めて弱い結果が続いている。所得要因や天候要因で説明しきれないばかりでなく、他の統計とも整合的でない。同調査はサンプル数がそもそも少なく、頻繁なサンプル入れ替えもある。協力者の記入に手間がかかることなどもあり、調査の拡充は簡単なことではないが、個人消費はGDPの6割近くを占めていることもあり、家計調査の改善を含め、関連の統計の充実を図ることは重要だ。

――賃金上昇圧力が乏しい…

三谷 企業業績は好転しており、以前と比べれば自らの勤める企業でいつリストラが始まるか分からない、などの先行き不安感は大きく減ってきているだろう。そういった意味で消費者心理はある程度改善しているとは言える。しかし、底堅いといった程度のイメージで、輸出や設備投資とならんで景気の牽引役となるほどの力を有しているかということとはまた別だ。

――その一方で米景気に減速論も出ており、見通しは交錯している…

三谷 アメリカ景気は、基本的にはしっかりとした状態が続くと見ている。先日発表された10月分の米雇用統計速報を見ても、雇用者数は過去に遡ってにわたって大幅な上方修正が行われた。また、2%強のインフレが続いていることもあるが、賃金も着実に増加している。雇用・賃金ともに拡大傾向にあることで消費者心理はそう悪くなることもあるまい。住宅の値上がり分を担保にした借入れや転売益がなくなることがどの程度消費に影響が出るかはまだ不透明なところがあるが、住宅価格が急激に何割も下落するということでも起きないかぎりはそんなに心配することはないだろう。恐らく米国は3%強の経済成長を自らの巡航速度と考えていると想定されるが、その程度の成長を継続していく印象はある。巡航速度の前後に経済をコントロールするといった意味で、FEDの利上げはうまくいっているのではないか。幸い、原油価格も下落したことで物価上昇圧力も収束しつつあり、息の長い経済成長となりそうだという見通しをもっている。

――外需はまだまだけん引役となっていくと…

三谷 今や日本メーカー製の自動車が米国内で相当のシェアを占めている。現地生産もあるが日本の対米輸出の四割前後が自動車関連で占められている。GMやフォードの業績が今ひとつな一方、日本車の人気はすさまじい。原油価格はピークアウトしたといってもガソリン価格は未だ高水準にあることなども背景だ。米市場において日本車の一人勝ちに近い状況というのは、現状のように多少景気がスピードダウンしてきてもまだ続くだろう。また欧州も、来年のドイツの付加価値税引き上げなど不透明な部分は残すものの、足元ではスペインなどを好例にしっかりしている。アジアは米を中心とする先進国の消費動向に若干の影響を受けるだろうが、中国もいまだ二桁台の成長を続けており、明確な拡大局面が続いている。来年もこの2〜3年並みのスピードで世界景気全体が拡大する可能性は高いとの見通しだ。

――設備投資はピークアウトとの見方もあるが…?

三谷 設備投資に関してはバブルの教訓もあり、企業は割と慎重な姿勢でやってきたと見ている。例外は電子部品関係だが、そこは急激に需要が伸びている分だけ現状でやや過剰気味となっても心配ない、との判断だろう。その他の分野では驚くように伸びているということではないようだ。マクロ的に見ても、設備投資は依然としてキャッシュフローを大きく下回っており、これはまだまだ伸びていく余地はあるという認識だ。

――原油価格のような物価上昇圧力が後退し、金利引き上げ不要との意見も…

三谷 そんなに慌てて利上げの有無を考える必要はないだろう。現在の金利がマクロ経済の実態と比べて低すぎるということを懸念する人が多いのは確かだろうが、低金利による副作用が特に目立っているわけでもないので、景気・物価の動向などを眺めながら少しずつの手直しを行うといった程度でよいと思う。景気が途中で腰折れしてしまえば利下げといった論調も出かねないが、日銀が考えるように景気の息が長いものとなるならば、いずれ利上げをすべき情勢が必ず訪れるだろう。またこれからは資産価格のようなものをどう見ていくかも1つのポイントになるだろう。大都市圏の土地価格など、かなりのテンポで上昇が始まっている。消費者物価指数だけを見て物価の安定が図られているから大丈夫だという見方はできない。バブルのときにも消費者物価は安定していたことはその好例であり、広い視野を持っておくことが大事だと考えている。

――円キャリーについて日銀が懸念を示し始めているようだが…

三谷 欧・米ともに金利が上昇しており、日本での調達が一番コスト安であることは事実だ。キャリートレードの結果、大量に円のショートが積みあがってしまえば日本の金利引き上げの際に市場のかく乱要因の1つとなることは否定できない。外貨に転換されて海外流出した部分が円に巻き戻される過程での円高は十分考えられることだ。ただ、金利調節に代表される金融政策そのものは経済活動や物価のレベルなどを見ながら行われるもので、キャリートレードを促そう、もしくは減らそうとして行われるものではない。これだけの金利差が発生していればキャリートレードが積み上がること自体は仕方のないことではあるが、円キャリーの規模によって金融政策が左右されるというものでは全くない。ただ、マーケットの関係者は大規模な巻き戻しもあり得るといったことを常に念頭においておくべきで、日銀が懸念しているとすれば、リスク管理が大切だというメッセージだと思う。

――利上げはフォワードルッキング(先行きを見て)で行うとしているが…

三谷 金融政策がフォワードルッキングであるということは昔からの原則論であり、本来の姿だ。金融政策はその効果、また効果の認識など各段階で常にタイムラグが発生する。量的緩和の最中には、日銀の示した三条件もあって足元を中心に消費者物価の動きに市場の関心が集中したが、これはやや異常な姿であったといえる。いわばこれは金融政策の基本にようやく戻ったということで、これを早めの利上げが良いとのメッセージと受け止めるのはやや穿ちすぎの見方ではないか。