競争力回復に総合的な底上げ必要

競争力回復に総合的な底上げ必要

S&P マネジング・ディレクター 金融サービス格付担当 根本 直子 氏



――この度「日本の金融業界2007」を出版されたが、業界を俯瞰してどうか?

根本 業界は徐々に元気を取り戻し、リスクをとっていこうとする姿勢も見られるようになってきた。ただ、銀行の業務純益が減額していることについては懸念するところではある。不良債権の処理が減って、株価もまずまずなので決算内容は比較的好調なのだが、コアの収益力という意味では強化がされていない。競争力という面ではまだ課題は残るだろう。

――米の金融機関と比べてみると邦銀は…。

根本 国内の金融機関はやはり病み上がりという印象は拭えない。15年間、後ろ向きだったのが、ようやく前向きな投資・リスク管理を行うようになってきたというのが現状だ。ようやく瀕死の状態から脱したのであるから、その間も健康で前を走り続けていたプレーヤーと比べるとまだまだ脆弱と言わざるを得ない。悩ましいのは何か一分野の改善で好転するというわけではなく、競争力の回復には総合的な底上げを行わなければいけないということだ。この点、日米の金融機関を比較した際に大きな違いとなるのは収益性だ。例えば、現在の邦銀の収益構造では貸出からの収入がまだ相当大きいのだが、この収益が低い。これは短期市場金利が上昇したにもかかわらず、利ざやの適正化が行われていないことも一因だ。直近の決算でも明らかになったが、預金金利は上昇したものの、貸出金利の方に金利を完全に転嫁できておらず、利ざやは縮小している。目先ではまずこれを改善していくことが大きいのではないか。

――国内で銀行から借りようとする企業は多くない…。

根本 確かに大企業では手元のキャッシュ・フローも豊かであり、社債等の調達手段も多様化していることを踏まえると、銀行からの借り入れは拡大基調にあるかというと、そうではないだろう。他方で、中小企業からの借入が徐々に増えてきているが、メガバンクや大手地銀はまだ大きなシェアを持っているわけではない。このあたりではまだまだ開拓の余地はあるだろう。商品性や審査手法、担保の取り方も工夫が不十分という印象も受ける。個人向けファイナンスに関しても、貸金業の規制変更によって、相当の数のノンバンクが今後は淘汰されると考えられる。このような局面で調達コストが低い銀行が資金供与を出来るという分野が出てくることも可能性として考えられる。総じて、国内でもまだ余地はあると考えており、国内市場を見放して海外で欧米の企業に対してM&Aファイナンスなどをどんどん伸ばすということには疑問が残る。勿論、多様化をはかるうえでは良いことなのだが、そこに傾斜するということが起こればそちらの方が心配だ。

――大手行において草の根のような営業の仕方が出来ていない…

根本 ある程度育ってきた中堅以上の中小企業であればM&Aやアドバイスなど出来るかもしれないが、非常に小さな企業に大手行の融資担当者が張り付くということはコスト的にも現実的ではなく難しい。ただ、そういった部分も再雇用の方を活用するなど、ある程度コストを抑えながら対応していくという工夫もあるだろう。さらに踏み込んだ金融サービスが必要な案件に対しては、投資銀行などでのキャリアを積んだ人材を用いるなど、メリハリをつけた経営のやり方もあるはずだ。こうやって顧客を分類していくにはそのニーズを掴んでいることが前提となる。

――日本の大手行は経営に画一的な基準があり、融資基準なども同じという大企業病だ…。

根本 上意下達のもと、画一的な基準で運営する方が確かに銀行の経営は楽だろう。ある地銀の例だが、のれん分けの形態でベンチャー的な子会社などを設立し、銀行のブランドを利用しての事業は出来ないのかと尋ねたところ、行内でそのような募集をしても志願者が集まらない、との返答であった。リスクを取ってまで新しいことを行いたくない、という意識は確かにまだ相当強いようだ。

――貸し出し以外で収益を上げようと運用方針にも変化が見られる…

根本 今回の決算でも気になっていたが、運用における国債の比率が各行で落ちている。その分、その他有価証券が相当に増えていて、オルタナティブ投資などの比率が上昇している。多様化されることは望ましいことだが、これも本業での利益が上げづらいので少しでもリターンの良い方へと飛びついているといった面も無きにしもあらずだ。しかし、そうした有価証券投資へのリスク管理がきちんとできているのかについては疑問の余地がある。

――銀行以外の金融分野はどうか?

根本 まず証券会社だが、個人の金融資産がずいぶんと投信や外債などリスク資産に向かっていることは証券会社全体にとってプラスとなっている。一時的に株式の売買は伸び悩んでいるが、預かり資産総額そのものが増えているので収益構造としては安定化してきている。保険業界も自己資本が改善し格付けは回復方向だ。消費者金融とリース業界は規制環境が変化するので、信用力は下方向の圧力を受けている。当社は消費者金融の大手五社を格下げ方向で見直しており、今後も目が離せない状況だと考えている。

――貸金業の新規制も登録制であれば、問題会社の再参入が容易でザル法となる懸念も…

根本 1万数千社も存在する貸金業者は銀行などと比較しても圧倒的に数が多く、一つ一つを監視するということは無理だ。ただ、今回は資本金はじめ財産基盤のハードルが上げられることもあり、全体の淘汰・縮小が進んでいくのではないか。将来的には多重債務者の抑制に繋がっていくとは思うのだが、途中段階での信用収縮が利用者に過度の影響を与えなければよいが、との懸念がある。大手貸金では与信基準を相当に厳しくしていくなかで、高いリスクを引き受けてきた中小が廃業・縮小をしてしまったら、個人破産は一時的にせよ増大するだろう。そうなるとさらに与信基準が引き締められ、悪循環のスパイラルに陥る可能性もある。

――金融当局が市場の監視役となるにつれ市場活性化を促す機能は低下したとの意見も聞かれる…

根本 金融当局の方向が投資家保護に向かっていることは好ましいのだが、ややそちらに偏りすぎている面もあるだろう。日本市場の国際的な地位向上を果たすために市場育成・活性化や日本発の新金融商品の促進など、前向きな姿勢が示されてもよいと考える。86年のロンドンのビッグバン後にGDPが上昇したのは金融業界の貢献によるものといわれている。日本も人口が減少をたどるなかで成長率を上昇させるには金融業界の活性化が必要だ。なぜ投資家保護に偏りがちとなるのか、という理由の一説には、金融当局が不良債権処理の際に非常に厳しい指導を行ったのち、その手法や人員をそのままコンプライアンス強化や投資家保護に適用したからとも言われる。ただ、厳格に監視と処罰のみを行うようなシステムでは業界全体が萎縮してしまう。本当に自由と規律が確保されていれば、育成という視点を当局が持たずとも市場の活性化が実現するかもしれないが、日本の法制度は海外投資家からみてグレーな面が多いといわれる。規定が非常にはっきりした社会であればのびのびとした活動ができるが、日本では常に当局の意向を窺いながらという風潮がある。活性化のためには改善されてしかるべき部分だろう。