財務省財務総合政策研究所 特別研究官 富山大学教授 北京大学客員教授 清家 彰敏 氏

財務省財務総合政策研究所 特別研究官 富山大学教授 北京大学客員教授 清家 彰敏 氏

人材強国に向けIPO検討



――中国の最高経営者団が来日する企画があると…

清家 現在、中国政府は国務院を中心に「人材強国」をテーマに、「人口大国」からの脱皮を果たそうとしている。国務院は首相・温家宝の大統領補佐官的なスタッフ組織で、全人大の法律・報告書の半数以上を作成している。この戦略のキーとなっているのは大臣であり、清華大学の公共管理学院の院長を務める陳清泰氏だ。同学院は日本で言う東大の公共政策がさらに力を持ったものと考えてもらってよく、中国政府と事実上直結している。同氏の指導のもと、国務院は5年前から毎年50名、米ハーバード大への留学を開始した。これはエリート官僚層の人材教育とともに国務院とハーバード大との関係も密にする狙いがある。その次に教育の対象とされたのは、改革が求められている国有企業の最高経営者たち、ならびに優良民営企業の最高経営者だ。中国の国有企業は、旧来の日本のNTTやJRといった存在ではなく、人事が官僚とともにまわっている。日本の感覚で言えば、1人の幹部がNTTの社長、総務省の局長、郵政株式会社の社長を経て、事務次官になるといったようなものだ。中国ではこのようにして官僚のトップが大臣になり、総理になっていく。こうした背景の下、国務院は02年から年間に120人の企業経営者を、こちらはスタンフォード大学に留学させるEMBAプログラムがスタートした。こちらのプログラムもすでに400名近くが教育を受けるなどして軌道に乗っている。国務院は同様のプログラムを日本でも開催したいと考えている。このようにして国務院から昨年、正式に要請を受け、まずこの3月に短期集中講座をアレンジしている。

――日本に中国は何を求めているか…?

清家 中国が日本でも教育プログラムを開設したいと考えた背景には、その組織成長力への高い評価がある。スタンフォード大での教育は経営戦略に重点が置かれている。このため、どの時期にどのような戦略を採るかには非常に強い。ところが一番の問題は、どうすれば企業を成長させられるかという観点が欠けていることだ。米の経営スタイルでは、企業は基本的に売買の対象である。発展する企業の多くは一部の非常に有能な人材が一代でそれを成し遂げ、その後は合併や吸収を通じて成長していくというスタイルだ。これに対して、トヨタ、ホンダ、松下といった日本で最も優秀とされる企業は、合併・買収のような手法を取っていないところに中国は注目した。組織がおのずから学び、成長していくという、組織向上のノウハウが中国の学びたいポイントだ。

――「人材強国」戦略は…

清家 中国の現在の指導者・経営者層は、文化大革命の時期の下放(農村での労働・指導活動)に従事し、従来は知識層でありながら学歴的に優遇される機会をえなかった50代前後の世代層と、文化大革命後に育ち、北京大、清華大、復旦大といった国内の一流校からハーバード、ケンブリッジ、オックスフォードといった米・英の超一流校で教育を受けた30代後半から40代前半の層に分かれる。「人材強国」を進める国務院には次期最高経営幹部となる40代後半〜50代前後の経営者を育てたいという強い意欲がある。「人材強国」戦略の中央にいる陳清泰は軍用自動車の生産を行った第二汽車グループ(現在の東風自動車グループ)のトップを勤め、また現在は中国最大のエネルギー企業・中国石化集団の顧問でもある。第二汽車のトップを勤めた時期に前首相・朱鎔基に見込まれ、その積極的な民営化改革の中核となった。朱鎔基の退陣後も胡錦濤・温家宝体制と、前体制との緩衝材となり、引き続き自動車・エネルギー政策の実質的なリーダーだ。また、彼は大学時代に胡錦濤と同じサークルに所属し、3年先輩にあたる。全寮制のもと彼らは3年間寝食をともにし、陳清泰は胡錦濤の共産党入党の際の推薦者ともなった。その陳清泰が日本プログラムの責任者として白羽の矢を立てたのが陳小洪氏、典型的な共産党のたたき上げだ。彼は農村での共産党活動員から地方工場長へと上り詰め、共産党指導者の大学回帰の時代に至って大学再教育の1期生に選ばれた。その後、東京大学に留学して日本的経営を学んだ背景もある。

――プログラムでは日本での上場に関する勉強時間も設けると…

清家 中国に企業は2000万社といわれているが、そのうち中国政府が見ているのは1万4000社だ。これは中国企業のアンケート調査の母数ともなっている。国務院はこれら企業への指導方針において、自主ブランド構築と海外進出をとりわけ重視している。ただ、日本人はこの方針を額面どおりに受取りすぎているようだ。自主ブランドは確かに中国の将来を考えると確かに必要である。そして海外進出もかつて日本企業などが行ってきた輸出戦略である。しかし、実態からするとこういった日本の受け止め方は間違いだ。陳清泰らが関わってきた中国の改革が求めているのは突き詰めると、全ての企業の民営化だ。民営化の理由は、非効率的な国有企業体質を支えることがすでに限界に来ているからに他ならない。いまだ12万社の国有企業が存在し、これらを援助していくことはすでに不可能となっている。これら12万社の非効率さは、その利益のうち3分の2を中国石化集団などエネルギー分野が稼ぎ出していることからも分かる。こういったコアとなる優良企業が約600社あるが、中国企業はそれ以外の企業を全て民営化し、市場ルールに基づいて運営されるべきと考えている。すでに民営・外資がGDPに占める比率で国有企業を上回ってきたことも、この大規模な民営化を支えている。外資優遇税率の撤廃や新破産法が先日発表されたように、中国企業は民営化に向けて着実にルールを整えてきた。  この民営化の流れの中で重視されるのが各企業の民営化達成率だ。企業グループ全体において民間資本50%以上が指導目標として掲げられている。この達成に改革の初期から実践されたのが、公的に保有する資産の売却だ。だが、売却には大きな問題が発生した。すでに20万社を超える企業が民営化を果たしたが、売却が妥当な値段で行われたかをめぐって、5千名の経営者が指名手配となってしまったからだ。本当に政府の基準を遵守して売られたのは一部で、多くは談合を経ての売却となっているのが実情だ。こうなってくると、国務院は今後の大規模な民営化も売却中心に進めるのは妥当ではないと考えるようになった。これにかわって、海外上場が大きく注目されてきた。少々、国費を費やしてでも海外資本を注入すれば、上場企業は海外のディスクロージャー基準にも対応していく。前述の1万4千社のうち半分近くが国有企業だが、これらが海外上場していくことが中国としては都合がよい。

――国ぐるみで海外上場を果たしてくる…

清家 そして国務院が最も強く勧めるのはM&Aだ。大型M&Aは国内での信用力・ブランドを飛躍的に高め、グループ全体での民営化率の向上も達成する。レノボがIBMのPC事業を買収したのは経営戦略に基づくものではなく国家戦略だ。そしてその裏にあるのは国家の陰謀でも何も無く、レノボグループが民営化率を達成するという、より単純で直接的な動機がある。中国海洋石油のユノカル買収劇も同様で、中国および中国企業には米国の石油戦略をどうこう、という意思は全く無かった。あれはただ単に中国海洋石油が民営化率を達成するという目先の経営目標に基づいた動きだ。その点、米の連邦議会も振り回されてしまった感がある。中国企業のこのような海外上場例や国際的買収例は今後も倍増していくだろう。以前の失敗例から、売却は国務院から徹底的にマークされる。売却がダメならば超大型国有企業が民営化率を達成するにはもう買収しか手は無い。こう見ると、自主ブランド構築は買収案件の成功のためでもあり、買収が出来ない企業となれば海外上場を狙ってくる。このような「お国の事情」を知っておくことは日本が対応していく際に必要だろう。