万全な体制で株式無券面化へ

万全な体制で株式無券面化へ

西村あさひ法律事務所 弁護士 志賀 櫻 氏



――日本の金融機関が再び海外でも活躍する流れになってきた。その際、移転価格税制の問題が一段と重要になるのではないか…。

志賀 1980年代後半ごろから、米国が多額の財政赤字を抱えている一方で、外国企業が米国に進出してきて利益を上げているのに、米国内ではごくわずかの税金しか支払っていないという事態が起きていた。こ れに議会等が反発して、米国の徴税当局であるIRSが移転価格税制を多用 して巨額の課税を始めたのが事の発端だ。そのとき、私は大蔵省主税局の国際租税課長として、OECDの租税委員会(Committee on Fiscal Affairs)の メンバーになっていたのだが、ジェフリー・オーエンス現租税局長が課長 に昇任したばかりの時で、「ヨーロッパと日本とが団結して、アメリカの移転価格税制問題に取り組まないか」と誘われ、「よし、やろう」と言ったらそこからOECDの租税委員会の活動が始まった。そして、1992年から議論 して、1995年に現行のOECD移転価格ガイドラインができた。

――現在、米国はどのような移転価格課税をかけているのか…。

志賀 IRSはこれまでは主に大企業だけに目をつけていたが、最近は規模がそれほど大きくない会社の米国子会社にも調査に入っては 、ほとんど必ずと言っていいほどに移転価格課税を持ち出してくるようになっており、すそ野が広がってきている。長らく同じ条件で取引をしていたのにもかかわらず、いきなり過去にさかのぼって、取引価格が全部間違っているなどと言われても、企業サイドの当事者は困ってしまうだけだ。そもそも予測可能性の欠如ということは大問題だ。

――この問題で、各企業が気をつけなければいけないことは…。

志賀 それは、同時文書化だろう。日本では通達レベルで、それらしきことが書いてあるだけだが、米国の内国歳入法典・財務省令の体系には明記されていることである。IRSの調査に対して、一番大切なの は、契約を締結した時点で、なぜそのような値決めにしたかという証拠を完全にそろえておくことだ。IRSの調査が来た際、すぐに書類の一式が渡せる ように予め準備していなくてはいけない。これを専門用語で、contemporaneous documentation、「同時文書化」と呼んでいる。

――契約したときに、同時に文書化しなさいと…。

志賀 その通り。契約締結時のその時点において証拠資料を文書にすることを意識しなければならない。IRSが調査に来た際に、移転価格税制の問題を突かれたとしても、そこで同時文書を提出すれば、かなりの程度で問題を避けることができるが、期限内に提出できなければ、巨額のペナルティーが課せられる、という仕組みになっている。

――移転価格税制は日米間だけを意識すればよいのか…。

志賀 日米は課税庁間の関係が安定していることもあり、これからの問題は日中間だ、とする意見もある。中国の問題は、中国の徴税当局が、移転価格税制とは何かを本当に理解しているのかという点だ。私は、かなり怪しいと見ている。中国の徴税当局の職員が日本の法人の中国子会社に来て、今年の移転価格課税は10万元にすると言うので、特に争いもせず に支払ってしまうと、翌年には中国側から、去年が10万元だったから今年は20万元、その次の年にまた来て、今度は3年目だから40万元と言ってくるようなケースがあるとのことだ。中国の移転価格税制で一番気をつけなければならないのは、この程度の額ならまあいいかな、面倒くさいしとか思って、簡単に支払ってしまうことだ。従って、移転価格税制で気をつけるべきことは、米国に対しては同時文書化で、中国徴税当局とは簡単に妥協するな 、ということだ。

――移転価格税制には二重課税となる恐れが大きい…。

志賀 このところ、金融機関の利益をどこで課税するかという問題がOECDで議論されてきた。グローバルにビジネスが展開がされているのだが、仮に東京、ロンドン、ニューヨークの3大マーケットに絞ったとしても、巨大金融機関がどの利益について、どの国の課税権に服するかは重要である。OECDのモデル租税条約がグローバル・スタンダードなのだが、その基本的な考え方はシンプルであり、事業所得課税の原則を定めている7条では「PEなければ課税なし」と明定している。PEとはpermanent establishmentの略で、恒久的施設という意味だ。この考え方からすると、では、金融機関の恒久的施設をどう認識するのかが問題となる。金融機関課税の問題は現在の議論の引き金とはなったが、金融機関の問題を離れたとしても、そもそもPEとは何を指すのかについて、国により見解がかなり分かれているために二重課税が生じてきており、長らく議論がなされてきた。現在、これらに関して4章からなるレポートが昨年の12月ごろから今年の4月10日にかけて発表されている。このレポートは、「利益のPEへの帰属」という タイトルになっており、1が総論、2が銀行、3が金融商品のグローバルトレーディング、4が保険という構成になっている。既に1、2、3章は公表されているが、まだ4の最終版は書き直している最中だ。1の総論に関しては、これ以上動かさない。総論に書かれているところによれば、PEとは、authorised OECD approach、OECDが正当化したアプローチで、functionally separate entity、機能的に分離された企業体と定義されることになってい る。

――非常に難しい…。

志賀 ややこしい租税法の中でも、一番ややこしい世界であるからだ。現状では、パート2の銀行とパート3の金融商品のグローバ ルトレーディングが、パブリックコメントに付され、それと並行してOECDモデル租税条約の7条のPEに関するコメンタリーを変えようというドラフトが出されている。企業の中での取引が、東京、ロンドン、ニューヨークにあるそれぞれのPEの間で、移転価格税制と同じ仕組みで利益が配分されるとい う仕組みで考えようということだ。つまり、プロセスが2段階に分かれていて、まず機能的に分離された企業体があるかないかを判断し、次はそれらのPEの間の国境をまたいだ取引に、移転価額税制と同じルールを適用するとい うことになる。この話はクロスボーダーで取引を行っている金融機関にとっては死活的に重要な話だろう。

――具体的にどのような影響が考えられるのか…。

志賀 ルールがはっきりしたほうがクロスボーダーの取引をしやすくなるため、金融機関にとっては良い話だ。このルールがはっきりすることで、二重課税が回避されるだろう。

――本社が課税の高いところにあるのか、低いところにあるのかで 、差が出てくる。

志賀 しかし、本社に利益を計上するのが正しいかどうかは、移転価格税制で判断されてしまう。また、移転価格税制が相互協議によっても完全に二重課税を排除しきれない場合があるから、問題はまだ残っているじゃないかと言われればその通りだが、大規模に国際取引をしている金融機関だったら、各国政府と事前協議してしまうのではないか。

――具体的にこれが適用されるのはいつになるのか…。

志賀 モデル条約のコメンタリーを変更する、ましてやモデル条約7条の条文そのものまで変更しようという現在のスタンスでいうと、作業が1年で終わるとは考えられない。多くの国の反対を押し切りながら進んでいるので、簡単に決まることはないと思うが、いつ何どき合意されても不思議ではない。また、事実上、改正の方向に従って金融機関に対する課税が始まるかもしれない。今回のOECDの「利益のPEへの帰属」に関するレポートは大変重要な意味を持っている。