日銀にインフレターゲッティングの導入を

日銀にインフレターゲッティングの導入を

慶應義塾大学教授 竹中 平蔵 氏



――日銀の課題は…。

竹中 中央銀行の制度はどこの国でもそんなに古くはない。イングランド銀行ができたのは18世紀、米国のFedは1910年代。そういう意味では、どの国でも完璧な中央銀行はまだなくて、政府との関係では常に戦いつつ、さまざまな創意工夫を繰り返しながら銀行業務を行っている。そういう中央銀行に対して政府が介入すべきではない。なぜなら金融は技術的な意味で特殊であり、専門家でないと分からないからだ。しかも非常に早い判断が必要となる。通常国会が開会するのは1年に1回なので、早い判断は難しい。だから金融については専門家に任せる。何を任せるのかについては、その時代でさまざまだが、現在では、インフレターゲティングという言葉に集約される。中央銀行は目標をしっかりと持ち、その目標を実現するためにどのような政策を進めるかを独自に決めてもらう。そこには、政府は介入をしない。つまりコミットメントだ。私が申し上げていることは、斬新で目新しいことではなく、世界の今の常識を申し上げている。例えば、イングランド銀行では、物価を1〜2%の間に保ってもらうことを政府と約束している。

――政府が1〜2%の間にしてくれと…。

竹中 コミットメントをセントラルバンクは受け入れ、約束することで、後の自由を得る。ただ、政策目標を決めるのと、政策手段を決めるのとは違う。政策目標は政府、あるいは別のところで決まるもので、政策手段を決めるのは独立性がある。つまり、中央銀行の独立性とは政策手段の独立性だ。コミットメントを誰が決めるのかは国によって異なる。例えば、セントラルバンクの模範といわれる英国の場合は政府が決めている。また、政府と中央銀行が協議して決めている国もある。私はどちらでもいいと思っている。しかし、いずれにしても、今の日銀にはコミットメントをしてもらわないといけないと考えている。そうしないと、現状では「目標を持っていないから何するか分からない」と言って、政治家の余計な介入を許してしまっているからだ。例えば「金利を引き上げるべきではない」などの口先介入が行われているが、政治が行うべきことではない。これは政策手段、金融政策の手段だからだ。では、なぜ、日銀がコミットメントをしないのか。察するに約束しない方が楽であり、約束したら責任が生じるからだろう。

――責任を取りたくないというのは、日銀の昔からのスタンスだ…。

竹中 ただ、日銀だけが悪いのではなくて、枠組みをちゃんと決めてこなかったところに、日本の全体の問題がある。日銀が自らを制約するとは言いにくいかもしれない。もし、そうならば政府が決めてあげればいい。政府が日銀法を改正して決めるべきだ。

――米国では、政策を決めるときにどのようにしているのか…。

竹中 明示的なインフレ目標を持っていない国が2つある。それは米国と日本だ。米国の場合は、インフレ目標を決めるべきだという根強い議論がある。学会で最も強く主張していたうちの一人がバーナンキで、現役の議長になった。私は去年、バーナンキと会っているが、その時もFRBの中にインフレ目標を議論するコミッティーを作ったと話していた。米国がどういう形になるかは、今後の議論の推移を見ていく必要があると思うが、何らかの形でコミッティーしていく方向にある。そうなると、日本だけが全く蚊帳の外になっているということを私は問題だと言っている

――日銀の責任を取らない体質は、役人が責任を取らない体質を同じとの指摘がある…。

竹中 一方で、その姿は大きく変わっている。この5年で、海外直接投資を5年間で倍増させる、旅行客を増やすなど、政府は数多くの数字のコミットメントをしている。その最たるものが、私が金融担当大臣の時、周囲は大反対だった「2年半で不良債権を半分にする」との発言で、これがコミットメントだ。半分になっていなかったら、当然責任を取るつもりだった。コミットメントに関しては金融庁の役人ではなくて、トップが責任を取るのが重要だ。どういう責任の取り方をするかは知らないが、多くのコミットメントを行っている。ところが、日銀はそれをしていない。

――非常に論理明快だ…。

竹中 それらに対し日銀へ要望すると、どういう政策を取ったら物価が何%なるかが分からず、政策に対する対応関係がないから、コミットメントはできないと反論する。この意見は実にもっともらしい意見だが、それではなぜ他の国がコミットメントをしているのか、という反論があって当然だ。また、政府は多くのコミットメントをしていると言ったが、政策に1対1の対応があるものは一つもない。そんな対応があるなら誰も苦労はしない。そこをやるのがプロだろう。

――日銀は為替介入の権限を持っておらず、輸入物価の上昇に対して対抗手段が無いため、コミットできないとの声もある…。

竹中 為替レートが常識的な範囲でのコミットメントなので、例えば円相場が急に2倍に上昇したら、その時は別だ。「それでも物価を保て」なんて無茶なことは言わない。通常想定される経済的な条件の中で、例えば、台風が20個上陸して、商品価格が上昇したら、そのことは日銀のせいではないのは明らかなことで、そのために日銀の責任を議論するわけではない。

――ところで、直近では日銀は長い目で見れば物価は上がるので、金利も上げると言っているが、これはおかしな話だ…。

竹中 それではいつ金利を上げるのかと。実は日銀は2006年度にデフレは収束すると言っており、このため、金利を上げると言っていたが、現在でもデフレは収束していない。その説明責任を日銀はどう取るのか。

――土地や原油が上がりそうだからと説明するなど、日銀の発言が微妙にズレている…。

竹中 日銀の人たちは、私がここで話したことは、全部分かっていて、発言している。それが分からなかったら、セントラルバンクの資格はない。財務省が財政は健全化させなければいけない、と言ったら誰も反論できないし、日銀が金利を正常化させなければならない、と言っても誰も反論できない。これは永遠の真理だからだ。問題はいつ利上げをするかだ。財政の正常化はプライマリーバランスが回復する時だ。それは2011年に目標を置いている。このため、財政はそこまで我慢する。これに対して、なぜ金融だけ今利上げを行うのか。財政の部分で、財政赤字は駄目、ゼロ金利はおかしいということも永遠の真理で正しいのだが、なぜそうならざるを得なかったのか。それは日本がデフレで、マイナス成長だったからで、そこを解消しながら、財政も金融も、同時に正常化していくのが、通常の経済政策ではないか。

――日銀と政府とのコミュニケーションを、もう少しきちんととるべきではないのか…。

竹中 そのために政府の関係者が発言すると、マスコミは批判する。だから私はあえてコミュニケーションの場はいらないと思う。目標だけ決めればいい。目標だけ決めて、あとは日銀が好きにやってくれれば、コミュニケーションの必要はない。私はよく言うのだが、日銀総裁が経済財政諮問会議のメンバーになっているが、日銀の独立性を言うならば、メンバーにならない方がいい。コミットだけして、後は全然顔合わせなくたっていい。今は顔を合わせているが、何か言うたびに日銀の独立性批判が上がってくるので、結局何も言わない。何も言わないで顔だけ合わせているのは時間の無駄だ。

――私から見ると日銀は、物価に対する感応度が弱い…。

竹中 日銀はかなり強い調査部門を持っているが、結果的に見ると、調査に基づく判断というのは結構間違い続けている。バブルの時、バブル崩壊の時、速水優前日銀総裁のゼロ金利解除の時、そして今回の金利の引き上げだ。こう見ると、日銀は5年に1度くらい大きな間違いをしている。

――現場感覚がない…。

竹中 ただ、政治家や官僚、学者に現場感覚があるか、と言えばない。でも、今の問題というのは、微妙な現場感覚なんか無くても判断できる話だと思う。

――次に、構造改革についても伺いたい。構造改革と言われているが、日本はまず何をしなくてはいけないのか。

竹中 構造改革という言葉は、小泉純一郎前首相が非常に巧みに使った。私が経済財政担当大臣になって、すぐに一枚のメモを持って、小泉前首相のところに行ったのだが、構造改革という言葉は便利な言葉だが、突き詰めたら何言っているのか分からない言葉だと。だからこそ、政治的なメッセージとしては言い続けつつ、どのような政策を行うのかというプログラムをしっかり作っていくことを提案し、最初の骨太の方針を作った。

――構造改革の中身は…。

竹中 改革には、2通りの改革がある。一つはリアクティブな改革で、もう一つはプロアクティブな改革。リアクティブな改革とは、受身の改革。この典型は不良債権処理だった。不良債権は無ければ無いに越したことはないが、過去から引き継いでしまっている。引き継いだ以上はやりたくないけど、受身でもやらざるを得ないもので、これをまず実行した。

――プロアクティブな改革は…。

竹中 失われた10年の間に世界が様変わりになったし、日本がいよいよ少子高齢化の中に入っていく。それに対する攻めの、前向きに形を変える、積極的な改革が必要だった。この改革に対する小泉流の考え方を一言で言うならば、少子高齢化社会と厳しい大競争の社会を踏まえて、小さな政府をつくることだ。大きな政府のもとで、人口が減っていったら、後の世代の負担が大変なものになって、経済の活力を圧倒的にそぐ。このため、自分たちでできることは、可能な限り自分たちでやってもらうという自助の形をとっていく。それが小さな政府をつくることで、それにはもちろん財政再建も入ってくる。

――小さな政府をつくると言っても、国民には分からない…

竹中 そこで出てきたのが郵政民営化だ。なぜ郵便の事業を26万人の国家公務員で行っているのか。それを自助の力、民間でやる。そこは非常に分かりやすいメッセージを小泉前首相は発した。プロアクティブな改革の象徴が郵政民営化だったが、そのほかにやるべきことは、山のようにあり、次から次へと進めていかなくてはいけない。郵政民営化と政策投資銀行、政府系金融機関の民営化などまでは小泉内閣で行ったが、そこから後が安倍内閣の仕事だ。しかし、残念だけれども、郵政民営化のような、国論を二分するけれども分かりやすいような政策というアジェンダがこの10カ月間、示されなかった。

――公共セクターのコストはまだまだ高すぎる。すべての費用の3割ぐらいはコストを下げられるのではないか。

竹中 コストを下げるにはどのような政策をすべきなのかについては、実は非常に難しい。公務員の給与を下げろとよく言われるが、そのためには何をしなければならないかが知られていない。国家公務員はいくつかの法律で保障された待遇がある。彼らはスト権を放棄している代わりに、人事院の勧告に基づいて給料を決める。人事院の勧告が変わるような法律をつくらないと、いくら公務員の給料が高いと批判しても何も変わらない。

――人事院の勧告を変えるにはどうしたら良いのか…。

竹中 人事院は政府の外の機関であり、独立しているので、政府では変えられない。では、どうしたらいいのかという議論からが政策論議となる。そのための手続きが大変だったので、我々は経済財政諮問会議で人事院の委員長を呼んだ。行政とは違うと大反対があったが、それでも呼んだ。

――人事院の委員長とは、どのような議論を行ったのか…。

竹中 公務員の給与を下げろなどと言えない。彼らは彼らで、法律に基づいて給与を算出しているからだ。そのため、人事院で給与の議論を進める際に、サンプル数をこのように増やしてほしいなど、いくつかの技術的なことを詰めた。そのプロセスが今進んでいる。

――コスト削減は難しい…。

竹中 コストを3割削減できると私も思うが、日本の憲法で予算をつくるのは内閣、つまり、財務省が予算をつくることは憲法で決められている。そうすると、財務省で積み上げているものに対して、どうしたら歳出削減という結果を出せるか、チェックしなくてはならない。このため、私たちは市場化テストを提言した。市場とビットしてくれ、マーケットと同じことを企業にやらせてほしいと訴えた。その後議論を重ねて、ようやくその法律が通った。それが政策だ。これらのプロセスを踏まえてみると、国民の思いと実際の政策の間に非常に大きな手続き上の距離がある。しかし、それを埋めない限りは、何を言っても不満の発散だけで終わってしまう。

――具体的な政策として、詰めていかなくてはいけないと…。

竹中 そういうことだ。残念なのはこれらの過程をマスコミが報じないことだ。マスコミは、一般市民と同じことを言っているだけで、その実現のためには何が必要で、今どういう手続きが進んでいるのか、どのような手続きが必要なのか、などを報じれば良いのだが、これらのプロフェッショナルな議論が何もない。

――政策担当者の生の声を聞きたいが、マスコミを見ていても、何も伝わってこない…。

竹中 この国の最大の危うさは、まさにそこにあると思っている。私は出会う人によく言うのだが、国民が新聞に書いてあることや、テレビのニュースで言っていることを国民が100%信じていたならば、小泉内閣の支持率は5%だっただろう。しかし、現実には50%の支持率があった。マスコミでは内閣に対する揶揄が数多く言われているが、小泉さんの1フレーズの中に、この人は信頼できるというものを感じとった。小泉内閣が5年5ヵ月保った最大の秘訣は、1フレーズと批判されようが、小泉さんが類まれな、国民に直接訴える能力を持っていたからだ。一方で、今回の参議院選挙は、日本の民主主義の怖さが出ていると思う。

――民主党は大幅なコストを削減して、それをさまざまな政策にあてると言っているが、それはまさに具体論が全く見えない世界の話だ…。

竹中 その通りだ。今回の選挙は、野党とマスコミが非常にうまく国民の不満と不安を煽った。煽るのも戦略なので、与党の方に戦略ミスがあり、煽られてしまった。郵政民営化のように、国論を二分するような政策があれば、強い反対がある一方で、強い賛成もある。国を二つに分けるアジェンダを出してないから、反対もない代わりに、賛成もない。その結果、国民は政策的関心がかなり低下した。そこに、例の社会保険庁の風が出てきたから、国民の不満だけが前に出る。不満は当然政権に行くので、与党が負けてしまった。つまり、国民は別に野党の政策を支持したわけではない。これは政策マーケティングの失敗だ。

――パブリックセクターのコストをもっと下げてもらって、生活保護や年金を充実するところに、国民の大きなコンセンサスがあるのではないか…。

竹中 現実にはパブリックセクターのコストは随分下がっている。2002年にはプライマリー赤字は28兆円あった。いまそれが8・5兆円になっている。それはコスト下げたからだ。一方で、不良債権が回復して税収が増えたので、両方の効果が半々で出ているのだが、そういう意味ではコストは下がっている。ただ、シンボリックには社会保険庁のような誰が見ても無茶苦茶なセクターが存在した。

――野党はそこを突いた…。

竹中 私はよく言うのだが、野党とマスコミがうまかったのは、社会保険庁の問題を年金問題と言ったところが上手かった。しかし、あの問題は年金とは全く関係がない。どんなに年金問題が完璧だったとしても、あの社会保険庁が事務をやっていたから、このような入力ミスは生じた。単なる事務的なミスだ。ただ、その程度があまりにもいい加減で、国民があきれてしまった。

――安倍首相は、年金はあまり問題ではない、と答弁していた

竹中 全く問題がない、とまでは言い切れないが、基本問題に関しては5年前の年金改革で、100年もつかどうかは分からないが、50年はもつ改革にはなっており、解決している。年金が一元化されていないことは事実だが、一元化したら大変なことになる。違う制度が一元化したら、サラリーマンの年金が減るか、事業者の負担が増えるか、このどちらかになる。このため、厚生年金と国民年金の一元化は簡単にはできない。

――これらの話は国民にはアピールされてない。多くの重要な話が全く国民の前に示されていないようだが…

竹中 これらの議論は5年5ヵ月、私は毎回受けた。すると、そんな話は初めて聞いたと言われる。私からすれば。国会でも記者会見でも毎日言っている。しかし、事件しかマスメディアは報道しない。赤城前農水相がバンソウコウを張ったら記事になるが、政策の話は報道されない。結局、そこが今の日本の民主主義の一番の危うさで、メディアに登場する人が、みんな政策の素人であるところだ。野球の解説者はみんな元プロ野球選手で素人は解説しない。ところが、政策のことをテレビのコメンテーターとして出演している人は、すべて素人だ。これは摩訶不思議な現象だ。

――おそらくこういうことを言っているのだろうと推測はできるが、伝わってこない…。

竹中 結局、政策の話は難しい。それを分かりやすく語る「インタープリター」(通訳)が、政策の専門家で、分かりやすく語る専門家集団が必要だと考えている。私はそれを「ポリシーウオッチャー」と呼んでいるが、これは民主主義のインフラであり、それがこの国ではごそっと抜け落ちている。米国では、ある時はホワイトハウスで若いころ働いた、その後大学で税制を教えた、ブルキンス研究所で研究をしている、という人が何千という人数でいる。日本にはほとんどいない。この点、私は非常に貴重な経験をさせてもらったと思っている。このため、私自身ポリシーウオッチャーになりたいと考えているし、そういう人を数百人規模で育てていきたいと思っている。

――新しい機関をつくって行うとのことだが、具体的には…。

竹中 どうしたら日本で、ポリシーウオッチャーを育てられるかを詰めていった。米国のやり方からすると、大きく分けて2つのビジネスモデルがある。一つは、スミックメドレーレポートやリンゼイレポートなど、ワシントンで発行しているレポートがある。これは、サブスクライバーを決めて、例えば、年間100万円いただき、それで200人の顧客に情報を出す。そうすると年間2億円入ってくる。そうするとビジネスとして成立する。ところが、このビジネスモデルが日本では成り立たない。元官邸担当の新聞記者が、レポートを出し、月10万円の小遣いをもらっている元記者が多くおり、その人との区別がつかない。要するに情報の選り分けが民間部門でできないので、このビジネスモデルは成り立たない。

――情報に対してお金を払うことをこの国は本当にやらない…。

竹中 もう一つは、ブルキンス研究所のように寄付してもらう。前者はお金を取って、特定の人たちに情報を提供する。後者は寄付で、不特定多数に情報を提供するというポリシーウオッチャーのシステム。しかし、これはこれで、日本では寄付税制がゆがんでいるから成り立たない。どちらも非常に厳しい。

――NPOなどの形はどうか…。

竹中 結局そうなってしまう。そうすると財政基盤がかなり弱い。結局どれも典型的なビジネスモデルは日本では成り立たない。このため、私は、NPO型として「チームポリシーウオッチ」というチームをつくって、ホームページ上で発信をしている。トップに加藤寛千葉商科大学教授になっていただいて、私をはじめ、モルガン・スタンレー証券研究主席のロバート・フェルドマン氏、産業再生機構の富山和彦氏など、信用できる人たち5、6人で精力的に活動している。2週間に1回集まって意見交換を2時間程度行うが、毎回毎回かなりエキサイティングなディスカッションにて、最新の情報を交換している。これらの情報をホームページに掲載している。また、大学の研究所を使って、現在さまざまな形で公表されているデータを読みこなして、情報のエッセンスを蓄積するシステムを現在作成中だ。これは、国民に広く使ってもらえればと思っている。さらに、日経センターで「ポリシースクール」という講義を始めて、シンクタンクの若い人、約20人を集めて、塾形式、セミナー形式で議論をしていく。キャッチフレーズも「あなたの上司の調査部長がいかに間違ったことを言っているかをここで議論しよう」と(笑)。

――そういうのはとても大切だ(笑)。

竹中 金融業界では批判すること自体が難しい。例えば、私が申し上げた日銀に対する話は、シンクタンクのエコノミストで分かる人には分かっていることだが、ほとんどが金融会社の子会社なので、日銀に配慮して、何か言おうとすると必ずストップがかかっている。

――日銀を批判する勢力が必要だ…。

竹中 当局は怖い。学者などのごく一部しか、本音は言えない。不良債権問題の際も、シンクタンクのエコノミストは日銀が怖くて言えなかった。

――役人も大手企業も情報の収集やその利用がうまくできていない…。

竹中 結局、すべてはコーポレートガバナンスだ。日本の経済が弱くなったのは、コーポレートガバナンスの失敗だ。これは、90年代の政府の政策が100%悪いように言われるが、そうではない。政府の政策に関わらず、伸びた会社は伸びている。例えば不良債権処理は、銀行の経営の失敗だ。返ってこないような貸付金を行ったのは経営の失敗であり、政府の失敗ではない。不良債権は、大方片付いたが、その失敗をしたような経営の体質が良くなったかは、まだ分からない。

――無くなってはいないだろう…。

竹中 現実に言うと、銀行の収益が上がっているのは、不良債権処理コストが無くなったことが大きいわけで、ではROA、ROEが向上したかと言えば、していないし、日本発の画期的な金融の新商品が出てきたかといえば、全く出てきていない。それが、正しい現状判断だと思う。つまり、政府の構造改革も金融機関の体質改善もまだ始まったばかりだ。