分配なくして成長なし

分配なくして成長なし

愛媛大学教授 大田 英明 氏



――格差問題が世間で騒がれている。実際成長も緩やかだし、賃金はなお下落している。このため、分配が少ないという意見が強まっている…。

大田 資産格差、給与格差、地方との格差、様々な格差問題が起こっていて、それに対し倫理上の問題、社会正義上の問題での意見は数多い。ところが、格差問題が実は経済的にも日本にとって合理的なのか、という点について誰も指摘していない。私は、この10〜15年のバブル崩壊後の日本の長期の低迷は、実は個人消費があまり伸びていないことが底辺にあると結論付けている。03年以降の日本の回復は中国の影響、外需の伸びによるものが大きい。その中国の成長は、実は米国の景気が良く、輸出が急増したことによるものだ。これらの中国・米国の外需要因が、ようやく最近企業に波及した。ところが、企業の利益が増えているにもかかわらず、分配が広がっていない。したがって、多くのサラリーマンの可処分所得が全然増えておらず、むしろ下がっている人が多い。この5年間で本当に給料が上がっている人はごく一部の人だ。これが成長率の足かせになっている。私のまとめたレポートでは経済成長を遂げるためにも、分配が必要だというのが主旨となっている。

――分配なければ成長なしと…。

大田 1964年から現在までの家計の消費伸び率を調べてみると、バブル崩壊後の1991年以降、家計の消費が減少し続けている。また、1980年から現在までの実質GDP成長率の推移を比較しても、個人消費が民間企業の設備投資や海外への輸出よりも大きなウエートを占めている。さらに30年前からさかのぼって、調査すると個人消費が伸びると、GDP・成長率が伸びるという相関関係になっており、経済成長率と個人消費の伸び率には大きな関連があることが分かる。つまり、消費が成長に非常に大きな影響を与えている。

――他国と比較して、日本の課税の面は…。

大田 夫婦2人、子供2人の代表的な標準的な家庭で見ると、日本の課税の最低限は325万円で、他の先進国と比較すると、ドイツが508万円、フランスが410万円、米国が378万円と、日本は低所得まで課税される国だということが分かる。

――他の先進国と比較して、貧乏人まで課税がされるということか…。

大田 その通りだ。よく欧州は消費税も高いと言われているが、イギリスは食料品・医療費などは無税となっており、日本のように、すべてに5%を課税するようなことはしていない。消費税をもし上げる場合は、そういうことも考えなければならない。

――日本では、貯蓄率も下がってきている…。

大田 日本は1970年代までの家計部門の貯蓄率は20%を超えており、世界に冠たる貯蓄率だったが、現在は2〜3%台と、米国とほぼ同じ水準になっている。企業の貯蓄率はある程度増えているが、家計の貯蓄率は大幅に低下している。したがって、ますます貧困層が増える。所得分配の不平等さを測るジニ係数の日本の推移を調査すると、第二次大戦直前に不平等の度合いがピークを向かえたが、終戦後一気に低下し、1970年代までは所得分配は比較的平等であった。しかし、80年代から次第に悪化し、現在は第二次大戦の数値まで近づいている。

――それだけ格差が広がっているということか…。

大田 2005年のOECDの集計によれば、所得格差を表すジニ係数は、イタリア、スペイン、米国、英国、日本の各国がかなり悪く不平等であり、デンマークやスウェーデンの北欧やドイツ、イタリアなどが、所得分配が比較的平等に行われている。それらの国は金持ちほど税金がガッポリ(⇒多く)取られて、それが社会に還元される。

――日本の所得格差が広がった原因は…。

大田 法人税と所得税の最高税率がかなり下がってきているためで、それに伴って、財政収支も赤字が大幅に増えている。所得税と住民税を合わせた最高税率が1973年までは、所得の93%(所得税75%、住民税18%)も取られていた。しかし、84年に最高所得税率を75%から70%に下げたのを皮切りに80年代に次々に累進性を緩和して、住民税をフラット化した。

――レーガン政治と同じ施策をとったと言える…。

大田 米国もレーガン大統領が就任する前までは累進性は相当残っていたが、レーガン大統領が所得税のフラット化をはじめ、日本もそれに続いた。99年には所得税、住民税をあわせて50%にまで下げた。さらに、今年からは最高所得税率37%を40%に、かわりに住民税の最高税率13%を一律10%に定めた一方で、所得税の恒久減税を廃止したために、ほとんどの人の税金が高くなった。この影響も今回の選挙に大きく反映したと思われる。これはあまり言われていないが、住民税が国と地方との格差をますます拡大する税制になっている。

――具体的には、どういうことか…。

大田 昔の住民税は、法人も住民もお金持ちは18%、給与が少ない人には5%など、いくつかの段階ごとに分かれていた。それが、現在では貧乏人でもお金持ちでも10%なので、地方税は富裕層からの税収が大幅に減少するため、よほどの課税をしない限り、地方公共団体はこのままでは税収が少なくなる。なおかつ、三位一体改革は地方にお金を不用意に支出しない改革なので、赤字がますます拡大している。それを是正しようと「ふるさと納税」とか言い出しているが、過疎化が進んだ自治体ほど、出身者が少ないため、「ふるさと納税」も実効性が上がらない。それを福祉にまわすと言っているが、結果として過疎化が進んだ自治体とそうでない自治体との格差がさらに拡大する可能性もある。

――ということは、所得税率を上げればよい…。

大田 私は昔のような90%までいかなくても、もう少し上げてもいいのでは、とは思う。今の所得税制が所得分配の悪化の大きな原因になっているため、このままでは経済成長もままならない。

――他にも格差の問題を取り上げている…。

大田 正社員が少なくなっていることも深刻な事態だ。今、3分の1が派遣やパートなどの非正社員となっている。今後もさらに増えていく。大手証券(⇒大手企業)なども、一般職は正社員を全然取らずに、原則的に派遣、パートで対応している。この味をしめてしまうと、企業はもう正社員をたくさん取らなくなる。

――レーガノミクスでは成功しないと…。

大田 レーガノミクスは実際、失敗している。ただ、その後、米経済が回復したのは、金融政策と財政政策を再び緩和させた上、ドル高是正を実施し、そのプラザ合意に至る経緯から、いわば日本を使って自国の景気を回復させた。

――高額所得者がお金を使えば、いいのではないか…。

大田 結局は一般の消費がどれだけ伸びるかということだ。高額所得者は、いくらお金があっても、使えるお金は知れている。宝石買っても、それほどGDPには貢献しない。消費者は圧倒的に中低所得者以下の人が多いため、彼らの所得が増えなければ、成長には寄与しない。厚生労働省が「所得金額階級別世帯数の相対度数分布」を公表しているが、年収2000万円以上の世帯は全体の1.2%とわずかで、大半が1000万円未満の人だ。この層が消費するお金、可処分所得が少ない層に対する優遇措置をしないと、国全体の消費は伸びない。

――今の政策は、中央の金持ち目線だと…。

大田 それは否定できない。消費の伸びに火が点かないのは、そこだと言える。

――分配が偏っている。本来お金をたくさん使ってくれるところにお金がいっていない…。

大田 8〜9割、普通の人がお金を使うので、そういう人が使わないと消費は伸びない。 ついでに言うと、経団連が、法人税の実効税率が日本はアジアに比べて高いから安くしろ、と言っているが、欠損企業、赤字だから、税金を払っていない企業が約70%ある。払っているのはせいぜい3割。しかも、ごまかして払っている。それが税制の大きな問題だ。

――他国はどうなっているのか…。

大田 スウェーデンは生まれたときから、背番号がついていて、これは納税者番号と同じなので、どんな手続きをするときも番号を言う。だから、税金逃れができない。日本で導入していないのは、お金持ちが困るからだ。資産課税は全部押さえられる。収入も監視される。だから、日本の国会では通らない。

――これでは、ますます格差が広がる…。

大田 法人税も06年は若干上がったが、定性的に80年代後半から下がり、所得税も下がってきている。その代わり、消費税や酒税、ガソリン税などの間接税の比率が最大になってきている。昔は間接税がそれほど高くなかった。それだけ逆進性が強くなっている。

――間接税でないと、税が取れなくなってきている…。

大田 しかし、日本は先進国の中でも徴税回避が目立っている。お金持ちや中小企業も含めて、個人の消費も経費で落としているところも結構ある。税金取れるべきところから取っていなくて、サラリーマンなどの源泉徴収によって取られるシステムになっている。

――源泉税が発達しすぎていることが要因と言える…。

大田 さらに消費税が付加価値税として、インヴォイス方式になっていない。現在、帳簿方式を取っているので、自営業者などは帳簿をごまかすことができる。例えば、仕入れ価格と実際に払った価格と違うなど、いくらでも税金を操作して、払っていないケースがかなりある。

――しかも、累進課税が安すぎる…。

大田 取れるところから、取っていない。本当の税率だけでも取っていない。しかし、消費税は金持ちも貧乏人も同じ比率で確実に徴収できる。これを逆進税と呼ぶが、これだとむしろ格差が拡大する。日本の場合は、今は消費税を納める年商の金額を1000万円以上としているが、ちょっと前まで、年商3000万円までとなっており、一部の業者は顧客から得た消費税分を懐に入れていた。それも帳簿方式だから、余計に分からなくなる。

――消費税は格差がつきやすいと…。

大田 OECDが今年発表した加盟国の貧困率(標準所得の50%以下・60%以下の所得層がそれぞれどのくらい存在するのかを表す割合、2000年)によると、日本は、米国に次いで2番目に高い数値だった。つまり、貧困の度合いが高いことが示された。標準所得の60%以下の所得層が2割いるのが日本の現状だ。ワーキングプアもここに含まれている。

――ここまで貧富の差ができてきた…。

大田 欧州もいま一つ成長率が上がっていない。これは消費税が高いことも関係していると推測している。本来、消費税の率はあまり高くする必要ない。スウェーデンの場合は、消費税率は高いが、その分、分配が非常に多いため格差がついていない。

――スウェーデンは、支払った分だけ、国民にサービスが帰ってくる…。

大田 日本と決定的に違うのは、政府に対する信頼がスウェーデンにはあり、日本には無い。例えば、日本では給食費が問題として上がっているが、スウェーデンは、朝から温かいスープが飲める。スウェーデンは小学校から大学院までほぼ無料だ。それも教育の一環と考えているためだ。実は私もスウェーデンの大学院に1年間いたが、生活費を除き経費などは年間数万円程度で済んだ。

――話を元に戻すが、日本の国民の税の負担率はどうなっているのか…。

大田 直接税と保険料の実質的な税負担は、実は低所得者の負担が高い。特に年収100〜200万円の人たちだ。逆に年収1500万円以上の金持ちは負担が少なくなっていて、年収700〜800万円の人たちと同じ負担率になっている。

――年収が100〜200万円の人たちは悲惨だ…。

大田 これらの人たちがサラリーローンにつながり、その結果、決して返せない層として出てくる。個人のローンは、この低金利の中で年率29.8%をつけられる、非常にぼろい商売をしている。それをやっと19%に落としたが、それでも相当の利ざやが出ている。

――どうしたら改善するのか…。

大田 私は階層別・標準世代ベースで直接税・保険料に関して、低所得者の負担を軽く、高所得者の負担を重くするシミュレーションを行ったところ、ほとんどのケースで、税収もGDPも伸びた。つまり、格差を少なくすれば、経済成長がより力強くなると考えられる。しかも、税収全体も現行税制下より伸びるので財政収支の改善にもつながる。