通貨政策の転換を

通貨政策の転換を

三國事務所 代表取締役 三國 陽夫 氏



――4年ほど前に巨額なドル買い円売り介入を行い、反対売買をいまだに行っていないため、その介入残高は100兆円を超えている…。

三國 日本の外貨準備の目的は、戦後から20年くらいまでは、経常収支が赤字になった際、外貨準備から取り崩して支払うためだった。ところが70年以降、経常収支の黒字が定着して増える一方となり、民間部門も多額の対外資産を保有するようになった。為替介入の結果として、ドルを支えるために外貨準備を持つことがあったとしても、それまでの本来の目的は無くなった。だから、外貨準備をどうすべきかを今こそ議論する必要がある。

――中国では、運用会社を作る動きになっている…。

三國 中国が米国の債務を持つよりも、米国の実物資産を保有する方向へ動くことは、ある意味正解かもしれない。日本の場合は運用会社を作る前に、経常収支の黒字を続け、常に円を安くして、ドルを高くする仕組みがいいのかを考えなければいけない。

――黒字なのに円安政策を取っていることに問題がある…。

三國 本来の変動相場制の原理原則からすれば、黒字になれば、黒字国の通貨は切り上がる。実情は、米国が世界最大の赤字になりながら、強いドルを享受している。日米両国で市場原理に反することが起こっている。

――日本は米国の垂れ流しを支えている…。

三國 結果としてはそういうことだ。ただ、それによって輸出が増えるが、今度はそれ自体が、大きな問題を起こすことになるというのが私の見方だ。

――デフレや金融不安から脱却するため、巨額な円売り、ドル買いの介入をはじめとする様々な金融政策を実施したが、それを評価する意見もあるが…。

三國 短期的には、円安誘導することは輸出メーカーにとってプラスかもしれないが、日本経済全体にとっては決してプラスではない。日本は黒字を作りドルをもらう。そのドルを本来ならば、為替市場で売却して円に換えて国内に持ちかえり、使えば所得や消費を増やし、これまでよりも経済を高く成長することができたはずだ。輸出メーカーが持っているドルを金融機関が肩代わりすると、輸出メーカーの段階では現金化できる。取引が決済されるので、全く不都合はない。しかし金融機関がそのドルを持つことは、本来国内で貸し出しに使えた資金を海外に持っていくことになり、国全体として国内市場の狭隘化を招き、経済全体が縮む圧力が大きくなった。いわゆる円安デフレがこの現象だったといえる。

――この発端はどこからきているのか…。

三國 1971年のニクソンショックの時に、通貨制度が大きく変わった。それまで、ドルは金の裏づけがあり、米国が赤字を出していくと、海外にドルがたまり、そのドルは金への交換を要求された。金を失うと、国内消費を抑えるために引き締め政策をせざるをえなくなり、米国には痛手だった。このため、ニクソンショックでドルと金のリンクを切り、金の裏づけを無くした。おかげで、米国は歯止めなく赤字を増やせることになった。

――ニクソンショックに他の国々はどのような対応を行ったのか…。

三國 欧州の国々はドルを持ち続けても金に交換されず、結局は損をすると考え、ドルを売って自国通貨に換えた。これがユーロを作るきっかけとなった。ところが、日本はドルが不換紙幣に変わったにもかかわらず、それまでと同じ政策を取っていた。その頃の議論に、米国が赤字を決済する場合には2つのやり方があるとされていた。一つは資産決済と言って、金で決済する、あるいは黒字国の通貨を借りて支払う。つまり黒字国は自国通貨でもらい、為替変動のリスクは赤字国が負う。もう一つは、負債返済。米国にとっての負債はドルなので、ドル紙幣を発行して決済していく。ただ実際は借金証文を出していくだけで、本当の意味の決済ではなく、黒字国にとってはいわば追い貸しだ。日本をはじめとするアジアの国々は、米国が行っていた負債返済を許容してきた。

――日本の場合、輸出過多の構造なので、円高になると景気が悪くなるのは確かだが、そうは言っても、そろそろ見直す時期に来ている…。

三國 まさにその通り。円高になると輸出メーカーが損をする、外国に資産を持つ人が損をするとの議論があるが、それ以上に円高が日本経済全体を拡大する、マイナス面よりもはるかに大きなプラス要素がある、という議論が日本国内でされていない。例えば円が3割ぐらい円高になったとし、輸入額を70兆円と仮定すると、約20兆円輸入コストが下がる。このため、石油の値段が上がっても、円が切り上げればガソリン代は上げなくてすみ、生活がその分豊かになる。この効果で20兆円分の国内の購買力が増えることになる。さらに米国への輸出代金の黒字分を貸し置く必要がなくなるため、その額の20兆円を合わせれば、40兆円のプラスとなる。円高により輸出が減ることから、20兆円分製造業の生産が減るかもしれないが、サービス業等の非製造業の雇用や生産を40兆円増やすことになるので、差し引きすると20兆円のプラスが出る。また、日本は対外資産を多く持っているからその分の損が出るという議論があるが、それはすでに金利差でリスクヘッジができている。つまり、国内の金利で0.5〜1%しか稼げないものが、外国では4〜6%稼げるというように、為替リスクが入った計算の下に行っているはずなので、とりあえず損が出ても、それは期間配分すれば帳尻が合ってくる。

――過去にも同様な事例はあるのか…。

三國 以前、英国の歴史を研究している学者から、「円高が国を興し、逆に黒字が亡国」との私の話に対し、自分の研究の中で共感することがあるとの話があった。16世紀初め、英国のヘンリー8世の時代にはポンド安政策を取っていた。するとインフレが起こって、内政がまとまらなくなった。その後、エリザベス1世の時代には強いポンド政策を取ったことで、インフレを抑え、物価が安定して、国が治まり国力がついた。その一方で、ヘンリー8世の時代はポンド安だったので、羊毛工業が一大輸出ブームとなりさかんだったが、ポンド高になった影響で輸出採算が悪化して、羊毛工業の火は消えてしまった。しかしポンド高に対応するため、それまでの厚い毛織物から薄手で軽く温かい毛織物を開発して、国際競争力を持ち直した。つまり通貨が強いことは研究開発を誘発して、産業全体を強くすることになる。欧州の場合は国際貿易が盛んに行われていたので、強い通貨の恩恵を肌で感じて理解していた。日本はその時代は鎖国状態にあったので、体得できていないといえるが、その差は学問によって十分埋められるはずだ。

――昔から円高政策において、唯一ネックになるのは、労働力のコストと言われてきた…。

三國 2つの大きなポイントがある。一つは、プラザ合意や1995年の円高の局面を経て、海外でアウトソーシングをするなど随分合理化もされたため、円高になっても昔ほど影響を受けないと言う日本の企業も増えてきたようだ。もう一つ大きなポイントは、日本全体の所得が一定だとすると、円が切り上がることによって、国際比較すると労働賃金は上がってくる。しかし所得が増えることは、経済が成長するわけだが、それには日本の経済政策の考え方を根幹から変える必要がある。

――新しい経済政策とは…。

三國 賃金をコストとみる時代から、マーケットとみる時代への転換だ。高い賃金により増加した個人の所得を狙って、企業が販売する。マーケットを拡大するため、高い賃金を払う。より多くの物や良い物を買ってもらうことで、企業としても利益が出やすくなる。例え話に、フォードが、T型フォードを大量生産し、数多く売るためには、自動車工場の工員たちが自分の所得で購入できるようにならない限り、絶対大量生産、大量販売にならないと気づき、工員の賃金を大幅に上げた。フォードがそれだけ自信を持って行ったのは、自動車が世の中に受け入れられる可能性があると見ていたからだ。日本も賃金をコストからマーケットへと切り替える時期に来ている。日本の所得や消費を増やし、そこで新しい製品やサービス、技術そして産業を育てる時期に来ている。コストの競争ではなく、付加価値の競争、言い換えれば新技術や新商品の競争に切り替える必要がある。

――さらに、日本は世界最大の債権大国だ…。

三國 債権大国というのは、資金を配分するという大きな役割を担う。債権大国である日本が世界に冠たるマーケットであっておかしくない。ところがそうなっていないのは、日本の場合はドルを支えるために、輸出で稼いだお金を米国に戻している。米国は日本から戻ってきた、使途が特定されていないお金を世界に配分している。今は日本の株式市場も、国債のマーケットも、不動産市場も海外勢が影響力を持っており、債権大国の日本のマーケットが海外に支配されているという、まったくおかしなことが起きている。そういう意味でも円安政策を切り替える時期に来ているといえる。