民営化にグローバルな戦略的視点

民営化にグローバルな戦略的視点

大和総研 常務執行役員 打越 俊一 氏



――先日、日本の交通事業者の実態と改革の方向性を提示した「日本の交通ネットワーク」をまとめられたが、編著の「経営戦略研究所」とは…。

打越 これまで、大和証券グループとしては事業会社に向けて、組織的に情報を発信することがなく、引受担当者や法人担当者が、個別に経営者と財務面のアドバイスをするだけだった。このため、組織的に経営者に情報発信するファンクションの必要性を感じ、03年に大和総研内に「経営戦略研究所」を設立し、“シンクタンクの中のシンクタンク”を作った。そして、そこでは、民営化の研究、CSR、コーポレートガバナンス、リスクマネージメント、の4本柱を、それぞれに外部の専門家と一緒になって研究する形態を取っている。特に政府系の特殊法人は民営化する場合、そもそも株式会社や投資家、上場とは全く無縁なので、未知の世界に直面することになる。一方で、当局との関係も引続き続けなければならないため、こうしたテーマに対するニーズが高まっている。現在、大和証券SMBCの公共法人部等と連携を取りながら、民営化会社や事業会社を巻き込んだセミナーや双方向のディスカッションを行っており、その一つが「日本の交通ネットワーク」という提言としてまとまった。

――引受業務に付加価値をつけた…。

打越 単純に言うと、証券会社は投資銀行業務では、資金の調達のサポートをするのが最も得意なビジネスだが、今はそれだけではビジネスにならなくなっている。相手の理解や先行きの流れを含めて、適切なアドバイスをすることで信頼関係が生まれてくる時代だ。

――具体的には…。

打越 日本と同様に中国も金が余っている。BRICsで経常収支が赤字の国はインドだけだし、東南アジア諸国も経常収支は黒字だ。赤字国でもファンドや直接投資などは可能で、世界的に金余りの状態となっている。その中では、金融機関が持っている「お金を貸す」「資金調達する」といったことだけでは存在価値が無くなってきている。例えば、中国では、市場はあっても技術がない。だから、日本の技術と中国の市場をどのようにつなげるか、がテーマとなる。その時に誰かが考え、行動しないと変化は起こらない。ここがこれからのビジネスだ。

――日本の交通ネットワークにおいては…。

打越 わが国の経済を活性化するには、物流が元気でないと継続的な活力維持は難しい。この認識に立って、日本の交通ネットワークを見た際、物理的なネットワークは戦後、公共投資を進めてきたことで、かなり充実している。しかし、せっかくのインフラも整備に重点が置かれすぎたために、採算性や収益性がおろそかになってきていた。

――なるほど…。

打越 例えば港湾、空港などにおいて道路や鉄道との接続、連携が考えられていない。一番分かりやすい例がコンテナで、日本のコンテナのサイズは、世界標準よりも一回り小さい。このため、日本を経由しないで、中国に行くといった現象が1990年代後半に目立った。これは、日本の港湾自体の使い勝手が悪いことが要因だ。コンテナを日本に持ってきても、鉄道に積めない、道路に運べないといったハードの状況が世界を見据えた整備の発想に至っていないことを顕著に物語っている。また、公共性を維持しながら、収益性を上げる方策についても提言した。

――公共性と収益性は、ともすれば相反の関係にあるが…。

打越 公益性と収益性を両立するのは、相反するように見えるが、実はある程度同じ方向性がある。今年8月にアメリカで橋が落ちたが、原因はまともにメンテナンスをしていなかったからだ。メンテナンスするには人とお金が必要となる。いかに公益事業とはいえ、財政には限りがあるので、赤字を垂れ流し続けるわけにはいかず、ある程度の収益性を確保しないと最低限の公益性も確保できなくなってしまう。国土交通省の予測では、仮に毎年公共投資を3%ずつ削減すれば、十数年後には最低限の維持更新費すら手当てできなくなるとの予測が出ている。国交省の予測なので、ある程度割り引いて見る必要はあるかもしれないが、現実問題として、高度成長期に作った公共物が次々と老朽化してくるので、維持更新費は今後、絶対に必要となる。なおかつ高齢化も進むので、利便性がよい公共交通の重要性はさらに高まってくる。

――とはいっても、公共料金の高さは問題だ…。

打越 土地と人件費と為替レートの問題が根本的にあり、高い安いは一概には言えない。しかし、制度的な障害が要因の一つとして挙げられる。例えば、公共バスの場合、人件費が公務員の給与テーブルに則っているので、民間よりも相当高い賃金を支払うなど、職業に合った給与体系なのかが全く考慮されないまま、給与テーブルが決められている。また、鉄道などは、整備するインフラへの費用に相当な金額がかかる。欧州では、何らかの補助金などの公的な資金が入っている。日本では本来、公的な資金支援が必要な部分まで国鉄が負担すべきとの意見が強かった。それでも1963年までは、高度成長期の果実を国鉄が享受することができたので整備費用負担の問題が顕在化しなかったが、その後は本来国鉄としてはやりたくない路線整備も行わざるを得なくなり、経営が悪化した経緯がある。

――無駄な駅や路線も…。

打越 政治的判断から必要であれば、公益性や民主主義の面から、整備することもやぶさかではないとは思うが、その場合でも地元や受益者負担があってしかるべきだ。それが今まで国鉄に押し付けられてしまったのも要因の一つであり、同情すべき余地があると思う。今後は、今あるインフラはそのまま有効活用し、効率的に運用する。その上で、今までの負債は公益なのだから、みんなで負担すべきだとの合意を取り付け棚上げし、業務を行ってもらうというようなことも考える必要がある。

――競争原理が働いていないのが原因ではないのか…。

打越 マクロの視点で見れば、実は競争は起こっていて、一番わかりやすい例が、新幹線と国内線航空だ。あるいは港湾はアジアと激しい競争を繰り広げているが、その自覚がない。逆に言えば、そこに勤務する従業員や社長が、ある意味親方日の丸状態で、本当は競争が起きているのに、自分が勤めている間はつぶれないだろう、という意識が働いている。

――何か対策は…。

打越 一つはガバナンス改革。もう少し民間的な経営手法の視点を導入するようなガバナンス体制を敷く必要性がある。事業者によっても温度差はあるが、基本は公的な特殊法人は年度予算でしか動かないし、しかもその予算を使い切る習性がある。その発想をまず転換しなくてはいけない。

――民間に見習わなくてはならない…。

打越 ただ、民間はコストを削減して収益を上げているといっても、収益はどこで出ているかといえば、多くは海外だ。特に円安メリットが大きくなり、外需、つまり海外要因で稼いでいる。国内のサービス業はその点厳しい。トヨタでさえ国内で売れない状況が起こっている。この点、例えばサッチャー政権下での民営化が、日本の民営化と決定的に異なるのは、グローバル戦略だ。フランスやドイツも同様だが、彼らの民営化は、国内の公益事業体という呪縛から一気に解き放して世界に放つという考え方で民営化を進めた。水道公社を民営化したが、かなりの賃下げを行い、コスト合理化を推進し、収益を出し、同時に海外投資を行った。途上国において水道事業、下水道事業を拡大した訳だ。こうした戦略は日本にない。加えて、日本は島国で外から離れていて、非常に居心地が良くて、しかも洗練された民主国家だから、いろんな意味で大胆な行動が取れない。

――なるほど…。

打越 日本は鉄道、道路、飛行場、船、飛行機すべてバラバラだ。それを一気通貫で、突き抜けるような、大きな構想力の戦いに、グローバルマーケットではなっている。欧州はそれが最も得意だ。日本人は残念ながらこうした戦略的視点が欠けている。

――日本は非常に内向きだ…。

打越 日本は外に対して、純血主義的、異質のものを嫌う傾向がある。一方、日本とある意味で似ている韓国やドイツは、中国やロシアにドンドン進出している。そのため、中国やロシアの立場で日本を見ると、日本は本当にリスクを取らない国として映っていて、中国などは結構イライラしている。一方で日本の立場で考えると、コンプライアンスを指摘されながら、市場からは成長を求められる。しかも成果主義では、手間ひまがかかるリスクのある事はしにくい。結果的に誰も下手なことはできないので、多くの場合、リスクをとらなくなってしまう。しっかりとしたガバナンスと適切なリスクマネジメントを行えば、日本の良い所をグローバルにもっと伸ばせるはずだ。公共セクターの民営化を考える時もその様な視点が大事だと思う。