マレーシアをイスラム金融センターに

マレーシアをイスラム金融センターに

マレーシア中央銀行 ラジフ副総裁



――イスラム金融への注目度が急速に高まっている…

ラジフ イスラム銀行は1400年の歴史を持っており、きのうきょうできたものではない。ただ、新たな光を浴び始めたのはこの50年のことだ。まず、一般金融とイスラム金融の違いを理解することが大事だ。一般金融であれば、借り手と貸し手が存在し、両者間で金利が発生する。イスラム金融のコンセプト(イスラム法=シャリア)では、単純な借り手と貸し手だけでなく、経済活動に基づくことが必要で、そこで初めて収益が生まれてこなければいけない。また、ギャンブル、アルコール、ポルノなど非道徳的とされる経済活動への投資は認められていない。ただし、非イスラム教徒に敷居があるわけではなく、マレーシアの投資銀行業務で最大であるCINBを例に取ると、顧客の7割以上は非イスラム教徒であり、イスラム債発行体の半分以上は非イスラムだ。

――マレーシアをイスラム金融センターに発展させようという狙いは…

ラジフ 1983年にマレーシア初のイスラム銀行が設立されて以来、包括的なイスラム金融の制度をマレーシアが着々と備えてきた。イスラム金融には4つのセクターがある。それはイスラム銀行、イスラム資本市場、イスラム保険(タカフル)、イスラム短期市場であり、これらのうち1つでも欠けていれば完全なイスラム金融は提供できない。イスラム金融を開始したといっても、まだイスラム銀行分野を開始したにとどまっている国もある。シンガポール、ロンドンなどイスラム金融センターとしての名乗りを挙げているが、4分野すべてにおける根拠法まで整備し、一般金融とイスラム金融が並存するレベルに達しているのはわが国だけだ。制度が整っただけでなく人材・経験も熟練したものになっており、成長は目覚しい。例えば、イスラム銀行セクターでは、包括的なイスラム金融サービスを提供するイスラム金融専業の銀行がすでに5行、国内銀行でもイスラム金融専業の子会社を設立しているものが9行ある。また、わが国に進出している外銀が14行、彼らもイスラム金融を提供している。

――マレーシアにおいてイスラム金融の枠組みはどの程度浸透を…

ラジフ 資本市場において、発行体・投資家の双方にフルレンジのサービスを提供している。イスラム債の発行・投資、イスラム法遵守企業のIPO、イスラム法対応のREITおよび上場投信など、さまざまなニーズに応える枠組みを作成した。イスラム金融の枠組みは既にマレーシアに深く浸透しており、上場証券のうち時価総額で62.7%、上場証券総数のうち86%がイスラム法遵守の企業となっている。これらイスラム法に対応した商品は、宗教的な制限を越えるための商品としてではなく、むしろ新たな資産クラスとして捉えていただいたほうが良いだろう。

――イスラム金融と一般金融の間で矛盾は発生するか?

ラジフ イスラム金融と一般金融は違う原則に沿って進められるが、事業を進めるために調達もしくは投資する手段であるという目的は同じだ。イスラム金融は経済活動に対してしか資金を投資することができない。つまり、投機・ギャンブルなどへの投資は認められていない。イスラム金融の場合は、投資の見返りとして「利息」ではなく「収益」を得る必要がある。イスラム金融の場合、投資家が銀行に振り込んだ資金を、銀行が事業へ投資、投資家はその事業の収益を得るという形だ。スクークと呼ばれるイスラム金融における債券の形での調達が多い。例を挙げると有料道路建設を行ったプラス(PLUS)という企業は92億リンギットのスクーク債を発行したが、この案件では有料道路からの収益を一般債でいうクーポンの代替として充て、償還時期が来れば投資資金をそのまま返すというスキームを採用した。ほぼ一般金融でいうところの債券と代わるところは無く、構造だけが若干違うということだ。日本の投資家の方にはイスラム法に関して深く悩んでいただく必要は無いだろう、むしろ金融商品としてのパフォーマンスが魅力的かどうかということに注目し、判断していただきたい。

――仕組みよりパフォーマンスが重用だと…

ラジフ 実際、マレーシアにおいて発行者はイスラム金融を用いることによって、調達コストを一般債の活用よりも抑えることが出来る。投資家にとっても、一般債と同程度もしくはそれを上回る利回りがあることが重要だ。おかげさまで、スクーク債に対する需要は供給を大きく上回り、投資家はイスラム教徒だけではなく、一般投資家にも及んでいる。いくつか具体例を挙げると、02年にわが国マレーシアが起債額6億USドルで世界初のグローバルソブリン・イスラム債を発行した際、応札倍率は2倍以上であった。このときの投資家の内訳は、中東が50%、欧州16%、アジアが30%といった具合で、中東以外の投資家にも需要は分散されていることが分かった。この例に習い、多くの国・機関がイスラム債を発行している。

――人気がかなり高い…

ラジフ わが国の政府系投資機関・カザナ(Khazanah)も代表的なイスラム債発行者の一つで、06年、07年の2回にわたり大規模調達を行った。06年の調達額は7.5億米ドルで応札倍率は6倍、07年の調達は8.5億米ドルで応札倍率は13倍に達している。07年発行時の投資家内訳は中東47%、欧州25%、アジア28%だ。このように世界各地からの需要が分散されているのはイスラム金融における流動性が高まっているからであり、特に中東の流動性は高い。しかし、原油マネーだけに目を向けているわけにはいかない。アジアにも目を向けるべきであり、中でも我々はアジアの高い貯蓄率が持つ潜在性に注目している。今後、イスラム金融が新たな金融商品の一分野として認知されてくれば、その成長は高まるとみている。Aという金融商品と、Bという金融商品、もしBが安定性、リターンともにAを上回っているならば、プロのファンドマネージャーがBを選ぶのは非常に合理的であり、その際にBがイスラム金融商品かどうかということは大きな関係はないだろう。一般金融であっても、イスラム金融であっても発行体が同じであれば信用リスクは同じだ。

――国際的な大型調達が増えている…

ラジフ 世銀もその調達にマレーシア市場でイスラム債を利用した案件がある。資金はドル転換されて世界中のプロジェクトに使用された。最も早いものでは、シェルが91年にイスラム債を利用したほか、近年ではスイスが拠点のネッスル社などもそうだ。また、足元では日本企業のイオン・クレジットがイスラム債を発行している。クアラルンプールの国際空港の建設なども22億リンギットの発行によるもので、最近では英小売りのTescoなどもそうだ。Tescoの案件では応札倍率は6倍に達している。

――発行体にとっての魅力は…?

ラジフ 調達コストの低さが発行者へのアピールになっている。一般債券とイスラム債券を比較すると、AAA債券で5〜20bp、AA債券で5〜25bp程度、調達コストが安い。マレーシア政府は同国のイスラム金融センターとしての発展を目指し、さまざまなインセンティブ向上政策を打ち出している。発行体に対しては発行費用に対する税控除や、非居住投資家の利益および配当金の源泉徴収税が非課税となるなどだ。また、イスラム法重視のためイスラム金融は複数の契約から成り立つが、グローバル・イスラム債の契約に伴う印紙税については免除するなどの優遇策が採られている。

――日本とイスラム金融・マレーシア市場の関係はどのようなものが想定されるか…

ラジフ 今後、わが国はイスラム金融をオルタナ投資の1つの資産クラスとして、また日本企業の新たな調達先として、確立させていきたいと考え、今回JBICとも同分野の発展に向けての覚え書きを締結した。マレーシアのイスラム金融から日本企業へは2つのアプローチが考えられるだろう。まず日本の海運・電力など長期資金を必要とする大手企業のグローバル・イスラム債発行への協力だ。円建てのイスラム債発行も可能であるし、それを日本の投資家の方に販売することも可能だろう。発行体が日本の企業であれば信用格付けも高く、投資家の信頼感も増すだろう。また、マレーシア現地法人を持ち、マレーシアからの輸出を行う日本企業には、マレーシア国内のイスラム資本市場を利用してもらうこともできる。このほか、外貨建てのグローバル・イスラム債をマレーシア証券市場に上場させることも可能だ。マレーシアの市場ならびに金融機関はイスラム金融の豊富な経験を持つパイオニアであり、日本の発行体の望む形での取引形態で組成することが可能だ。外貨建てのイスラム債であれば世界中からのニーズがあるほか、マレーシア国内投資家からのニーズも高い。我々は世界中の企業にイスラム債はじめイスラム金融を活用してもらいたいと考えており、マレーシアの経験豊富な金融機関はそれを助けることができるだろう。

――マレーシアのイスラム金融市場は魅力的な市場だ…

ラジフ イスラム債の発行はイスラム金融の第一歩であり、マレーシア市場ではその後の包括的なサービスも既に整っている。借り換えの時期には再度のイスラム債発行も可能であるし、あるいはイスラム法に適合したIPO、REIT、信託など多様な選択肢があるだろう。イスラム金融はこれからまだまだイノベーションの余地のある分野だ。国際金融において、イスラム債の占める位置は増加傾向で、ロンドンやシンガポール、中東でもドバイ、バーレーン、カタールなどさまざまな地域でイスラム金融が進んでいる。これは世界的な流れであり、東京が世界の冠たる市場であろうとするときには看過できない現象だろう。イスラム金融の歴史は今創られている最中であり、日本がこれに率先して参加するか、座してみているかということが問われるだろう。