日本IBM 特別顧問 三谷 隆博 氏

日本IBM 特別顧問 三谷 隆博 氏

米国金融機関の機動的対応を注目



――このたびの混乱を受け、日銀が夏に利下げをするという思惑も市場で浮上している…。 三谷 アメリカのサブプライムに端を発した問題が予想以上に長引き、また広がりを見せているなかで、今後、実体経済にも深刻な影響が及んでくるのではないか、との見方が出てきている。そうした前提で考えれば、世界的に景気が後退局面入りし、各国が利下げモードに切り替わっていく、もちろん日本の景気も落ち込むだろうから日銀も利下げに動かざるを得まい、ということだろう。これまでは、アメリカ経済はしばらく減速していくが、景気後退までには至らず、本年後半には徐々に持ち直してくるというストーリーが一般的だった。ところが、12月の失業率の上昇やクリスマス商戦の伸び悩み、さらには年明け後の金融機関を中心とする株価の急落を見て、にわかに悲観論が台頭して来たわけだ。大統領選挙を控えて、景気に対する厳しい見方が取り上げられやすい環境にあるうえ、これまで楽観的な見方が支配的であった反動もあって、一気に悲観論に傾斜し過ぎているような気がする。日銀の夏ごろの利下げは可能性がゼロとは言わないが、金利水準が極めて低いこともあり、現時点ではまだ頭の体操に過ぎないのではないか。 ――消費マインドは下がってきている…。 三谷 石油や生活用品など身近なものの値段が上がっている。給料は増えていないのに物価が上がっているという印象が強いので、今のような統計の作り方であれば消費マインドは下がらざるを得ないだろう。一方で、消費マインドなどを測る調査そのものが、本当に消費の実態を捉えているかというと、過去の例を見ても必ずしもそうでもない。消費が強いとまではいえないが、だからといって、今出てきているアンケート調査での消費マインドと同様、今後消費が目に見えて落ち込んでいくことにはならないと考えている。 ――物価の上昇が与える影響についてはどのようにみている…。 三谷 コストが上がっているわけだから、供給サイドにしてみればそれなりの値上げは考えざるを得ないだろう。効率化によるコストダウンなどが実現できればいいが、その域を超えている部分が相当出てきている。そういう意味では、ある程度の値上げはやむを得ない。個人消費への影響を考えればいい話ではないが、物価もマイナスだから賃金も上がらないというこれまでとは違って、国内の労働需給が引続きタイト化する方向にあるなかで、賃金もそれにかみ合うようになってくれば、消費への影響も緩和される。賃上げに関しては、本年は経団連も弾力的な姿勢を見せている。企業によって体力に違いはあるが、出せるところは雇用者にも還元していこうということなので、そういったところが4月・5月にかけてのベースアップにどこまで実現されていくかがひとつのポイントだろう。物価上昇とは言っても、かつての超インフレとは違うので、物価に見合うくらいの賃金アップがあれば、消費への悪影響は避けられると思う。 ――その一方で一人当たりの賃金はジリジリ下がっている…。 三谷 高賃金を得ていた団塊の世代が大量に抜けて若い人に代われば、統計上一人当たりの賃金は下がらざるを得ない。雇用者の一人ひとりが実際に受け取る給与が減っているということではない。また、年金をもらいながら働いている人も増えているので、トータルの個人所得をみれば、増えているのではないか。 ――日銀が描く、生産から個人所得への好循環のストーリーは完結するのか…。 三谷 確かに、日銀が想定したものと比べれば、循環の仕方は緩慢だろう。これが加速することが望ましいのは言うまでもないが、より大事なのは、そうした循環が緩慢ではあれ途切れずに続いていくのかどうかということだろう。個人所得への好循環が緩慢な割に生産が堅調に推移しているのは、輸出が順調に伸びているからだ。この点、アメリカ経済の減速によって輸出がどうなるかが大きなポイントとなるが、いわゆるデカップリング現象の下で、それほど大きな影響は受けない可能性が高い。現に対米輸出数量は昨年3月以降前年比マイナスを続けているが、わが国の輸出全体ではかなりのプラスが続いている。アジア向けの輸出が全体の半分近くを占めるなど、かつてアメリカがくしゃみをすれば日本は風をひくと言われていた時代に比べれば、貿易構造も大きく変化している。もっとも、アメリカ経済が本当に大きく崩れたときに、ヨーロッパないしアジアの一部がどこまで持つか、という心配は残るが。 ――アメリカの個人指標は落ちているが、企業の生産がらみの指標はそうでもない…。 三谷 今回の問題の出発点がサブプライムの問題である以上、低所得の住宅ローン債務者は生活に困っているだろうし、消費も落ちているだろう。また、ファンドなど証券化商品に投資していたところも損失発生や信用収縮で苦境にあるところも少なくないだろう。ただこれが、一般の消費者や企業の行動にどう影響してくるのか、やや間接的なところから出発しているだけに良く見えないところがある。住宅投資が落ち込むだけでは、ウエイトからみても、アメリカ経済全体の急速な減速には至らない。クリスマス商戦の伸び悩みも、原油価格上昇の影響の方が大きいようにも見える。今後の展開を注意深く見ていく必要があろう。 ――金融収縮が実体経済や個人消費に与える影響についてはどのようにお考えか…。 三谷 日本のバブルの場合は、土地の価格が大きく下がった。土地というのは多くの人が持っているわけだから、国民全体の資産価値が損なわれた。ところが今回のアメリカの場合はそうではない。証券化商品は大きく値崩れしたが、これは一般の人が幅広くもっているものではない。住宅価格も多少下がってはいるが、日本のように急速に下がっているわけでもない。そうすると、資産効果という点でマイナスの影響はまだ一部のところにとどまっている。 ――信用収縮で企業がお金を借りにくくなって、生産に影響してくるという見方もある…。 三谷 M&Aやファンドに対する融資に対してはものすごく慎重になっていると思うが、これまでも米国の一般企業が金融機関から積極的に資金調達して設備投資をやっていたかといえば、そうでもない。どちらかといえば、アメリカの銀行貸し出しの伸びや信用の増加というのも、M&Aやファンドがらみのところが中心であったため、直ちに実体経済に強い影響が出るとは考えにくい。今回のサブプライム問題は日本のバブル崩壊時に例えられることも多いが、日本の場合は、不良資産の償却に必ずしも積極的ではなく、また公的資金の投入に至るまで抜本的な資本増強をしなかった。この点、今回のアメリカの金融機関の対応は大きく異なる。かつての日本の金融機関の対応が教訓になっているのかも知れないが、アメリカの金融機関は、多額のロスが出れば直ちに相応の資本の増強をしなければ大変なことになると認識している。加えて、アメリカの金融機関に対しては、いわゆるSMFをはじめ資本供給に応じるところも多い。この点が、日本のバブル崩壊時との最大の違いだ。 ――経営者が変わればそれまでの不良資産はすべて処分して、資本を供給するというようなアメリカの機動性は日本もまねるべきだ…。 三谷 日本の教訓だけでなく、会計制度の違いや社会風土の違いがあることは否めないが、やはり今回のアメリカのような機動的対応こそが、問題の早期解決には不可欠だろう。早期に先が見えてくれば、経済も一定の調整期間を経て徐々に回復することが期待できる。アメリカ経済についても、それがメインシナリオだろう。であれば、それほど大きく世界経済が減速することもないし、日本経済に対する影響も限られたものになるとみてよいだろう。