財務省国際局次長 中尾 武彦 氏

財務省国際局次長 中尾 武彦 氏

米経済を過度に悲観せず



――今回のG7の声明文には、従来に比べ多くの要素が盛り込まれていた…。

中尾 今回のG7は、日本が議長国を務めた東京での開催だったうえに昨年夏以来の金融市場の混乱などの緊急の課題があったことから、議長となる額賀大臣ご自身をはじめ、きちんとしたメッセージを出していかなければという強い認識があった。まず、マクロの部分で言うと、ファンダメンタルズは基本的には強いということを言っている。例えば、アメリカの消費や労働指標など実物経済を見ると、減速感はあるものの大きく崩れているわけではない。ヨーロッパは内在的に発展していく力を持っている。日本にしてみても、サブプライム問題による直接的な影響は大きなものではない。また、新興市場国とのデカップリング論は定義にもよるが、新興国の成長予想自体はそれほど修正されていないという意味で、アメリカ経済と一蓮托生ということではなくなっている。もちろん、株価なども含め、グローバル化された世界経済で相互に影響しあうのは当然であり、完全に分離ということではない。声明では、下方リスクが存続していることにも留意し、そのリスクについてもかなり明確に示している。金融市場の混乱や原油価格の問題に対する対応策についても明確なメッセージを出している。

――日本から各国へ向けたメッセージは…。

中尾 額賀大臣からは、日本の金融セクターのこれまでの問題を振り返って、その対応について説明がなされた。まずは、きちんと評価をして不良資産を開示し、関連する損失を処理して、必要があれば資本の手当を行うことが必要という内容だ。日本の場合には最終的に公的資金を投入したことも説明した。この点については各国のやり方があるうえに、アメリカの現状としては、直ちに公的資金を投入するということにはならないだろうが、必要な場合には資本増強を行うべきということを声明文でも明確に出している。

――金融不安に対して、各国共通の認識を持つことができた…。

中尾 そう思う。具体的な政策協調が出ていないというような報道も一部ではされているが、各国の財政政策と金融政策は、それぞれ中期的な観点から独立して行っているので、そもそも今の時代にプラザ合意のようなことは、例外的にはあるかもしれないが、なかなか期待できないだろう。今回のG7で、世界経済が直面する問題に対し、一定の認識を共有できたことは、非常に有意義かつ重要なことであると考えている。

――サブプライム問題では証券化商品に行き過ぎがあった…。

中尾 現状の証券化モデルについては、貸した後すぐに証券化するため、リスクを十分に考慮しない傾向があるという部分を否定できない。今後は、声明文にもあったように、今回の金融混乱の根底にある要因を分析していくなかで、適切なインセンティブ確保による証券化ビジネスモデルの基盤強化を図り、同じことを繰り返さないようG7各国は改善していく方針だ。

――事業会社への融資の引き締め、信用収縮に関しては、日本のバブル後ほどではないという見方もある…。

中尾 日本の場合は、高い不動産価格を前提に銀行が不動産担保融資にまい進した後に、不動産価格が下落し、バランスシートに不良債権を長く抱えることになった。金融仲介の中で銀行の比重が高く、その銀行の資本がき損して貸し渋りへとつながった。これらは不動産価格の更なる低下を招いた。銀行の資本のき損が大きかったために、銀行の事業のリストラや金利引き下げからもたらされる利鞘により銀行の収益の回復を図りながら、長い時間をかけて、業務純益を使って損失を処理しなければならなかった。最終的には、特別検査、公的資金の投入などにより不良債権処理の迅速化を図ることになった。一方、アメリカの証券化モデルについては、リスクを広く配分して、直接投資家が持っているから、金融機関(投資銀行を含む)の資本のき損はなく、信用収縮もないだろうと思われていたが、その予想から外れたことがふたつあると考えられる。ひとつは、短期のABCPを発行して長期のCDOで運用するSIVのようなものができて、資本を持たない一種の金融仲介が行われるようになっていたこと。それが機能しなくなったために、信用市場を使った金融の回転がうまくいかなくなり、ある種の金融収縮が起こった。もうひとつは、金融機関がSIVなどに対し信用補完をしていたため、SIVなどに問題が生じたときに、結局、金融機関のバランスシートに戻ってきた。そして、金融機関の巨大な損失につながったということ。そうはいっても証券化され分散化されていることから、銀行の資本へのダメージはバブル崩壊後の日本ほどは長く続かないという理解が一般的だ。

――今後のアメリカ経済に対する見通しは…。

中尾 アメリカの金融機関はこれまで収益、資本が非常に厚く、クッションが大きい。世界経済の成長からのサポートもある。また、政府が日本のバブルから学んだこともあり、可能性が低くても非常に大きなダメージを与えるリスクについては、果断に取り組んでいく姿勢がある。日本のバブル後の低迷が深刻だったことには、人口構造の変化、キャッチアップ過程の終息、新興市場国との競争拡大などの構造的な要因も影響していたように思える。今の時点でアメリカ経済の見通しを言うことは難しく、そのような立場でもないが、あえて個人的な感想を言えば、もともとのバブルの程度、金融セクターの機能、実体経済の裏付け、政策的な対応といった点を総合的に勘案すると、近年の高い成長からの調整はあるとしても、バブル後の日本とそのまま結び付けて過度に悲観的になる必要はないように思える。

――2月25日にアメリカ経済に関する自著を出版された…。

中尾 中公新書から『アメリカの経済政策』を上梓した。昨年7月の帰国まで2年間アメリカにいる間に私自身が感じてきたこと、つまりアメリカがグローバル化の進展のなかでその柔軟性やダイナミズムに基礎を置く一定の強さを持っていること、例えば、金融セクターの高等教育、ITを使ったビジネスモデルといった部分に他の追随を許さない強さを持ち、グローバル経済におけるそれらの財・サービスの希少性の高まりから大きな利益を生み出していることについて書いている。一方で、国際収支の不均衡、経済・金融が緩和的で順調だったことが内在していたリスク、所得格差の拡大などの問題点にも触れている。

――著書では最近の金融セクターの変革と規制の機能についても多くの紙数を割いている…。

中尾 1980年以降のアメリカの金融セクターの変化は非常に激しい。1980年代初頭にはまだ金利の規制があったし、州際業務も規制されていた。何よりも銀行業務と証券業務の分離規制があった。しかし、国債の金利が上昇するようになると、預金金利がそれについて行けなくなって、証券化商品の方に需要が伸びていき、商業銀行も証券(投資銀行)業務に進出を求めるようになった。もともと銀証一体型のヨーロッパで経済統合が進んだこともあり、米欧の金融機関を巻き込む形で地域的な統合や業務間での統合が行われ、非常に大きなコングロマリットが生まれた。その背景には、リスクをとるオペレーションの拡大や巨額のIT関連の投資のために、より大きな資本が必要になったということがある。金融業務は装置産業化しているとも言われている。日本が不良債権で苦しんでいた15年の間に、世界の金融セクターは巨大化し、コングロマリット化し、グローバルな展開を果たした。その結果、大きな収益力を身につけたが、今回の金融市場の混乱は、ある部分でいくつかの課題も投げかけたことになる。いずれにせよ、日本の金融機関が不良債権問題を克服した今、どのような形で国際展開を図り、収益力の高いモデルを築き上げていくのか、日本経済全体にとって大きな機会であるとともにチャレンジとなっている。

――その間に多くのファンドも生まれた…。

中尾 ファンドは預金を受け入れていないので預金受入機関の規制を受けていない。投資家保護の観点でも、プロの投資家と金持ちだけを対象にしていることもあって緩やかな規制にとどまっている。グローバルな展開とともに自由な投資を行い、金融市場に大きな影響を与えている。個人的な考え方だが、ベニスの商人による東方貿易や大阪の鴻池による新田開発の時代には、自己資金を使ってリスクの高い投資をしていた。その後預金や決済機能の公的性格や投資家保護の必要性などから銀行、証券などの規制業種ができてきたのだが、もともとの金融機能というのはリスクを伴った自己資金の投資の要素も強かったわけで、その意味では投資の自由を求めてファンドが生まれるのは自然な流れといえる。また、最近では、証券取引法の規制業種である投資銀行自身が自己資金を使って投資をし、それをまた証券化して配分するというようなモデルも一般的になった。いずれにせよ、各種のファンドは、金融の安定性、投資家保護、市場の健全性などに大きな影響を与えるようになってきており、新たな政策課題を提供している。