証券取引等監視委員会 委員 熊野 祥三 氏

証券取引等監視委員会 委員 熊野 祥三 氏

証券会社はゲートキーパー



――証券取引等監視委員会が出来て今年で16年になる…。

熊野 今年のキーワードは「証券会社は資本市場のゲートキーパー」だ。その様に流れが変わってきた。これまでは検事、公認会計士、マスコミ出身者で構成していた監視委3人も、6期目となる今回、初めて金融証券界からの人間を入れた。もっと早くにそうなってもよかったことだが、設立の経緯などあり、これまで時間がかかった。歴代の委員長である検事はだいたい東京地検特捜部の経験をしっかり積んでいる人だったが、それ以外の委員は資本市場について良く知らない傾向も見られた。証券会社を検査するにしても、これでは検査される側にとっては納得できないといわれても仕方ないケースもあった。

――証券会社や銀行からは指導に対して「なぜこれがいけないのか?」という不満の声がよく聞かれる…。

熊野 その会社の管理体制に根ざしたものでなければ、重箱の隅をつつくような枝葉のことで、指摘は出来ればしたくない。また、技術革新など新しいことに挑戦しようとしている時に、法律に照らすとまだ無理だからというだけで指摘はしたくない。そうすることによって自由な取引、市場の発展が阻害されてしまってはいけないと思っている。その辺りは、実際にマーケットの現場にいた経験があったほうが分かりやすいというのはあるだろう。金融庁がテーマとしているのは「日本の資本市場を質の高いものにして、国際的な資本取引の中心地の一つとしていきたい」ということだ。監視委員会も「日本の資本市場の質をよくして個人から海外、機関投資家までいろいろな投資家が安心して取引できるマーケットにする」という同じ目的のもと、常に監視の目を光らせ、悪いことをする人間を取り締まっている。

――既に1年以上委員をなさっていて、変わってきたことは…。

熊野 私は委員になる前、1年強、委員長補佐官として監視委員会に仕えたこともプラスになり、この1年はかなりマーケットに密着した活動が出来たと思っている。ひとつは、委員全体が若返って、より現場や社会に密着した形での判断ができたということ。もうひとつは、佐渡新委員長の判断力とリーダーシップが極めて大きいということ。さらに、委員の中でパート分けもしている。佐渡委員長は犯罪、課徴金につながる不正行為などについて直接的に指揮を執り、私は証券会社やアセットマネジャーの検査などといったことを受け持っている。福田委員は公認会計士であるためディスクロージャーの問題に取り組むなど、それぞれが担当を持ち、事件が最終的な議案になる前に、3人の委員会として関わっていくというプロセスを作っている。勿論、委員1人の考えで意見を通したり曲げたりすることのないよう、1人が担当したことは残りの委員2人に報告、相談をしながら最終的な案となっていく。これにより、スピーディかつ機動的な取り組みがなされていると思う。

――3人で行う会議はどのくらいの頻度で行うのか…。

熊野 委員会は週2回行っている。議論は慎重に行うため、1回の会議で取り扱う検査案件は2件が限度だ。去年1年間で特別調査課の告発案件は10件。課徴金をかけた案件は31件あった。検査は着手ベースで財務局分もあわせ171件だった。勿論、検査して指摘事項の無いものもある。マーケットの不正行為等は本当にたくさんある。それを全て犯罪捜査という形でやると、当然検察の協力も必要であり、裁判のことも意識してやらなくてはいけないため、証拠固めに大変な時間と労力がかかる。それはそれで極めて大事なことなのだが、それだけをやっていたのではマーケットにおける不正全体を見ることが出来ない。そのため、今の委員長の方針で、より軽微な案件、刑事手続きによらなくても課徴金を課すことによって社会的な制裁が期待できる案件などには課徴金での対応を増やしている。また、財務指標などのディスクロージャーの不備についても出来るだけそのようにしている。

――課徴金の額を増やしたりはしないのか…。

熊野 法律の変更で今後は実質的にはもう少し上がるのだが、基本的に課徴金は罰金ではない。課徴金の多寡にかかわらず、例えばNHKのインサイダー取引事件などは当人たちにとっても大変なことであったし、それを受けてNHK自体の組織改革やマスコミ各社への影響など、効果はあったと思う。組織の名誉に傷がつく、信用が低下するなど、金額の多少ではなく、その影響力はかなりのものだろう。

――インサイダー問題などについての調査能力が高まったという声もある…。

熊野 各証券取引所における調査能力が相当高まってきている。同時に各証券会社等の意識も高まっており、おかしな取引があったときには積極的に連絡をしてくれる。マーケットの関係者が連携して市場を守ろうとしているのだ。しかし、まだまだ自分だけは見つからないと思っている人間が多数いる。情報を持っている人間とのつながりが分からなければどうしようもない。会社関係者、取引先、関係者の友達、そのあたりをどう証明していくのかは大変な作業だ。また、法律的な視点からのインサイダーと、社会的な視点からのインサイダーの違いも難しいものだ。我々は法律的な視点からの取り締まりだけが許され、グレーな部分については課徴金の対象には出来ない。社会通念上はインサイダー取引であるのにどうにも出来ないケースがあるのが残念なところだ。しかし、不正な取引は市場を歪める。そうした意識に立って、発行会社も含め、インサイダー取引が犯罪だということをもっと自覚して欲しい。

――これからの課題は…。

熊野 ここのところ、1年以上に亘ってずっと取り組んできたのはFX(外為証拠金取引)だ。証券会社が昔と比べて法令遵守がしっかりしてきた一方で、FX取引は最近、監視委員会のテリトリーに入ってきたわけだが、顧客の資産保全という基本的なところが出来ていない。さらに財務基盤は脆弱であり、システム的な能力(特に取引システム能力)が低いため、去年の為替相場の急騰急落局面ではロスカットの取引すらできないという現象があった。ここはもう少し投資家が安心できるマーケットにしてもらわなければいけない。数年前は押し売り的なやり方が問題となり、法令改正となった。しかしそれ以前に、FXは取引の安全が必要だ。また、昨年のOHTの事件ではインターネットを使い、他人の名前を借りて株価操作を行うという不正が約30社で行われていた。その結果、踏み倒された金額が130億円だ。つまり、インターネット取引の悪用に対する体制がまだ十分に出来ていない。

――なるほど…。

熊野 そして、これから積極的に取り組んでいかねばならない課題は、グローバルな取引だ。海外のヘッジファンドが日本のマーケットで不審な取引をしたり、日本の投資家が海外に作った口座を用いたり、いろいろなことが行われている。これに関しては金融庁にも協力をしてもらって、世界中のIOSCOの加盟国と情報交換が出来るようになっているのだが、海外にお願いするからにはある程度のものを固めていかなければならない。その調査は国内のものを調べるほど容易なものではないが、それをもっともっとやっていかなければならない。

――海外を使って高笑いしている投資家がいる…。

熊野 不公正取引について言うと、株価操作では何人かを捕まえたものの、まだまだ、たくさんの不公正取引をしている人がいる。そんな中で、今、一番気にしていることは、特に新興の企業が業績不振などの理由から結果的に第三者に乗っ取られ、その会社を使っていい加減な業績見通しを発表したり、ディスクロージャーの不正をしたり、第三者割当などでいい加減なファイナンスを行うような現象が見受けられることだ。その過程で株価操作やインサイダー取引なども行われている。このような形で食い物にされている企業があるように思われる。取引所でもかなり疑問符を付けている会社があると思うが、そういったものに、マネーロンダリングに取り組むと同様に総力を上げて取り組まなければならないだろう。市場が反社会勢力に利用されてはならない。

――最後に…。

熊野 私はずっと証券界にいた人間なので、日本の証券市場をもっともっと大きくし、グローバルに通用するものになって欲しいと願っている。時々マスコミなどで言われるような、マーケットを阻害する形で金融庁が行政を行ったり監視委員会が監視活動をしているというような、そんなつもりは全くない。とにかくマーケットの質の向上によって、世界中からまっとうな、普通の投資家が安心して資金を持ってこられるマーケットにしたい。それが、日本の資本市場で育った人間としての任務だと思っている。(了)