元・英「エコノミスト」誌編集長 ビル・エモット 氏

元・英「エコノミスト」誌編集長 ビル・エモット 氏

消費拡大で日本経済活性化を



――ご自身の本のタイトルはタイミング良く、いつも的確だが、ご自身で決めるのか…。

エモット 3冊の著書のうち、「日はまた沈む」、「日はまた昇る」の2冊は私自身が決めた。「アジア三国志」は出版元の日経の担当編集者が案を出してくれた。良いアイデアだと思った。

――どの本も視点が素晴らしい。やはり、それは東京にずっといたからそういう視点を持つに至ったのか…。

エモット とても重要な点だと思う。私がより日本を理解し、判断を下す上での自信の裏づけになる。今でも年2,3回、多い時は年3回から4回、日本を訪れる。

――現在、世界規模の金融不安が続いているが、日本の金融機関だけは大きな損を出していない。結果、「日はまた昇る」ということにならないか…。

エモット 西欧、米国の経済と比較して、おそらく日本の経済はより安定していると思う。日本の銀行システムは(バブル時に)大変な困難に直面したので、サブプライムローンや、他のリスクの大きいものに対し、大きな投資をしてこなかった。また、日本の銀行と企業はキャッシュフローが厚いので、米国やヨーロッパで投資、M&Aを実施するにあたり、大きな利点を持っている。今は日本にとって、安い資産を手に入れる、またとない機会だ。しかしながら、日本の人々と日本経済の視点に立てば、より日本の経済を安定させる必要性があるにせよ、真の問題は日本の内需にある。低い消費と低い賃金は米国と欧州で何があろうと変わらない。米国よりはましかもしれないが、決して良い状況にあるとは言えない。

――アメリカで起こった、一連のサブプライム問題の過程が明らかになってくるにつれ、アメリカの金融システムそのものが「インチキくさい」のではとの印象を受けるが…。

エモット バブル期の日本の実際の経済力にも「インチキくささ」があった。財テクに走ったからだ。そして、不動産、資産、株式のバブルもそれに加担した。日本の経済も「インチキ」だった。アメリカの場合、2002年以降、この6年間を見れば、経済力は「インチキ」だった。グリーンスパーン前FRB(連邦準備制度理事会)議長が低金利資金と低い金利を導入したからだ。加えて、ディリバティブ、高いレバレッジの金融システムといった金融テクノロジーがあった。でも、アメリカの経済が「インチキ」だった期間はこの期間だけだ。たった6年の間だけだ。日本の場合、経済がインチキ、バブルだった期間は1985年から1990年の5年間だったと思う。
アメリカは2002年から2008年にかけ、低金利の時代だった。住宅市場ブームが始まり、経済を支え金融システムへの、レバレッジの高い仕組みの導入を促進させた。不幸なことに欧州でも同様のことが起きてしまった。

――最近、米国では時価会計を一時的にやめるということが話題に上っているようだが、そうなれば「インチキ」なのではないか?日本に対して、時価会計をきっちりやれと言っておきながら、アメリカ自身がやらないというのはいかがなものか?そういった行動はアメリカの信用を失墜させるのでは…。

エモット 時価会計をやめることはアメリカにとって、大きな過ちとなる。情報と信用の欠如が企業の資産評価を難しくしていることが一番の問題点だ。債券や証券を売るのが難しい中、誰も銀行や金融機関のバランスシート(賃借対照表)を信用しなくなる。もし、時価会計、公正な価値会計を停止するようなことをすれば、信用収縮をさらに悪化させ、よりミステリアスなものにしてしまう。

――日本では嫌々ながらも、時価会計を実施して膿を出した…。

エモット その通りだと思う。人々は日本の会計を信用する。米国にとっての真の問題解決法は新たな資金を銀行業システムに呼び込むための公共支出と、加えて、幾ばくかの外国資本だ。しかし、柱となるのは金融安定化に導入される公的資金だ。しかし、この公的資金の導入は第一段階に過ぎない。第二段階が必要となろうが、それが私には分からない。

――時価会計を実施せずに、米政府が銀行の不良債権を買い取るようなことをすれば、米政府が不良債権を保有することになるので政府の信用が失墜しないか…。

エモット そこは問題にはあまりならないのではないか。懸念すべき問題点は時価会計が実施されても、誰もシステムそのものを信用していない。証券市場は氷結してしまい、資産に的確な価格を付けることができない。価格がつかない資産の価値をどのように割り出せばというのか。市場、銀行間の信用もなくなっている。今回の金融安定化法案の実施に際し、米政府がやるべきことは銀行家、銀行の経営者を罰し、株主が損失を被ることを確認する一方で、債券の保有者は保護し、銀行が引き続きローン(貸し出し)を行えるようにすることだ。銀行経営者を罰し、銀行を助けることが法案の目的となるべきだ。この点、下院で最初に金融安定化法案が否決されたのは、人々が同案をさんざん稼いだ銀行家が納税者の税金によって救済されると見なされたからだ。日本で住専の救済が実施された時と同じ状況だ。日本ではその後、銀行への公的資金投入が難しくなった。

――時価会計、ディスクロージャーは大事だ。市場が銀行の経営状況のどこが悪いのか、いいのか判断を下せる体制を作るべきだと思う。それによって、罰せられるべき人と罰せられない人をきちっと区別できるようになる…。

エモット その通りだ。明確、完全なディスクロージャーは問題の半分に過ぎない。残る問題点は悪い証券に値が付けられないことにある。なぜなら誰も買わないからだ。実際には明確なディスクロージャーが銀行にとって低すぎる資産の評価を下すことになる。しかしながら、明確なディスクロージャーの実施はとても大切なことだ。

――安い値段がつけば逆に買いやすいのでは?そうすれば、流動性がつくという見方もあるが…。

エモット そうなるべきだ。後でそういった展開になるだろう。しかし、今はそういった状況ではないのではないか。

――この金融不安の原因、バブルの崩壊には様々な理由があると思うが,日米のBIS規制の違いにあるのではないか?日本はより金融が引き締められるBIS2(新BIS規制)で、米国はより緩和気味のBIS1(1988年バーゼル合意)下にあり、その間に変動相場制がある…。

エモット 規制が緩やかだったBIS1で、資本の裏づけがないバランスシートが作成されたことで被害がより大きくなった。銀行を救うことを目的に設定されたBIS規制だったが、銀行は抜け道を使い、この規制から逃れた。米国の銀行だけでなく、欧州の銀行も同じようなことをしたことが、バブルのひとつの原因だ。

――2年前に日本が量的緩和をやめ、ゼロ金利にするなど金融引き締めを行った時期とアメリカのバブル崩壊の始まりの時期は一致しているのは…。

エモット 偶然の一致だと思う。両者の間に因果関係を見出すことができない。アメリカのバブルは中東や中国といった国々が米国債に投資した結果だと思う。彼らは流動性に満ちた資金で、米国債を買ったので米国債の長期金利は低く抑えられた。より多くの借入金、資金調達を奨励し、今回のブーム(バブル)と破綻を招いた。中国の責任の方が日本より重いのではないか。

――BIS規制の違いが日本から米国へのお金の流れを加速したのではないか。このため、今の変動相場制の時代においては、2つのBIS規正を作るべきではないと私は考える…。

エモット 興味深い指摘だ。私には分からないが、このような論点は初めて聞いたので、もっと調べてみたい。

――中国の今後のついてお聞かせ願いたい…。

エモット 近々のことを言えば、中国の経済は減速する。我々は商品、原油需要の低下、不動産市場の急落など、様々な経済成長減速の兆候を見ている。不動産市場の状況は建設業の減速も助長している。中国の経済成長率は急激に下がるだろう。以前は12%以上あった経済成長率は現在、10.6%程度だ。6〜7%台にまで落ち込むことも十分あり得る。中国の経済は成長率8〜9%にまで落ち込むという人もいるが、私はもっと急速に落ち込むと見ている。中国は経済成長が減速しても比較的安定を続けると思っている。なぜなら、中国は財政黒字で、景気活性化のための公共事業を実施できるからだ。それに中国の貯蓄率は高く、海外資本に依存している訳でない。米国の信用収縮による影響はないだろう。日本と同様に対米、対欧州の輸出では減速するが、中国は政府予算で内需拡大に資金を注入供給することができるからだ。

――日本人はあまり欲しいものが無い。内需が拡大しにくい…。

エモット 日本人の給与が低すぎることに原因があると思う。お金があればもっと使うだろうが、それをするための収入がない。収入が低いことが問題なのだ。日本の潜在的な消費意欲は高い。でも、収入から貯蓄に回るお金は少ない。給与が上昇しないことによるものだ。

――そうした面もあるが、日本人には中国人のように欲しいものがあまりない。だから、内需拡大政策は日本では取りにくい…。

エモット 分からない。私は日本人ではないのだから。はっきりしているのは15年前、日本人は収入の12〜15%を貯蓄に回していた。残りの約85%を遣っていた。今、日本人は収入の95%を遣っている。もっと遣っているかもしれないが、日本人はよりアメリカ化している。

――昔の日本人は、家を買いたい、白物家電が欲しいとかの強い欲望があるから貯蓄したのだけれど、今はそういった欲望すらない。日本人は満ち足りた、飽和状態にある…。

エモット その指摘に反論しなければならない。日本は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で唯一、過去10年の間に絶対貧困層が増加した国だ。労働人口の約30%を占めるパート、アルバイト、契約社員の収入はとても低い。ゆえにワーキング・プアが増えた。

――あえて言えば、彼らもそんなに困っている訳ではない。一部の人は困っているかもしれないが、親の家から通っている人もいるし深刻な状況ではない。失業者も少ないし、日本はちょっと特殊な条件下にある…。

エモット 一部の人たちはそうだろう。他の国々でも同様のことがある。でも、彼らがそんなに貧しくないのであれば、親と住むことはせず、自分たち自身の家を買うだろう。

――親の家があるから家はいらないという人たちが増えてきている。少子化が背景にあるが…。

エモット 一部の国ではそうだろうが、給与が減少、または据え置かれるため、消費意欲は消沈する。人々が本来なら貯蓄に回すべきお金を遣ってしまうため、貯蓄額が減る。今の現象を説明することにはならないだろう。お金を遣いたいのだが、そのお金が手元にない。

――数字と、日本の若者の実際の感覚、日本人が持つ金持ち、貧乏人の感覚がちょっと違うのではないか。日本人の多くは金持ちになろうと思っていない。今の生活である程度満足している。日本の人たちは他国と比べて満ち足りている。ゆえに日本人は中国と比較して、内需拡大政策を採りにくい。中国人は家電を初め、まだまだ買いたいものがたくさんある…。

エモット 中国の人々は貧しく、今回初めて、テレビや自動車などを買う機会を得た。しかしながら、中国人は収入からもっと高い割合で貯蓄に回している。教育、年金、住宅にお金を回さなくてはいけないと考えるからだ。多額のお金を貯蓄に回している。

――一生懸命働こうという意欲が中国人にはある…。

エモット 確かに中国人にはより一生懸命働くためのより大きな動機がある。

――でも、日本人の若者は働くよりも遊んでいる方が良いと考えている。働いて稼いで何かを買おうという人よりも、お金はいらないという人の方が多い…。

エモット 確かにそうかもしれない。フランスやドイツの若者もそうだ。彼らは休みを取り、友人たちと楽しい時間を過ごしたいと考え、一生懸命に働かない。英国もそうだが。米国の場合はちょっと事情が違うが。

――金融恐慌となった場合、日本、中国、米国の関係は変わるのか?外電によると、メキシコのある億万長者が「中国が主導権を取って現在の金融政策を解決すべき」と言っているとのことだが…。

エモット 万が一、米国が、かつて日本が経験したような長期のスタグフレーション、「失われた10年」のような事態に陥れば、米国の対日、対中関係は変化するだろう。米国の重要性と世界経済に与える影響は減少する。もし、そうなった場合に限っての話だが。中国が金融恐慌の解決で主導権を握るとは考えにくいが、中国の企業、投資家は価格の下がった米企業、資産の状況を利用して、より多くの投資を行うのではないか。しかし、彼らは政治的な配慮から、これら投資には慎重になるだろう。中国による米資産の取得は政治的にセンシティブな問題だ。日本の銀行、企業が米国の銀行、企業を丸ごと買収するのは可能でも中国にはそれができない。日本企業による米企業の買収は政治的な怒りを招かずとも、中国が同じことをやれば反発を食らう。

――日本が米国の金融を積極的に救済、支援できない理由の一つに、日本企業がNY市のロックフェラーセンターを買収した時受けた米国からの強い反発の苦い思い出がある…。

エモット 日本企業が慎重になっているのは、多額の損失を被ったからではないか。一番高い時に買い、一番安くなった時に売ったからだ。しかし、低価格で買える今がチャンスだ。いずれにせよ、日本企業はより慎重になるだろう。

――日本企業が米国の金融機関を買収するとなれば、米国民に怒られるのではないか…。

エモット シティ・バンク、バンカメといったところを買収しない限り大丈夫だろう。

――自民党総裁選期間中、リーマン・ブラザーズの経営破たんなど世界の金融市場を震撼させるような大事件が起きたのにも関わらず、候補者はその事についてあまり言及しなかった。自民党の各候補はこの金融危機の深刻さを理解しているのか、疑いたくなる…。

エモット 政治家たちはもっと金融危機について話したいと考えているかもしれない。しかしながら、彼らといえども現在の金融危機について言及するのにあまり気乗りはしていない。物事があまりにも早く推移し、ドラマチックに展開するからだ。彼らは何を言ってよいか分からないし、何をするにも無力感を感じるのだろう。だから、提案もできない。第二に、古い政治はローカル(内向き)だ。麻生さん、与謝野さんにしても、もっと大事なのは日本国内の地方の問題だ。総裁選を戦う上で、候補者たちはローカルな問題に焦点を向けているようにポーズを取ることが賢明と考えたのだろう。

――最後に聞きたい。この金融危機によって、米国の金融機関におけるBIS規制、格付け、自己資本比率規制などは変わるのか?変わるとすれば、どのように変わると考えるのか…。

エモット 自己資本比率の増額など、すべての金融機関に対して、より厳しいBIS規制が適用されるだろう。より厳格なBIS規制がすべての金融機関を対象に実施されるだろう。ヘッジファンドもBISの監視下に置くべきとする圧力もより強まるだろう。投資銀行の運営に対する規制も以前より厳しくなるだろう。BIS規制のような取り組みは今後も継続されるだろうが、より厳格で、より包括的なものになっていくとみている。