三菱総合研究所 チーフエコノミスト 後藤 康雄 氏

三菱総合研究所 チーフエコノミスト 後藤 康雄 氏

『ものづくり』と両輪の金融センターを



――「東京金融センター戦略」という本を出された…。

後藤 本には三菱総合研究所らしい骨太の提言を出したかった。我々の親会社は金融機関ではないため、ものづくりや製造業のほうに暖かい視線を送ってきたようなメンタリティがある。本書でも、目指すのは金融のための金融センターではなく、「ものづくり」と「金融」の両輪体制だ。もちろん金融センターというからにはロンドンやNYに追いつくため欧米の進んだ技術を取り入れていかなければならないのは当然だが、単純に彼らを模倣するのではなく、日本ならではの部分を生かす金融センターを目指している。一方で、これからは金融を取り入れていかないと立ち行かなくなるという差し迫った部分もある。これまでの日本はものづくりの力をベースに製造業に牽引してもらう形で輸出を伸ばし、ひいては高成長を実現してきたわけだが、恐らくこれから数十年を展望すると、ものづくりに頼っていける度合いは確実に低下していく。それにもかかわらず日本の経済的な豊かさを維持していくためには、やはり、ものづくりに加えて何かの柱が必要になってくる。それが「金融」であることは言うまでもないだろう。

――「日本型」とは具体的に…。

後藤 日本の強みは国内ストックである1,500兆円の家計の金融資産、ものづくりを基盤とした産業の蓄積、社会インフラが充分に形成されているところだ。これは金融ビジネスを営んでいく上で大きな基盤になる。また、アジアに位置しているという地理的なロケーションも重要だ。ロンドン・アメリカ・アジアへとマーケットが引き継がれるためにはどうしてもアジアのどこかに金融拠点が必要になる。さらにここで、日本人の各種オペレーションに対する正確さというものが非常に重要なポイントとなってくる。これらを生かした金融センターを作っていけば日本独自の色を出した信頼性のある金融センターを作っていける。恐らく、日本人が本腰を入れて日本型のきちんとした金融センターの構築に取り掛かれば、相当いいセンターが出来るだろう。

――「ものづくり」と「金融」の両輪とは…。

後藤 金融業界の発展は大前提として、同時に製造業も発展していける道があるのかというところだが、それに関して我々はその道があると考えている。金融業の発展というのはゼロサムではなく国全体としてはプラスサム、つまりWIN-WINの部分がある。日本人が従来イメージする金融はどちらかといえば、本来は製造業が得たはずの付加価値を、金利という形で単なるコストとして資金仲介するだけの、金融機関にもっていかれるような悪い印象だ。しかし、金融業が果たす役割というのは、規制時代のように預金を資金需要先に割り当てる作業だけで事足りるものではない。むしろ、その資金需要を掘り起こしていく、あるいはビジネスの種を盛り立てていくといった「目利き」的な部分が本来の金融業の役割だ。これを金融論の言葉では「情報生産機能」というが、そういった前向きな情報を生産していく機能が重要となる。また、成熟した先進国が果たす役割としては、すでに出来上がっている産業構造や国内のストックを組み替えて新たな付加価値を作っていくということもあるだろう。それは、決して製造業との間でのパイの取り合いではなく、ネットではかった価値を生み出す機能だ。そうすると製造業の部分にも円滑に資金が流れ、金融業から有益な助言を受けられることで盛り上がっていくと考えられる。また、銀行業の現場に海外から高いスキルを持った人材を迎え入れたり、これまで金融業に属していなくても、テクノロジーに目利きのある人を取り込むなど、新たな人材を加えることによってこれまでとは違った風合いの金融業を仕立てていけるという思いもある。もちろんそれによって製造業の発展が約束されたわけではなく狭き道ではあるが、国民の総意の下に頑張っていけばそういった道も描けなくはないと思っている。

――「目利き」とは、確かに日本の金融業では弱い部分だ…。

後藤 もちろん従来型の間接金融は今後も残り続けるだろうが、ウエートとしては減少していき、一方で新しい金融が発展していく。そこで金融機関が資金仲介をしたりビジネス提案をしたりするようなカウンターパートとなる製造業が発達することが、金融業にとってもメリットとなりビジネスチャンスを生み出す。その意味でも両輪というのはコンセプトとしてあり得るだろう。

――戦後から今まで日本は、製造業を貿易の中心に、世界中から稼いだ資金を使えば使うほど効率的に発展していった。一方で稼げば稼ぐほど円高になるという局面もある…。日本の金融業が発達して円高になってしまえば製造業が衰退してしまうのではないか…。

後藤 そういう側面があることは否定しないが、トータルでは製造業にとっても好影響のほうが勝るだろう。例えば、海外での運用で運用利回りが上がるというのは、海外の金融をてこに日本の経済が利益を得るということだ。したがって為替が円高になるという局所的なことだけを見れば輸出製造業の企業収益を下げるということになるかもしれないが、そこで同時並行的に起きている日本経済の活性化という果実を考えれば、そこから製造業自体も恩恵を受ける部分が多々あり、円高のメリットのほうが大きくなる。

――両輪に必要なことは…。

後藤 これを一つやればいいというドライビングフォースがあるわけではなく、色々な政策を総動員するほかない。それこそ政府の細かい施策や国民一人一人の意識改革のレベルまで相当幅広い。重要なのは「日本に国際金融センターを作るのだ」という一つのベクトルの下に各主体が整合的な政策を実行していくということだ。そこで金融の規制緩和的な部分が重要になってくる。もっと端的にいえば、外資系金融機関が活動しやすいような制度を整えることが必要だ。例えば、税制面での優遇政策や、もしそれが個別の法改正で各論的に対処していくのが難しいのであれば、金融特区等を作ることも選択肢としては充分ありうる。英語を使えない国民ではそこに金融センターを作るというのは難しいと考えている日本人が多数いるが、我々が世界の金融関係に大規模なアンケートをとったところ、その部分において国内と海外ではかなり認識のギャップがあることが判明した。海外の人たちから見れば、行政情報やビジネスをやっていく上で必要な情報が英語で提供されていたり、あるいは金融ビジネスが英語でやり取りできればやっていけると思っているのだが、日本人は日々の会話が出来なければならない等といった心配をしている人が多い。金融庁や日本銀行が外資系金融機関とのやり取りをする際に英語が可能だったり、有価証券報告書など制度的な部分については英語で対応するというような形があれば、相当ハードルは下がるだろう。

――規制緩和を唱える時には、同時に監督強化もしなくてはならない…。

後藤 日本人はもともと金融に対してあまりいい印象を持っておらず、そこにライブドアなどといった判断の難しい手法を扱うプレイヤーが出てきた。そのためマイナスの部分がことさらクローズアップされている面がある。しかし、それは金融ビジネスあるいは金融業が潜在的に持っている機能全てを否定するものではない。最近、諸悪の根源のような言われ方をされる証券化商品や金融工学にも同じことが言える。まだ成熟していないからこそ多大な混乱をもたらすものとして扱われるのは仕方のないことだと思うが、資産流動化やリスクの組み換えなどといった新しい金融手法が実現しつつあった機能そのものを全否定するようなことがあってはならないと思う。むしろ欧米の先端のビジネスマンあるいは金融工学者などは、早くもそういったことを反省しながら、さらに新しいスタイルの金融を模索している。今の現象は大きな流れでみれば一時的な要素も少なくない。ここで油断せずに、むしろチャンスと捉えて自分の得意領域に引き付けておくことが、長い目で見て、日本の国益に大きくかなうものだろう。(了)