慶應義塾大学 教授 柏木 茂雄 氏

慶應義塾大学 教授 柏木 茂雄 氏

世界的な存在感の無さに危機感



――最近の日本では、世界観や宇宙観があって国家的な考え方を持つトップの人間がいなくなってしまったように感じる…。

柏木 今の日本人は、世界的に見て存在感がなくなっている。これだけ世界金融がガタガタになっている中で日本はとりあえず安泰を保っており、日本人が世界に対していろいろ良いメッセージを送ることが出来る絶好のチャンスであるにもかかわらず、何の発言もないようにみえる。本当に残念なことだ。米国ではオバマ新大統領が選出され、「変革」という米国なりのメッセージが出てきた。一方、日本はいまだに旧態依然で、国内的な問題に終始し、国内に引きこもっている。これは役人、政治家、民間人、銀行マンなど、あらゆる日本人について言えることだろう。日本人がなぜ外に出ようとしないかというと、国内がぬるま湯で心地よいからだ。しかし、国内でぬくぬくと気持ちよくしている間に、世界はどんどん変わってきている。一歩外に出れば、あるいは国内にいても外国人と話していれば、全く感覚が違うということがわかる。海外の人間と積極的に意見交換をしている日本人は存在するが、全体的に見れば少なく、まだまだ大多数の日本人がぬるま湯に心地よく浸かっている状態だ。100年に一度の金融恐慌と言われ、経済が変化している今、我々日本人はその変化をどのように感じて、それに対してどのように対応していくべきかについて、もっと発言すべきだ。

――金融サミットも開催された…。

柏木 いろいろな改革案が議論されても、新たなブレトンウッズ体制を作り出すまで急には行かないのではないかと思っている。ただ、IMFが変わることは確かだ。IMFはこれまで国際収支困難に陥った国に対して資金支援するための組織であり、金融セクターに対する規制・監督・支援は主としてBIS(国際決済銀行)や FSF(金融安定化フォーラム)の担当分野という考え方であったが、最近ではIMFも金融セクターへの関与を深めるべきだという流れになってきている。また、これまではグローバル化の下で世界的に起こる様々な事象を、それぞれ担当の国際機関がばらばらに対応するという面があったが、今後は誰かが全体的に見るべきだという議論になってきており、グローバル・ガバナンスが問題とされつつある。そういった時代に、日本で例えば財務省国際局と金融庁がそれぞれの立場でばらばらに動いているようであれば、日本は完全に世界の議論から遅れてしまう。これからの金融業をどういったものにするか、証券化商品の規制はどうあるべきかなどの議論が盛んに行われ、色々な人が様々な角度から意見を述べているのに、日本からの声はあまり聞かれない。また、これだけ国境を越えた金融取引が広がる中で、欧州においてはこれまで欧州統合を唱えていながらも、金融セクターに対する監督は各国で行っているという点が再認識され、今後、国境を越えた取引に対してどのような規制をかけていくかといった議論も起こっている。日本もそのような議論を積極的にリードしていく必要があろう。

――これだけ民間が変わっているのに役人の世界だけは変わっていない。もっと民間の出入りを多くして、新しい技術や意見を取り入れていかないと日本は取り残されてしまう…。

柏木 今、米国の財務省で資本注入を担当している人物は、ポールソン財務長官がゴールドマン・サックスから引き抜いてきた若くて極めて優秀な人物ということだ。日本でも、多様な人材をうまく活用する仕組みを作らないと、国力を弱らせてしまうことになる。米国では47歳の大統領が出てきて変革を唱えているのに、日本では、財務省にも若くて優秀な人間がいるにもかかわらず、未だに入省年次が重視され、うまく人材が活用されていない。これは非常に残念で、ダイナミズムに欠けていると思う。一方で、中川昭一大臣は財務・金融の両方を兼ねていて、これは非常に良いことだと言える。各国からG7に出てくる大臣はマクロ経済と金融セクターの両方を見て議論を行うのに、その責任がばらばらに分かれていたら外国との議論についていけるのか心配になるのは当然だろう。ただでさえ、日本の存在価値が薄くなってきている今、麻生総理がイニシアティブを発揮して、世界に対して良い提案・提言を打ち出して欲しいものだ。

――公的注入にしても、米国の行動は非常に早かった…。

柏木 日本の場合は住専問題の時から結局10年近くかかって公的資金の投入が行われた。それに比べて米国では、先日の下院でも、一度否決した案を財務省が瞬時に組み替えて、新たな提案をし、一週間で法案が通った。日本で財務省がそんなことをやったら「最初からその案を出せばよかったのに」とか「なぜ一週間でそんなに変わるんだ」といった意見が出てくる。マスコミの取り上げ方にも問題があると思うが、そこで「アメリカはすごい。日本はそうはならない。」で終わってしまっては寂しい。米国のように早い意思決定を取り入れていかなければ、いずれ中国にも負けてしまう。

――金融はここ20年、そのレバレッジによって世界の実体経済をフォローする以上に活性化させてきたという歴史がある。それが今回の金融危機で揺り戻されてタガをはめられるのか、あるいは何か新しい道でレバレッジを効かせて経済に寄与するのか、今、世界中の人間が考えている…。

柏木 現在のディレバレッジ状態がいったん落ち着けば、その後のレバレッジの効かせ方や、それに対する規制のあり方はどうするのかという議論は当然出てくる。そのプロセスを10年ほど前に経験してきた日本は、そのノウハウを駆使して新たなビジネスモデルを提示するなどして、存在感をもっと出すべきだ。その点、三菱UFJフィナンシャルグループのモルガン・スタンレーへの出資や、野村ホールディングスの旧リーマン・ブラザーズの部門・人材の継承などは、良い動きだったと思う。しかし、そこで人材活用がうまく出来るのかどうかは心配だ。

――日本の海外進出といえば、アフリカでは最近、中国のアグレッシブさに日本が圧されつつある…。

柏木 アフリカに限ったことではないだろう。IMFや世界銀行、国連といった国際機関において幹部クラスで活躍している日本人は、中国人と比べて相対的に少ないのではないか。国連の事務総長も韓国人だ。これは役人だけの問題ではなく日本人全体の内にこもる性質の表れではないだろうか。例えば、日本のプロ野球ではメジャーリーグに移りたいという若い人たちのことをけしからんと言う人たちがいるが、それは、日本のプロ野球界に魅力がないということを認識しなくてはならない。同じことが銀行や役人についても言える。野球でメジャーリーグを目指すようなパワーを持った若い人たちが起爆剤となって、今後、いろんな分野において世界で活躍する日本人が増えることを願う。(了)