国際通貨基金 アジア太平洋地域事務所所長 有吉 章 氏

国際通貨基金 アジア太平洋地域事務所所長 有吉 章 氏

考えにくいドルの信任急落



――米国の金融機関を保護するためにドルを放出していった結果、ドルが暴落し、今のブレトンウッズ体制が必然的に見直されるという見方もある…。

有吉 今日は大きなお話が多そうで、そうなるとIMFとしての見解が定まっていないものも多いので、専ら個人的な意見としてお話したい。実は、私はおっしゃるような見方の理屈がよくわからない。確かに今、中央銀行のバランスシートは拡大している。というのは、今のような状況下では民間銀行はひたすらリスクを回避したいということで資産を中央銀行に預けるという行動に出ている。また、資産を国債に移すという行動もおこっている。これでは、本来お金が行くべき先に流れず、やむを得ず資金仲介を公的部門が行わざるを得ない状況だ。しかし、民間が再びリスクを取り、資金仲介を始めれば公的な仲介も縮小し、やがて元通りになる。民間にバトンタッチするタイミングやスピードについては、場合によっては難しいことも出てくるかもしれないが、基本はそういう流れだ。最後に残る部分というのが、今回のいろんなロスを国が被ることに伴う財政負担になる。それが国債の発行残高の増加になる訳だが、その残高増加が、GDP対比で言えば、米国では必ずしもそんなに高いというわけではない。

――金融政策でドルの価値が暴落してブレトンウッズ体制に影響を及ぼすということはないと…。

有吉 そういうルートはまず考えられないだろう。今、何が起きているか。それは、米国でドルを供給して流動性を追加しても、米国の銀行が外に貸し出さないため途上国や新興国に限らず米以外の先進国でドル不足がおきている。結果、米国外でドルの流動性がタイトになるのみならず、流動性のある新興国の株なども売却してドルに変えて本国に戻していくということも起こっている。その結果総じてドル高になっている。今回の危機で、米国の金融システムがおかしくなるとドルの流動性が不安定になるということがわかり、ドルに依存することに対する不安も出てきた。しかし、ユーロに乗りかえられるかといえば、ユーロもドルと同じような状態だ。円はといえば海外での使い勝手が良いわけではない。また、日本の金融機関もバブル以降の縮小過程において円の海外ビジネスを縮小し、現在、徐々に増えてはいるが、状況はそんなに急に変わることはない。そう考えると、当面ドルを使い続けるしかないということになる。かつて80年代初めに米国のボルカーが引き締めを行い、金利が20%になり、ラテンアメリカがドル不足の危機となったことがある。あの時もドルの海外における流動性は厳しくなってきたが、混乱は乗り越えた。今のところドルの使い勝手が一番良く、この状況が大きく変化する兆しもないということだ。

――日本のバブル崩壊時は経済対策で公共事業を行い、その結果、国債残高が積みあがり、結果GDP対比で凄い事になっている。その点、米国も金融対策の後に、実体経済対策を行った結果として国債残高が積みあがるような展開になると、ドルや、アメリカの財政に対する信任が低下してくることも考えられる…。

有吉 長期的にそれは考えられるだろうが、かといって日本の債務残高がGDP比百数十パーセントとなった結果、大幅な円安になっているか?市場は国債金利に大きなリスクプレミアムを要求しているか?長期国債は売れなくなっているか?といえば、そうではない。

――経常黒字国である日本と、双子の赤字を抱える米国では状況は違うとの見方もある…。

有吉 中短期的なドルの実質実効レートでいえば、2、3年前まではかなり高い状況が続いていたが、今は程々のレベルまで低下してきている。今後も、ドルが低下して対外赤字と債務を抑えるなどといった、自律的な調整がはたらくように為替が動くということは考えられる。しかし、ドルに対する信任が短期間に崩壊して為替が大きく動くシナリオまで考えるのはどうか。もちろん30〜50年といった期間で考えると、世界的な経済の構造の変化や国ごとの経済の変化など色々な要素が重なり、かつての金本位制でのポンドの優位、そして戦後の金・ドル本位制へというように何十年単位で動いていくということであれば、今起きていることは将来の動きに向けた一つのきっかけだというような議論はあるかもしれない。しかし短期的に大きな変動がおきるというロジックにつながっているかといえばそうではなさそうだ。

――レーガノミクス以降、アメリカは小さな政府を目指し、公的コストを減らしている。そのため、GDP対比の国債残高を積み上げる余力は米国には残っている…。

有吉 今は大きめの財政支出を行い世の中が悪化するのを防がなくてはならない。それを小出しにすると悪循環になってしまう。現在、AA〜AAA格の社債の平均スプレッドが600〜700bpだ。こんなときに金融政策で対応できるかといえば、政策金利を0.5〜1.0%下げたら金利が低下し経済活動が活発化するといったことまでは期待できない。金融政策上の対応は必要であるし、金融システムが正常化してスプレッドが正常な水準まで戻ってくることで景気回復に役立つということは多分にある。しかし、現在のような状況では財政出動によって直に需要をつけてあげるしかないだろう。

――ブレトンウッズ体制の見直しという議論にまでは至らないと…。

有吉 戦後のブレトンウッズ体制というのは、最終的には外貨準備によって国際決済をするというものだった。そこでは、民間部門が外貨資産を持つことが限定されていた。日本でも、輸出で稼いだお金は全部日銀に預けなければならない状態だった。しかし、それが60年代後半から資本の自由化が始り、外貨準備に頼るのではなく、民間の通常の金融活動によって企業や国民が国際通貨にアクセスできるようになり、しかもどの通貨で、何をどう払って、それをどう運用するかまで、全てが自由になった。そういった時代の流れの中で国際通貨制度を安定化させる役割というのは、昔のように単純に国際収支の均衡という話ではなくなったわけだ。貿易や国債資本取引を行いたい人にとってドル、ユーロ、円などの国際通貨に円滑にアクセスが出来るためには、金融システム全体がきちんと機能して、安定していることが不可欠だ。ブレトンウッズ体制の見直しといった時に広い意味での国際通貨金融制度の改革ということで考えれば、国際通貨制度を司るIMFの役割として、金融システムの安定という部分をもう少し広げていくことが大事になっている。それが具体的にどういう仕組みと役割分担になるのかはまだ色々と議論していかなければならない。

――時期はIMF不要論もあった…。

有吉 民間金融活動を通じて国際収支の必要な補填や流動性の供給というのが全部出来るため、IMFなんて無くても構わないという議論も一時はあった。しかし実はそうではなくて、一種、最後の貸し手的な機能を持っている機関は必要だということが今回の世界的な危機で改めて認識された。最近では経常収支赤字の対比GDPが10%〜20%となっている国が多くある。これまではそれが民間資金の流入でファイナンスされてきたのだが、資金流入が急減すれば相当難しい状況になる。最後はもちろん経常赤字を減らしてバランスさせなくてはならないのだが、例えばGDP比20%もの調整を一年で行おうとすると非常に大きな混乱が起こる。そこで、その間の調整過程で資金を提供してあげなければならない。NY連銀のスワップなどもあるが、特に新興国や途上国の場合個別の支援には限界があり、やはり国際的なリスクシェアリングが必要だということで、IMFが中心となって国際収支危機の解決の支援に動いている。例えば今回のアイスランドの国家破綻危機に際してはIMFだけでも国のGDPの10%程度の資金を出すことにしているが、北欧など他の先進国も協調して多額の資金協力を約束している。また、ハンガリーやウクライナ、パキスタンの支援にも迅速に対応している。

――今回、日本の外貨準備から10兆円がIMFに拠出される…。

有吉 最近ではトルコぐらいしか大口の借り手がなく貸出残高も減り、それでIMF不要論というのが出てきたくらいなので、現時点では貸出余力がある。出資金や先進国・産油国からの借入れの契約を合わせると、現在、トータルで2500億ドルぐらい融資を行う能力がある。しかし、今回のような状況になり、次々に支援要請があり、一回あたりの貸し出し金額も非常に大きくなっている。たとえば先述のウクライナやハンガリーといった少し大きめの国になると、150億ドルくらい約束している。大口の借り手が次々とくると資金が足りなくなるリスクもある。「IMFはお金が足りないかもしれないから、救済は難しいかもしれない。」という不安心理が出てくると事態がさらに悪化するおそれもある。そのバックアップとして、日本からの借入れによりまだ10兆円ありますという姿勢が示される効果は大きい。

――これまでデリバティブなどでグローバル化してきた金融市場に対して、IMFが通貨の問題を超えてIOSCO(証券監督者国際機構)やバーゼルと一緒に、世界的に監督強化することを求める声も聞かれる…。

有吉 IMFをスーパーFSAのように世界のレギュレーターにしようと考えている人はいないだろう。少なくとも現時点ではそれぞれの国の当局が監督するという仕組みが変わることはあまり考えられない。ただ国際的に、国ごとに違うルールになってしまうと歪みがでてくるため、世界的なルールの統一は求められ、バーゼル委員会やIOSCOはルールの共通化を図っている。また、国際的に活動する銀行の監督当局間の情報交流や協力がうまくいくような体制整備も進んでいる。今のシステムにもし何かが欠けているとすれば、それはルールを作る時に、IOSCOやバーゼル、会計基準関係といった色々な機関がそれぞれで決めているものが、全体のシステムとしてうまく機能するかという問題だろう。現在、FSF(金融安定化フォーラム)が全体に目配りをしているが、スタッフも少なく、十分に出来ているかという問題もある。充実したスタッフを抱えているIMFが協力できることはあると思っている。また、現在FSFに途上国の参加がないことも弱い点でこれは今後改善される予定だ。さらに、ルールが共通化されても、実際のルールの執行のされ方が各国で整合されているかというところにも問題がある。IMFでは2000年ごろからFSAP(金融セクター評価プログラム)を導入し、各国に赴き、実際にその国の監督の仕方や法律などをみて、国際基準に照らした評価やアドバイスを行っている。しかしこれは任意のプログラムであり、国によっては行っていないところもあった。それを今回のG20で、「 少なくともG20は全ての国がこれを受けるようにしよう」 ということになった。どんなに自分たちが良いと思っていても、やはり第3者のチェックを受けて、他の国と比べてどうか、何か問題があるかを知ることは必要だ。まだ強制ではないが、事実上みんながきちんとやらなければならないと認識しあったということだ。

――否が応にもIMFの仕事が徐々に変質していく…。

有吉 戦後、国債通貨制度が変容していくに従ってIMFも変わってきた。債務問題解決のための機関的な色彩が強くなった時もあれば、今回のように、もう少し金融セクターをみるといった色彩が強くなることもある。そんな中で今後のIMFのあり方としては、もっと早期警戒体制を充実し、将来、「こういうところで何かおかしくなる可能性がある」ということを出来るだけ早くキャッチし、それを皆に伝えて、「そこで政策的にはどうしたらいい」とアドバイス出来るような体制を作り上げていければいいと思っている。これはアジア危機以降感じていることなのだが、今回の危機で途上国だけではなく先進国においてもIMFの役割がありうることがはっきりした。IMFでは危機の収拾だけでなく危機の予防にもますます力を注いでいきたいと思っている。(了)