野村ホールディングス 野村證券 取締役執行役社長兼CEO 渡部 賢一氏

野村ホールディングス 野村證券 取締役執行役社長兼CEO 渡部 賢一氏

お客様の範囲を世界に拡大



――証券会社のトップとして舵取りを行ううえでの経営哲学とは…。

渡部 ひとことで言えば、当たり前のことを当たり前のように淡々と行うこと。私は前のポストで国内営業を担当していたこともあり、「お客様主義」ということをいつも公言してきた。野村の創業者の言葉にも「顧客とともに栄える」というのがあるが、お客様が儲からずにこちらだけが栄えるというのは長続きしない。そういった普通のことを普通に思うことがとても大切だ。野村證券は一昨年80周年を迎えたが、創業当時に掲げたお客様とともに栄えるという姿勢を貫き、常に当たり前のことを当たり前にやれるようにしておくことを心がけている。それが実は一番難しいことなのかも知れないが、サブプライムから始まった今回の金融危機の中には、お客様不在の局面があったのだろうと感じている。金融資本市場の参加者がお客様の存在、お客様とともに栄えるといった原点を見失っていたのではないだろうか。

――サブプライムの問題を受け、米国では投資銀行業務に特化したGサックスやモルガン・スタンレーが銀行持ち株会社に移行した…。

渡部 銀行持ち株会社にならないのかといった質問を受けることもあれば、銀行と証券を両方手掛ける総合金融型のほうがいいとの意見もあるが、シティバンクやUBSは金融危機の前から総合型だった。今後、経営危機が表面化するといわれている欧州の金融機関も総合型だ。業態の中身に問題があったというよりも、ひとつの実務資産を仕入れ、証券化して販売する。その過程で、多くの人がそれぞれの思惑を持って参加するなか、行き過ぎがあったのだろう。しかし、問題があったのはその部門だけで、企業を売りたい、企業を買いたい、部門を売却したい、部門を買いたい、債券を発行したい、株式を調達したい、投資信託を買いたい、といったお客様ありきで成り立っている本来の業務が傷んだわけではない。基本業務はやはりお客様ありきのもので、当社は当社独自の方針で歩み続けるということだ。

――独自戦略ということでは、昨年は海外戦略のもとにリーマン買収に踏み切った…。

渡部 昨年10月以降は、『元リーマンの人を野村の人に。元リーマンのお客様を野村のお客様へ』をキャッチフレーズに、順次業務を進めている。10月に作ったトランジッションチームでどのように移行していくかを検討し、12月には役員を含め統合型での体制を確定したので、実質70日間で統合を終えた。あとは、このように環境が悪いなかであっても、お客様とともに栄えて、収益を伸ばしていくことに尽力するだけだ。

――一時的な赤字を覚悟しても海外強化が必要だった…。

渡部 お客様とともに栄えるうえでは、お客様はより多い方がいい。日本だけではなくて、これからはアジア、ヨーロッパ等のお客様とも一緒に栄えていきたいと考えている。特にアジアは野村とのつながりが歴史的にも深く、また今後100年、200年単位で考えるとアジアが世界の中心になるのではないか。こういった意味でも、今回のリーマン買収は良い選択だったと確信している。

――野村とリーマンのカルチャーの融合が難しいのではとの指摘もあるが…。

渡部 外資系と日本企業の差はあるとはいえ、金融業、証券業であることには変わりなく、それ程大きな違いは見られない。日本の市場もグローバル化しているし、ルール自体は同じなので、その意味では違和感も少ない。また、元リーマンの社員全員を雇用しているわけではなく、仮にカルチャーが合わない人がいれば、それは無理矢理当社で働いてもらうというわけではない。

――統合を終え、今年はいよいよ本格稼働となる…。

渡部 株式市場等もおそらくこの3月決算を受けて、やはり日本企業の業績は悪いんだということになって少し波乱があるかも知れない。しかし、世界的な低金利を背景に、機関投資家および個人投資家も含め株式投資はどうしようという動きが出てくる。そのなかで、正常な形での株式発行、また、現状は格付機関の信用度が低下してクレジット・クランチの様相となっているが、もう一度クレジットもバリューとプライシングの正常化を模索していくことになろう。今は世界中のモノのバリューとそのプライシングがおかしなことになっている。バリューが分からない、だからプライシングができない、それで会計をいじろうということにもなるのだが、もう一度正常化に向けて、あらゆるモノの値段を世界経済自身が探していくことになるだろう。そのなかで、日本株は復活していくのではないかと期待している。楽観論かも知れないが、今年の夏場くらいからかなり良くなってくるのではないか。これ以降の世界経済の復活は、日本含めアジアにとってチャンスであるはずだ。実際、欧米企業のいわゆる売り物が増えていて、最近も中国のカナダ買い、つまりアジアの欧米買いを手掛けた。従来の野村の海外拠点人員4,000人に元リーマンの数千人が加わったことで、お客様の範囲を日本からアジア、ヨーロッパ、アメリカへと広げ、さらなるサービスの充実、シェア拡大を目指していく。

――そうなると世界一の証券会社も夢ではないと思われるが、この点、資本の充実が課題となる…。

渡部 狭い意味での資本、Tier1はあまり欲しくはない。というのも、もともと海外の投資家からも野村はレバレッジが低い、どうして欧米みたいに高くしないのだと言われ続けて、結果として10数倍でずっととどまっていた。今は何も言われないが、資本はあまりいらないというのが正直なところだ。その意味では、昨年12月にクッションとして劣後債を増やした。これは、あまりにも株式資本だけだったことを勘案してのことで、着任後、春と合わせて2回発行し、Tier2の充実を図った。その結果、少しはバランスが取れてきたのではないかと思われる。

――今後、証券会社として、最も力を入れていく分野は…。

渡部 もちろん、すべてに力を入れていくのだが、なかでもリテールが一番大事と考えている。お陰様で個人の口座は順調に増えている。“それ、野村に聞いてみよう”のCMではないが、外資系でもなく、銀行系でもない野村に聞いてみようというお客様が数多く来店される。リテールを対象にしたネット系の証券会社も増えてはいるが、野村は銀行で言えば信託銀行にイメージが近い。商品の説明をしっかり聞きたいというお客様が多く、この環境下だからという面もあるが、店頭はかなりにぎわっている。やはり、根っことしての家計が最も大事だ。また、リテールに次いで重要なのは対日本企業への営業だと考えている。

――最後に、今後、制度的な部分で行政に期待することは…。

渡部 制度的な改革については、これまでいろいろ実施されてきた。むしろこれからは、各金融機関がそれぞれの特性を活かして、どういうことが出来るかを考えていくことが業者サイドの問題としてある。垣根がなくなったから、各業態とも総合的に何でもやりますということになるのだろうが、本当にお客様は総合金融機関を求めているのかと疑問に思う。銀行と証券で複数使い分けるというのが、普通のお客様のはずだ。真剣に資産の運用を考えているお客様であればあるほど、運用業者を使い分けているというのが現実だろう。その意味では、投資教育や運用者を育てるといったことが制度的な課題ではないか。

――なるほど…。

渡部 野村自身も投資教育というのを長年やってきているし、政府も貯蓄から投資へということを打ち出している。その教育と年金とを含めて、運用のプロを育てる風土が必要であろう。そこで参考になるのが豪州のように年金で発達してきた市場だ。当然、個人投資もあるが、年金、機関投資家というところは本当のプロの投資家になる。今の東京市場のように広域的に株が下がっているため、そろそろ買ってもいいかという四半期決算の無い個人が出てくるのは分かるが、やはり機関投資家が健全なかたちで、それぞれの運用スタイルのもとに競争が出来れば、多様な投資家が育っていく。日本は、教育は進んでいる部分もあるが、運用のプロを育てる点では立ち後れているかも知れない。健全な個人投資家と健全な機関投資家が市場を発展させていくためには欠かせない。そのための制度的なバックアップを行い、世界に誇る日本の金融資産をより効果的に活かすことが、アジアならびに世界経済の発展に不可欠だ。(了)