東京財団 上席研究員 森信 茂樹 氏

東京財団 上席研究員 森信 茂樹 氏

資産形成支援税制の導入を


――金融所得一体課税が前進しつつある…。

森信 07年に「金融所得一体課税―その位置づけと導入にあたっての課題」と題する報告書(金融税制研究会、のジャパン・タックス・インスティチュートのホームページjapantax.jpから入手可能)を公表し、金融所得一体課税の税制理論における位置づけを明確にし、喫緊の課題としての配当の金融所得課税の一体化を提言した。具体的には、配当を分離課税にしつつ株式譲渡損等との通算を可能にすることなどの内容だ。配当所得の一体化については、08年度の税制改正において、09 年分以後の上場株式等の譲渡損失と配当等との損益通算が認められた。また、10 年を目処に特定口座(源泉徴収口座)において上場株式等の配当等を受け入れることが可能となることから、譲渡損失と配当等との損益通算が口座内で自動的に行われるようになる。残された課題としては、利子所得の一体化がある。そのほかに公社債、公社債投信を含めたすべての金融所得一体課税の実現に向けて、今後とも議論や提言を続けていきたい。銀行預金、公社債投資信託の一体課税は、システムの準備期間を3年と考えると、この年末に意思決定して、12年から実施すべきだ。特定口座で取引する金融商品については、配当、キャピタルゲイン・ロス、利子所得を損益通算して源泉徴収も可能になり、投資家はわざわざ税務署にいって申告しなくてもよくなる。世界のスタンダードとなる税制だ。

――次なる提言は…。

森信 08年末に発表した報告書「金融所得一体課税―個人金融資産1500兆円の活用に向けて」では「金融所得」の租税法体系における位置づけ等について検討を加えつつ、我々の老後の資産形成を支援するための税制の導入も併せて提言した。政府・与党で、経済対策という観点から同様の議論が開始されており、議論には、学界、法曹界、シンクタンク、証券・銀行両業界の方々、システムの専門家も参加している。提言の目玉は、国民が広く資産形成のために利用している金融商品から生じる所得を幅広く一体課税化するということ、課税標準としての「金融所得」という概念の導入である。あわせて、各種の金融商品から生じる収益から損失や必要経費を控除することが必要となり、そのためのルールを明確化する必要がある。理想的には、現行の我が国所得税法に規定された10分類の所得を総合的・統一的に見直して、「金融所得」という分類を作り直す必要があるが、それには極めて多くの手間と時間がかかるので、現行の10分類は残したうえで、申告分離課税の対象となる「金融所得」の範囲を法定し、該当する経費・損失の控除や損益通算を可能とすることが現実的であろう。現行の所得税10分類はそのままにしたうえで、金融所得という中間概念を、租税特別措置法上に設ける。具体的な手順としては、租税法律主義の考え方に基づき、金融所得課税の対象となる金融商品を、法律で一つ一つ規定していく。その際、金融商品取引法など金融商品を定義している既存の法律との整合性を図りつつ、これらの規定の概念を借用して、具体的に範囲を列挙していくことが望ましい。このような対応により、新たな金融商品に対する税制上の取扱いも明確になるので、納税者や市場関係者にとって、法的安定性や予測可能性が増加するという意義がある。

――複雑なシステムが必要になりそうだが…。

森信 課税の適正化と納税者の利便性の向上を図るための納税環境を整備する必要がある。具体的には、金融所得一体課税のもとでは、既に個人投資家のインフラとして定着しており、納税者と税務当局双方における簡素性と正確性に優れた源泉徴収口座を広く活用すべきで、一体課税の対象商品は全て源泉徴収口座に受け入れ可能とすることが望ましい。その際、支払調書は、適正な税務執行の観点から、全ての金融所得に対して提出するよう制度を拡充していくことが必要であり、現在、源泉分離課税となっていることから支払調書の提出を要しない預貯金利子についても、一体課税後は申告分離課税にして、支払調書を提出するように変えることが望ましい。その際、支払通知書を交付する義務が金融機関に課されるが、預貯金利子は口座数が非常に多く、休眠口座など実質的に利用されていない口座もあり、当面の間、支払通知書の交付を義務付ける範囲について一定の例外を認めることが必要であろう。また、税務行政の効率化や適正課税の観点から、納税者番号制度の導入には基本的に賛成だが、源泉徴収制度や源泉徴収口座の活用および資料情報制度の拡充により納税者番号制度がない状態でも対応は十分可能ではないか。つまり、納税者番号制度の導入と金融所得課税の一体化とは切り離して考えるべきであるというのが我々の考え方だ。

――老後の資産形成を支援するための税制の導入に関しては・…。

森信 国民の自助努力を税制面から支援する「資産形成支援税制」(仮称)を優遇税率の廃止される12 年に導入することも提言している。公的年金制度を始めとする社会保障制度が持続できるかどうかが国民的議論になるなか、自助努力に基づく資産形成に対する関心が社会的に高まっており、金融所得一体課税の実現に伴い、簡素でわかりやすく中立で、且つ資本に対して効率的な税制に改められ、国民がリスクテイクしやすい制度環境がより整備されることが大切だ。具体的には、毎年100 万円程度の拠出額を課税後の資金で積み立てることを認め、一定の年齢に達した時点で無税で引き出しを認めること(拠出時課税、引き出し時非課税、日本版Roth IRA)で、国民の自助努力による資産形成を支援する優遇税制だ。このような制度は、非課税枠内での投資の中立性を高めると同時に、納税者にとって確定申告の必要がなく、分かりやすいため、利便性も高いと考えられる。その際あわせて、確定拠出型年金(401K)や国民年金基金、各種の年金、資産形成的な保険等、制度趣旨が類似するものを総合的に見直し、整理し、抜本的な制度作りを行うことが必要だ。我が国では、これから本格的な少子高齢化を迎えるので、高齢者の増加に対して財政面でどう対応していくかが政策上の課題となる。また、公的年金制度をはじめとする、国民の老後の生活を支える仕組みに対して不安が広がっており、社会的な問題として顕在化していることから、老後に向けた備えとして、投資や保険など中長期的に自助努力で資産形成をしていくことへの関心が国民の間で高まりつつある。こうした状況のなか、国家として、国民に中長期的な観点で自助努力による資産形成を税制で促していくことには、社会的に大きな意義がある。

――401Kは判りにくい…。

森信 現在、日本の年金制度については、基礎年金部分について、全額税方式の導入に向けた議論が高まりを見せているが、年金制度の見直しに当たっては、基礎年金部分だけの手直しだけでは、国民の老後の不安を払拭するためには不十分であり、いわゆる2 階建て、3階建ての部分の見直しと合わせて議論がなされるべきである。簡素で分かりやすい税制という観点からは、3階建ての制度の整合性の検討や整理を含めて抜本的な制度作りが必要だ。我が国では、自助努力によって資産形成を促すための年金制度として、確定拠出型年金(401K)制度が既に導入されているものの、同制度は、1.仕組みが複雑である、2.確定拠出型年金を導入している企業に勤める会社員しか加入できないため、加入できる層が限定的である、3.加入者が他の企業に転籍する場合、それまで加入していた企業年金の受給権(年金原資)を携帯して転籍できる仕組みが完全ではない、などの問題があるため、国民における自助努力での資産形成を促す仕組みとしては十分機能していない。また、米国や英国においては、IRA、Roth IRA やISA など年金や教育などの目的別に国民の自助努力による資産形成を促すための優遇税制が既に存在していることから、我が国においても、これらを参考にして制度の検討を行うことが有用だ。

――資産形成支援税制による特定口座の主旨はすばらしいが、システム負担という点で、中堅・中小の金融機関の対応に問題がある…。

森信 確かに、システム負担は相当な問題だ。しかし、そこは業界で統一してコストを下げるなど工夫の余地は大いにあると思う。そうした工夫で金融市場への参加をより良くし、同時に国民の資産形成に役に立てば、世界に誇る我が国の金融資産の有効活用が大きく前進すると思う。ぜひ、ジャパン・タックス・インスティチュートのホームページで、具体的な提言を見てほしい。(了)