日本IBM 特別顧問 三谷 隆博 氏

日本IBM 特別顧問 三谷 隆博 氏

速水優 元日銀総裁を偲ぶ


――速水元日銀総裁というと円高論者で、当時、あの立場では異例だった…。

三谷 円が高くなるに連れて、世界の中で日本の経済的な地位が上がったという速水さんの原体験があるのだろう。速水さんは長く国際的な仕事をなさっていたが、日本が徐々に国際社会で認められG5などにも声をかけられるようになり、いろいろな会合の中で日本の発言力が増し、他の国からも相談されるようになった。それは、円高が進行して日本の経済が無視出来なくなってきたからだという考えがあったのだと思う。「通貨が上昇して滅びた国はないが、通貨が安くなって滅びた国はある」とは、歴史的に見ても本当にそのとおりだ。

――速水さんというと「信念の人」というイメージが強い…。

三谷 そうかもしれない。時代的には我々と少し違うかもしれないが、オールドセントラルバンカーとしての常識を備えた人だった。速水さんは国際会議などにもよく出席していらしたが、例えばFRBなどの考え方が染みついていて、まさにそれが日本の中央銀行としても理想とすべき姿だと思っていらした部分もある。国内での批判よりも海外からの評価を非常に気にする人だったという印象が強い。

――そういう信念を背景に、御自身が日銀総裁になられた当時は思い切った対策を打ち出された…。

三谷 あの時代の経済の動きなどを見ればやらざるを得なかったと思うが、彼の信念からすれば、むしろ逆に本当は非伝統的な政策の領域まで踏み込んでやりたくなかったはずだ。中央銀行としては一定の役割があり、その範疇の中で動くという伝統的な考えが第一だったと思う。例えば、ゼロ金利というものは金利を否定するものであり、量的緩和はマーケットを否定するものだ。さらに民間のリスクにどこまで踏み込むのか。そういう気持ちを持ちつつ、最後は苦渋の判断だったと思う。このため、ゼロ金利解除では多少前のめりな感じもあったと思うが、速水さんとしては「異常な対策をとっているのだから、多少でも世の中が落ち着いてくれば、それは是正すべきだ」という考えがあったのだろう。

――速水さんに対する思い出で印象に残っていることは…。

三谷 三洋証券、拓銀、山一証券が経営破たん、そして就任された年には長銀が公的管理下におかれるなど、本当に激動の時期だった。私は当時、日銀の政策委員会室長として総裁に進言する立場にいたが、日本の金融システムがここまで傷んでいるということを説明しても速水元総裁には最初なかなか理解されなかった。日本の金融システムの悪さをどんなに説明しても、有名な銀行が次々とおかしくなっていくという話は、日本の高度成長を体験してきた彼にはとても信じられないことだったのだと思う。結局、銀行が破たんするということが想像できず、何とか生かす、つまり国有化という案につながったのだと思う。また、先進国の中央銀行すらやったことのない銀行株の買い取りも行ったが、この話も最初に進言した時は「お前ら何を言っているんだ」というような返事だったが、さすがにその日の午後になって導入を決断された。人からは頑固だと思われる面もあったが、しかし、それは彼の責任感の強さの表れだったのだと思う。「悪いのが分っているのであれば、早くどうにかしろ」という気持ちは常に持っている人だった。

――中央銀行の株の買い取りは今でこそ当たり前のように捉えられるが、当時としては伝統的なセントラルバンカーには到底思いもつかない、非常に先駆的な政策だったと思う。速水さんは日銀を一度退任され日商岩井(現双日)の経営者としてのご経験もあったが、企業経営などに対するセンスもおありだったのか…。

三谷 福井さんや三重野さんに比べると、逆にむしろ典型的なセントラルバンカーに近いイメージがあった。事業会社を経てまた日銀総裁として戻っていらしたものの、頭を見事に切り換えてオールドセントラルバンカーそのものになっていたという感じだった。経営者的なセンスというよりもむしろ中央銀行としてあるべき姿を全面に柱として持っている人だった。それが、あの時代だったから色々批判を受けたということもあったが、あれほど激動期でなければ非常に高く評価されるべき人だったと思う。結果的には過去に例のないこともやったが、本人としては中央銀行魂でやりたかったという部分もあっただろう。もしかしたら「もうちょっと良い時代に総裁をやりたかった」と思っていらっしゃるかも知れない(笑)。

――日銀総裁を辞められた後は、キリスト教系の聖学院名誉理事長もなさっていらしたが、そういった宗教の影響などを感じられたことは…。

三谷 彼が自分の信念を通せたのも、神を信仰する強い気持ちがあったからだと思う。周りから色々なことを言われ、マスコミにあれだけ叩かれても、最後は神様の前ではきちんと釈明できるという心があったのだと思う。今でこそよく使われる「アカウンタビリティ」という言葉は「神様の前でアカウンタブル(説明、釈明)出来るかどうか」ということが語源になっていると速水さんに聞いたことがある。金融不安の紆余曲折の中、手探り状態でも常に自分のやってきたことをきちんと神に説明できるかどうか、そんな考えの基に決断を下されていたのかもしれない。とにかくあれだけ苦労された方だ。最後は安らかに眠っていただきたいという気持ちです。(了)

速水優氏TOPインタビュー「『強い円』を育てて基軸通貨に」(05年4月25日掲載分)はこちら