日本公認会計士協会 会長 増田 宏一 氏

日本公認会計士協会 会長 増田 宏一 氏

金融危機を契機によりよい基準へと見直しへ


――会計の世界においては国際化が進み、日本も今や中心的役割を果たしている…。

増田 確かに会計の国際化は今後一段と進んでいくものと思う。資本がグローバルに移動する以上、資本の成果を表現する会計が国際化するのは当然の流れだ。問題は会計だけが国際化すればよいのかということだ。新たな市場、新たなビジネスのため巨額の投資が行われる。この意思決定を行うのは経営者だが、その意思決定が適切なガバナンスの下で行われているかどうかは、株主を初めとする利害関係者から見れば重要な関心事だ。会計だけでなく企業のガバナンスも国際的に満足されるレベルにあることが求められる。日本企業がこのレベルに達していないというつもりはないが、我が国のガバナンスに関する法制度は明らかに不十分だ。経営を監視する仕組みが弱いといわざるを得ない。法制度が十分でなくても運用でカバーできているではないか、今までの日本的経営は国際的に評価されてきたではないかという主張もあるが、海外からの目で見れば、制度は十分ではないが運用でしっかりやっていると言っても信用されるわけがない。

――今回「上場会社のコーポレート・ガバナンスとディスクロージャー制度のあり方に関する提言」を公表された…。

増田 我々は監査役に監査人の選任や監査報酬の決定権を与えるべきだと提言している。現在は監査される側(経営者)が監査する側(監査人)を選任し、報酬も決めている。これは利益相反の関係になる。監査役には同意権があるものの、いわゆる「インセンティブのねじれ」が生じておりこれを解消する必要があると考えている。その前提として監査役の経営者からの独立性の確保、会計や監査に関する専門性の確保、監視機能を担うための十分なスタッフの確保を担保する仕組みが必要であると考えている。監査役が名実ともに経営の監視機能を担う役割を果たし、その監査役が我々会計監査人を選任する仕組みとすべきであると主張している。また、この提言ではもうひとつ、上場会社における開示書類の一元化を提言している。会社法と金融商品取引法における財務諸表を一元化することにより、企業の事務効率は向上し、監査も効率化できるはずだ。

――第三者委員会を経営者が委任することに対する疑問や、社外取締役設置義務化を見送ったことに対する批判もある…。

増田 いろいろな議論があるが、結局、我々が言いたいのは、経営執行の監視役としての機能を誰が果たすのかということだ。今のように、これまでの流れの延長線上として経営陣から独立していない監査役では、本来の監査役としての機能を果たすことは到底無理だ。社外監査役を増やせばいいという意見もあるが、責任も権限もなく、報酬もわずかな社外監査役にそこまでの役割を期待することには無理がある。この「会計監査人の選任についての提案権を監査役に与えるべきだ」という議論は、平成16年の会社法制定時からの議論であり、日本公認会計士協会では従来から主張してきたものだ。別に新しい議論でも何でもない。監査役がこのような権限を持ち、経営に対する監視機能を担うようでなければ、会計監査人のみに独立性を保てと言われても、その機能が十分に発揮されるわけがない。米国では監査委員会が監査人の監督権を持ち、その責任をすべて負っている。この提言に基づき、法務省にも審議を始めてもらうよう要望書を出したところだ。

――民間企業がそういう状態なら、公会計はますます大変だ…。

増田 公会計に関しては、さらにその前段階として今後整備すべき多くの課題を抱えている。国も地方公共団体もその運営は税金で行われているのであるから、民間企業と同じようにその資金の出し手である国民・住民に対し、資金がどのように使われたのかを説明する責任がある。この責任が果たされていないのか、と言えばそうではないのだろう。さまざま分野で決算に関する膨大な資料が作成されている。問題は、これが国民・住民に分かりやすく説明されているかという点だ。縦割り行政の中で、それぞれの分野で詳細な説明が行われていたとしても、一般に理解されないのであれば意味がない。加えて、各々の分野で会計基準も異なっているというのが実態だ。総務省は、地方公共団体と関連団体を含む連結ベースの財務書類4表を作成することを求めているが、地方公共団体の中にも公営企業や土地の開発公社、事務組合などがあり、それぞれ会計基準が違う。これらを連結することは、違う目盛りの物差しで計ったものを合計しているようなものだ。公会計分野では、まず会計基準の整備が重要なテーマだろう。公認会計士がチェックしろと言われても、会計基準、監査基準それに内部統制が整備されていなければ、監査を行うことはできない。企業会計はこれらの基準が明確であるために結果としての財務諸表も分かりやすいものになっている。このような企業会計の考え方や手法をもっと取り入れれば、公会計分野もシンプルで分かりやすいものになるのではないか。すべての住民が理解できるかどうかは別として、監視機能を担う議会や監査委員会が実態を把握できるものでなければ意味がない。実態を数字によって分かりやすく表現するという会計の根本的な考え方を国や地方公共団体はもっと真摯に考える必要があると思うし、そうした議論に公認会計士もどんどん入って改革の後押しをしていくべきだ。

――確かに、財務省主計官に公認会計士が一人もいないというのは、相当な欠陥だ…。

増田 米国などでは弁護士や公認会計士の資格を持ち役人になっている人も多い。縦割り行政の中でいろいろな基準の下でいろいろな財務に関する書類が作成されるのは問題だ。わざと複雑にして、分かりにくくしているのではないかと勘ぐりたくなることもある。きちんとした情報を出さないままお金を野放図に使ってしまうことに対して、私は非常に心配をしている。本当に使わなければいけないのかということさえ分からないのが実態ではないのか。会計とは、見えないものをきちんと見える形にするものだ。政治的な議論として時価会計が問題になったが、会計自体は中立的なものだ。

――最近では、欧州の大手金融機関が時価会計の緩和措置を利用して損失を回避する例が顕在化してきている…。

増田 サブプライム問題の影響は、発生元である米国よりむしろ欧州での被害が大きくなっていったため、欧州では会計基準の適用の仕方を少し変えたわけだ。これは時価会計を凍結するとか廃止するという議論ではなく、マーケットが異常な状態に陥った場合に、ただ同然の投売り価格を時価と考えてよいか、といった時価会計の中での適用すべき時価の議論である。日本では時価会計が景気を悪化させている、時価会計を凍結すべきだ、といった過激な言動もあったが、世界では時価会計自体を止めようというような議論はされていない。時価会計を止めることによって景気が良くなるというのであれば、止めることも考えればいい。しかし現実はそうではない。時価によって取引されているものが、時価とは全く関係のない10年前の取得価格で貸借対照表に計上されれば、それこそ財務諸表の利用者を惑わすのではないか。含み損があたかも価値があるかのように表示されているのであれば、財務諸表など誰も信じなくなる。

――時価会計に限らずいろいろな基準は、それが経済社会全体に及ぼす影響を考えた上で適用すべきだ…。

増田 中小企業にも時価会計を適用すると財務状況が悪化し、金融機関からの融資の打ち切り等の事態が予想されるため、公開会社でない中小企業については時価会計を適用すべきでない、というような議論がある。時価会計というと何でもかんでも時価で評価するというように思われる人もいるが、時価で評価しているのは貸借対照表のごく一部だ。有価証券やデリバティブなど時価で取引されているものを時価で評価するというもので、工場として使用している土地を毎期時価で評価しているわけではない。時価で取引されるものを時価で評価するというのはその実態を最も正しく表現しているわけで、これは大企業であろうが中小企業であろうが関係ない。中小企業であっても余裕資金を株式で運用し、運用に失敗したのであればその事実を財務諸表に時価で計上するという形で反映させるべきだ。もっとも自社の社債が時価で取引されているので負債も時価評価するといった論点は、今後多くの議論を行うべきと考える。会計基準は固定的・普遍的なものではない。経済社会の進展に伴って、もっとも実態を正しく表現する基準が絶えず模索されている。今ある会計基準は、業界の意見や世界経済の流れを見ながらできたものだ。20年前の米国貯蓄組合(S&L)危機が今の会計基準のきっかけとなったように、今回もサブプライム問題を契機としてよりよい基準への見直しが行われていくと考えるべきだろう。(了)