三井住友アセットマネジメント チーフエコノミスト 宅森 昭吉 氏

三井住友アセットマネジメント チーフエコノミスト 宅森 昭吉 氏

悲観する必要ない日本の景気


――直近の様々なデータをどのように分析していらっしゃるのか…。

宅森 昨年の4月のCPI(コア)は定率減税の影響でガソリン価格が下がっていたため、統計上の数字は前年比マイナス0.1%だったが、5月はその影響もなく前年比で大幅に下落してしまった。また、年間9回以上購入する品目のCPIは今年に入ってずっとマイナス傾向だったが、4月だけプラスになっている。これもガソリンの影響だ。今年1〜3月期の実質GDPは前期比年率マイナス14.2%、前期比マイナス3.8%と過去最低と言われているが、ここで注視したいのは、GDPに加味されない交易利得が上がっていることだ。これは昨年10〜12月期以降、原油価格の下落などで海外に流出する付加価値が小さくなったことが理由だ。この交易利得の改善効果は相当大きく、GDPに交易利得を足し合わせた実質GDIは前期比マイナス1.6%となった。つまり、GDPが3.8%のマイナスであっても、そこにはクッションがあったということだ。スーパーなどが思い切って値段を下げてきたのも、その余地があり、下げて還元することで収支的に助かっている部分があるということだろう。ゆるやかな円高がプラスに働いていた面もあるようだ。

――GDPの数値が悪いといっても、実体経済はそこまで悪くはないと…。

宅森 早めに立ち直った理由には、交易利得の寄与に加えて、在庫調整の進展もある。鉱工業生産は平成17年を基準に100とすると、平成13年11月にボトムとなる87.0をつけて以降、20年2月に過去最高の110.1をつけた。それから昨年9月まで緩やかな下降線を辿ってきたが、その後はリーマンショックで急速に落ち込み、今では80年代前半と同程度の低水準になっている。普通は需要や出荷が減少しても、生産については雇用の問題などもあり、なかなか縮小出来ないが、今回は急速に生産を減少させ調整した。世の中では非正規雇用問題も大きく取り上げられているが、逆にそういう雇用状態だったからこそ調整がしやすかったのかもしれない。また、今年2月の鉱工業生産指数は69.5と急速に減少してしまったが、これは、世界中が不景気となっていたため、輸出企業にしても信用収縮の動きが加速し、新しい輸出先を開拓することも難しく、資金繰りも難しい状況だったことを表している。しかし、これは異常値と言っていいだろう。

――鉱工業生産は昨年2月から比べ4割減となった…。

宅森 まさにつるべ落としだ。ただ、そのお陰で在庫の前年比はマイナスとなっている。需要さえ良ければ出荷状況が改善し始め、一気に回復に向かうのではないか。景気後退期間は戦後平均で16ヶ月だが、今回の景気後退は山が昨年2月に改定され、今年の3月を谷に、恐らく13ヶ月だろう。夏のボーナスは相当カットされているところが多く厳しいと思うが、それでも景気後退が過ぎたという認識があれば、来夏への期待が出てくる。また、この最悪期に定額給付金やエコポイントといった政府のサポートがあることで、それなりの消費意欲も出てくるだろう。

――5月、6月は政府の政策サポート効果で持ちこたえている…。

宅森 消費者物価指数が下がったといってもそんなに悪い指標ばかりではない。恐らく、今後もまだ史上最悪という経済データは出るかもしれないし、それが紙面を賑わす状態は続くと思うが、私は、CPIは7〜9月期で前年比マイナス2%強辺りをつけた後は、徐々に改善していくだろうと考えている。とはいえ、プラスになるかどうかはまだ微妙だ。最悪期を脱したとしても景気の水準が直近のピークを越えるにはまだまだ時間はかかるだろう。米国では未だ不良債権処理を完了しておらず、いわゆる経済のガンは抜本的に取り除かれていないため、日本のGDPがプラスになっても、米国の状況次第では日本の景気回復もL字型、もしくは2番底という見方もある。さらに、日本がプラスで米国がマイナスになると為替は円高ドル安となり、少し嫌な方向にも行きかねない。


――米国は今後どのように見ていけばいいのか…。

宅森 景気水準が相当落ちたにもかかわらず、政策効果も寄与し、1〜3月期の個人消費はプラスとなっている。米国は意外と底堅いようだ。米国は面白いことに、大統領就任の1〜2年目は強い指標が出てくる。特に民主党が政権をとった時の1年目の実質GDPは、ケネディからクリントン2期までを平均して前年比4.1%、2年目は5.3%と高かった。今回のオバマ政権では、財政出動という形で初期から高めのGDP押し上げを図り、金利も低めのところからスタートした。また、ストレステストを行い透明性を高めることで、金融機関の健全性をアピールし、金融問題が大丈夫だという雰囲気を作り出している。それが本当に大丈夫かどうかは何かが起こった時にしかわからず爆弾を抱えているようなものだが、ガンも上手く付き合っていければ、そのまま健康に過ごせるということなのだろう。追加で財政出動を行うことは難しいだろうが、とりあえず足元を好転させてしばらく引っ張るというシナリオは出来ているようだ。

――日本経済はこれからどのような形で回復してくるのか…。

宅森 成長率から言えばルート(√)の形だろう。最近、私が目先の日本の景気を占う際に注目しているのは、TV番組「笑点」(日テレ系)の視聴率だ。ビデオリサーチによるテレビ視聴率調査で「笑点」がその他娯楽部門一位になった回数を四半期毎に数えたところ、昨年10〜12月期に6回、1〜3月期に5回と非常に多かった。この頃は工場が閉鎖されたり、週3日労働や自宅待機もあった時期だ。「笑点」はやや年配の人まで幅広く見られている番組で、景気が悪い時には日曜の夕方にテレビを見ていた人が増えていたということを表している。それが4〜6月期で1位を取ったのは1回と、明らかに少ない。ということは、今後GDPも改善するのではないかと期待している。また、景気ウォッチャー調査でも、交易状況の改善や政策に対する期待、在庫調整の進展に加えて、受注も少し回復してきたというコメントが月を追うごとに多くなってきている。景気に先行すると言われている景気ウォッチャー調査で改善の兆しが見えていれば、先行きも大丈夫だろう。

――今年が冷夏にでもなれば、また景気に悪影響が出てくるのか?気象と景気の関係は…。

宅森 気象庁では、この夏から秋にかけてエルニーニョ監視海域の海面水温が基準値に近い値か、やや高めで推移すると予想している。暖冬・冷夏になりやすいと言われているエルニーニョ現象が発生すると、実質大型小売店販売の悪化も懸念される。ただ、その影響は1〜3月期と7〜9月期においてのことであり、10月に関してはむしろ販売前年比は上がっているというデータもある。気象での懸念材料はこれくらいで、それ以外は全てプラスに働いている。例えば、桜の開花日が3月21日以前だとその春の景気は後退局面になったことがないというデータがあるのだが、昨年は3月22日で今年は3月21日だった。このため、今年の21日というのは谷にはなっているが、後退局面ではないと捉えていいだろう。また、梅雨入りに関して言えば、関東甲信の平年が6月8日なのに対し、昨年は5月29日。それが今年は6月10日となっている。梅雨入り・梅雨明けの景気判断として、梅雨入りが遅い時の拡張期間の確率は73.5%となっている。梅雨入りが遅いと天気も良く、休日などにドライブに出かけたりするチャンスがあるからだろう。同じ理由で梅雨明けも早いほうが景気にはいい。台風に関しても今年は今のところ日本まで来ることもなく、気候が景気に与える影響は心配なさそうだ。

――自然現象からみると、景気に良い風が吹いていて、4〜6月期のGDP辺りから黒字も期待できそうだ…。

宅森 経済指標の見方で気をつけなければならないのは、どの時点と比べるかという問題だろう。例えば08年5月以降の入着原油価格の推移では、今年5月下旬が32,809円/kl、一番低かった今年1月下旬の24,002円/klと比べると8,000円も上がっている。ところがこれを前年比で見ると下がっている。経済成長率も同様で、ESPフォーキャスト調査では09年の実質GDPはエコノミスト平均でマイナス3.86%、08年度はマイナス3.3%だった。では09年度のほうが景気が悪いのかと言えばそうではない。昨年度は秋以降で急激に下げたため、年度と最後の四半期にかなりの開きがあることが理由だ。統計上のトリックといえる。景気が良いか悪いかを見る上で重要になるのは方向性だ。水準だけで判断してピークに戻らないから悪いと捉えたり、最悪期を経て緩やかに上がっているところでも悪いと捉えるようなものではない。とにかく現状としては、最悪期は脱して水面下で回復をしている。日本の景気はそんなに悲観することはないと考えている。(了)