シンクタンク山崎養世事務所 代表 山崎 養世 氏

シンクタンク山崎養世事務所 代表 山崎 養世 氏

ゆうちょ銀の拡大路線が問題


――改めて、郵政民営化についてのご見解を伺いたい…。

山崎 鳩山邦夫総務大臣が辞めて政治が大激動した割には、郵政民営化が何だったのか、メディアでは本格的な検証もされなければ建設的な議論もなく、このままで本当にいいのかという感じだ。簡保の宿の建て替え問題も大事かもしれないが、郵便、簡易保険、郵便貯金という本来の事業や分社化の構造、上場出来る程の資本は充分にあるのか、また、財政に対する影響やゆうちょ銀行としてのビジネスモデルの検証など、普通の企業であればアナリストが聞くような当たり前の質問を、これまでずっと問われることなくやってきた。もともと、郵貯があるから日本の資金の流れがおかしくなっているということで郵政民営化が始まった。そこで郵政民営化後は、特に、郵貯部門は縮小されるとみられていたが、現実にはゆうちょ銀行になって拡大路線がとられている。また、民間には出来ない定額貯金が郵貯にあることで、そこにお金が集まってしまうという問題を見直すべきだという議論もあったが、それも封印されている状態だ。まずは、ゆうちょ銀行をひとつの金融機関として捉えた場合にどういう特性があるのかを検証することが必要だろう。

――郵貯や簡保はかつて、0.2%程度の上乗せ金利が付いていた財政投融資にお金を回していたが、01年に財投の改革が行われたことで、今度は財投債を買うというシステムになった…。

山崎 現在の資産運用を見ると、保有有価証券の約9割を10年物中心の国債が占める一方、負債は相変わらず定額貯金がその6割程度を占めていると推定される(定額貯金の額を「推計」するしかないのは、民営化以前に預け入れられた定額貯金の額は、現在開示されている貸借対照表には「特別貯金」の項目に、同じく民営化以前に預け入れられた定期貯金の額と合算で記載され、その内訳が示されていないため)。日本は今まで20年間近くに亘って低金利状態が続いたが、これからの5年〜10年、あるいはもっと長い期間で見てみると、超低金利が続く保証はないどころか、金利が急騰する恐れもある。また、日本では人口が減少を続ける中、少子高齢化に伴う日本の財政状況の悪化も見られる一方で、中国やインドなどは成長を続けていて、昨年などは石油など一次産品価格の高騰もみられた。今後、中国やインドの通貨が力をつけてきたら、それは世界文化に対し大変なプレッシャーを与えることになるだろう。人民元の水準訂正と同時に、世界的な物価や金利の上昇がスパイラルで起こる可能性もある。

――今の財政状況では、いよいよ本当に資金不足になった時、実質金利が跳ね上がっていく可能性もある…。

山崎 例えばそこで、国債が暴落したと聞いた預金者がお金をおろしに殺到したらどうなるのか。郵貯銀行の窓口では、定額貯金は即日払い戻しに応じなければならないので、その現金を確保するために国債を売るしかなくなる。その結果として、国債価格の暴落がさらに暴落を呼ぶということは充分に考えられる。もともと、郵貯のALM(資産・負債の総合管理)は普通の銀行のALMでは許されないような、預金者のオプションをただで売っているという構造だ。定額貯金の仕組みは預金者にとって非常に有利で、郵貯にとっては不利なことをしている。それでも自己資本が潤沢にあればいいのだが、そういう訳でもなく、非常に少ない。郵貯が発表しているBIS規制に基づく自己資本規制比率は85%となっているが、実は、そこに国債のリスクアセットは計算されていない。しかし、リスクというのは、信用リスクだけでなく、価格変動リスク、流動性リスクなどたくさんある。10年国債の信用リスクが仮にゼロだと考えても、デュレーションという金利変動リスクがあり、このリスクを加えると、10年国債も立派なミドルリスク商品だ。金利が上がれば暴落のリスクも有り得るミドルリスク商品を、ゆうちょ銀行ではリスクゼロとしている。一般企業でいう総資産に対する自己資本を見ても、単体で3.8%、連結で2.6%程度しかない。これは完全な過小資本だ。それでも今後、これまでと同じようなビジネスモデルを維持しようと思うのであれば、大幅にバランスシートを縮小しないことには成り立たない。

――そんな状態で、よく上場しようと考えたものだ。

山崎 郵便局の良さは、3事業を一体で行っていたため、制限があったところだ。他の銀行や生命保険会社が手をつけていたリスクの高いビジネスを手がけることが出来なかった。不良債権問題でも直接自分たちでは手をつけていない。そのおかげで80年〜90年代に民間銀行が失敗した時も、簡保や郵貯は無傷だった。それなのに、民間の方が良いと言って郵政を無理やり民営化したところから、そもそものボタンのかけ違いが始まっている。ゆうちょ銀行のビジネスで改善しなければならなかったのは、ALMが歪だったり、定額貯金を持っていたり、自己資本比率が低いという状況自体だ。ALMの問題を解決するためには、国債一辺倒の資産運用を見直して株式の比率を上げたり、定額貯金を金利を上乗せしてでも解約してもらいダウンサイジングするのが、今後進むべき道なのではないか。しかし、実際には4つに分社することでコストが上がり、さらに、ローンへの参入など新たな事業への取り組みも叫ばれている。これでは確実に人件費などのコストは上がり、加えてリスクも上昇してくるだろう。歴史ある大銀行さえほとんどが失敗するくらい、銀行の経営は難しいものだ。日本のように人口が減少し、経済が停滞し、かつ民間金融機関は飽和状態に近いくらい競争が激しい中で、経験もなく、人をたくさん雇えばたちまち経費率が上昇するという状況の郵貯が、本当に競争力を持ってやっていけるのか。それは難しいと思う。

――今後、郵政はどのような方向に進むのが理想だと…。

山崎 郵貯は現在、全国に約2万4千もの店舗網を敷いている。これは、明治時代から積み上げてきた日本人の大事な財産で、これがあるが故に、日本ではどんなに田舎に行っても国民全員が差別されることなく金融サービスを受けることが出来る訳だ。一方、米国では国民の3分の1が健康保険に入っていなかったり、銀行預金を持たせてもらえない人が何千万人もいると言われている。何でも民がいいと言って、日本を果たしてそのような国にしていいのかと言いたい。しかし、進んでしまった道をどうこういってもしかたない。だからこそ私は、そこにもう少し建設的な考え方を提案したいと思う。それは、このままでは縮小してしまう郵貯、簡保、郵便という3つの柱に加えて、新しく「年金」という第4の柱を作るということだ。年金の事務作業を郵便局に委託すればいい。郵便局の長所は国民からの信頼性や親しみだ。その点においては金融機関の中で民間に比べて勝っている数少ない役所だ。その、一番国民から支持されている役所を「官から民へ」と言い、わざわざ民営化した。そうであれば、国民年金の窓口業務を郵便局がやればいい。そもそも、社会保険事務所というのは東京でも28カ所で、全国でも310カ所程度しかない。東京には1千万人の成人がいるのに28カ所。これは35万人に1カ所くらいの割合だ。一方で金融機関はどれだけあることか。年金と言うのはお金を納めて、記帳して、お金を貰うという金融サービスだ。さらに401kなどが加わってくると、ますます複雑になる。これは、まさに金融機関の窓口業務だろう。社会保険事務所というのは、事業所からのデータをもらって計算するという仕事が大本の基盤であり、国民1人1人にサービスすることを当初は想定していなかった。だから、窓口業務は郵貯に任せたほうがいいというのが私の考えだ。郵便局にはお金を出したり入れたりする機能、記帳する機能がある。ほとんど間違いもなく、信頼もあり、実績もある。さらに、日本全国にある2万4千カ所の窓口やATMを利用すれば、これから社会保険事務所を全国に何千、何万とつくるよりも、よほど合理的だろう。必要な相談のためには専門家を置いてもいい。国としての信頼が欠かせないデータのやり取りなども、それが郵便局であれば国が最終的な責任を負わせることが出来る。年金と郵貯のシステムを融合させて、あとは情報漏えいや個人情報の管理をきちんと行い、計算をさせることで、国民の年金に対する信頼が上がり、かつ郵便局の存在意義がでてくるに違いない。(了)