投資信託協会 会長 稲野 和利 氏

投資信託協会 会長 稲野 和利 氏

小口・保有・資産形成に焦点



――この度、投資信託協会の会長となられたが、これまで投信との関わりは随分長い…。

稲野 もともと、野村證券に入社し投資信託を販売していたことから始まった。それが33年前だ。営業企画部長の頃には色々な投信の企画を行い、さらに専務や取締役として営業担当をしていた時も販売会社として投信には関わっていた。そして、02年から05年までの3年間は野村アセットマネジメントの社長を務めることになった。ファミリーファンドと公社債投信の全盛時代から比べれば、今の投信は随分色々と変わったと思う。09年7月末の残高は公募証券投信全体で59兆円弱、このうち株式投信が約47兆円だ。これらを運用していく会社は責任重大だ。

――投資信託協会の基本的な役割は…。

稲野 まず、従来から変わらない課題として、国民の資産運用の中核商品である投資信託を普及発展させるための活動がある。認知度を向上させるために、広報啓蒙活動により力を入れていく必要があると考えている。具体的には6月から投信協会自体のホームページの内容を刷新し、コンテンツの内容をより分かり易くすることで、情報提供機能をもたせている。また、全国で投資信託協会主催のセミナーを開催したり、大学の寄附講座を行うなど、学生への普及啓蒙にも努めている。大学生と同じように、高校や中学校での教育も必要だと考えているが、現在、高校や中学校などに金融経済教育のようなものはカリキュラムとして組み込まれていない。この点、様々な試みはされているが、大きな問題の一つとして、教える側の先生に充分な知識の蓄積やノウハウがないことが挙げられる。そこで、協会では他団体と共同して、中学や高校の先生に対してセミナーを開催して、基礎的な知識や教え方を身に付けていただくような取り組みも行っている。

――今後の課題は…。

稲野 目先のところでは目論見書の簡素化作業だ。これは金融審議会のディスクロージャー部会の答申を受けて、すでに事務的な作業を行っている。投信の目論見書は法令で定める記載要件を完全に満たしているが故に、非常に分厚く、分かり難い。特にファンド・オブ・ファンズなどにおいては、ファンドの中に数種類〜10種類以上の投信が入っているため、全てのディスクロージャーを同じように記載していくと数百ページに亘ってしまう。それらをもっと簡素化し、ページ数を減らし、必要な要件だけを分かり易く盛り込んでいくような形にしていく。年度内には制度を整えたい。これが出来上がれば投資家にとっても販売先にとっても、あるいは運用する側にとっても非常に良い効果を生むと思う。

――金融商品取引法の改正で投信が登録制になったが、その影響は…。

稲野 今のところ特に大きな問題はない。現在の投資信託協会の会員数は正会員で134社だ。協会全体のトレンドとして、正会員数は増えている。登録制になったことに関しては、もちろん基本的には参入障壁が低いほうがいいとは思っているが、参入する時点で先のこと全てが予想できるはずはなく、実際に参入して業を営み始めた後にどういう行動を起こすのかが重要だ。もちろん投信運用会社としてこの業界に加入した会社に対しては、当局の監視機能と併せて、我々としても自主規制機能を発揮して、もし問題があれば正しい方向に導いていくことが大事だと考えている。

――自主規制機関として具体的に今後力を入れていくところは…。

稲野 昨年より協会正会員に対する立ち入り調査を始めた。実際に現場に行き実査して、問題点があればそれを具体的に指摘して改善指導する。そのため、08年7月、新たに会員調査部を設け、現在の部員は7名で必ずしも多いとはいえないが、月1社をメドに立ち入り調査を行っている。もちろん当局における監視機能はあるのだが、それとは別に我々は自主規制機関として機能を発揮していかなければならないと考えている。個別の社をきちんと見ていくと同時に、個別の社名を除いて集積された事実は出来るだけ正会員に公開し、特に問題が起き易いケースなど、事故等の未然防止に役立てている。

――このところの運用環境悪化で、経営が難しくなる投信会社も多いのではないか…。

稲野 運用成績が不振な投信が現に存在していることには間違いない。ただ、投信会社としては、定められた運用方針の下、投資家からお金を預かっている以上、最大の努力をしていく必要がある。協会としては経営が悪化した会社に指導することはないが、かつてに比べれば、残高の減少した投資信託等に対して、当事者の同意を得た上で併合させるような措置も可能になっている。これは、投信のホルダーにとって様々な可能性をもたせるものであり、協会としても、制度的なものを整えて選択肢を増やしておくことには努めなければならない。しかし、現実にそういったことを選択するかどうかは、全て運用会社の判断だ。さらに、非常に危機的な局面において一方向に何かが行き過ぎて問題が起き、それが全体に影響を及ぼすのであれば、そこには適切な措置が必要で、我々も当局に対して積極的に意見を言うべきだと考えている。

――システミックリスクへの対応は…。

稲野 米国でMMFが元本割れした時に、運用会社自身が資金を注入して元本を回復したり、最終的には政府が保証するに至ったという事態があった。これは、米国ではMMFそのものが非常に重要な仲介機能を果たしていて、それが破たんすると全体にシステミックリスクがおよぶということがあったからだ。一方で日本のMMFはそこまでの規模ではない。しかし、日本のMMFも将来的にはまだまだ大きくなっていくことは充分考えられ、それがシステミックリスクにつながるという意識は持っていなくてはならない。かつて、米エンロン社の破たんの影響を受け、日本でもMMFが元本割れしたということがあったが、それを機会に協会では、運用に関する指針・規則等を大幅に整備して、より保守的に安全性を追求した運用が出来るような舞台を整えている。今、具体的に何を想定しているわけではないが、米国で起きたことを鑑みて様々な角度から考えていかなければならないとは思っている。

――投資信託協会の組織で何か進めていることは…。

稲野 昨年10月に協会会員の正会員と賛助会員のステイタスを分けた。もちろん賛助会員としての販売会社の存在も重要で、彼らの意見も吸収しながら投資信託というものを考えていく必要はあるが、優れた運用会社が正会員となり構成されている投信協会という形で、よりクリアに協会としてのアイデンティティを打ち出している。また、投資顧問協会等との統合については既に問題提起されている。金融商品取引法が施行されて投資顧問業法が無くなり、投信法のほとんどが金融商品取引法に吸収されたという中にあって、現在、両協会の事務局間で色々な課題をクリアするために意見交換をしているが、具体的なタイムスケジュールはまだ見えていないという状況だ。

――投信が国民的金融資産の中核になりつつある中、税法についての要望などは…。

稲野 ひとつの大きな方向性として、金融所得の中の一体課税がある。これは非常に合理的なもので、さらに推進していく必要がある。現在は範囲がまだ限定されているが、今年から株式の配当金や株式投信の分配金も含めて損益通算が可能になった。今後さらに範囲を拡大していく必要がある。税率については、現在10%の軽減税率が株の売買益、配当金、株式投信の売買益および分配金には適用されている。税率はもちろん低いに越したことはないが、この軽減税率は2011年で終了し、12年1月から本則税率20%に戻ることになっている。しかし、昨年の税制改正議論の中では、本則税率20%に戻る時点で個人投資家向けの少額投資優遇制度(日本版ISA)を創設する案が打ち出された。その細部は未定だが、少なくとも年間100万円非課税、5年間累積可能で最長10年まで持てるという制度で、資産形成支援に結びつくものである。実施時期に併せて具体的な制度設計を進めていく必要があると考えている。この点、協会としても積極的に意見を述べていくつもりだ。

――証券業協会の政策懇談会で「日本版チャイルド・トラスト・ファンド」を提言された…。

稲野 チャイルド・トラスト・ファンドとは、もともとイギリスで提言されていた仕組みだ。子供が生まれた時に親が子供のために積み立てを始め、口座開設時と子供が7歳になった時に支援補助金が出る。積み立ての中身は株や投信など自由に選べ、子供が16歳になった時に投資教育を受けていることを条件に運用権利を子供に移すことも出来る。そして、18歳以降で換金が可能になるというものだ。もし日本版ISAが出来るのであれば、このチャイルド・トラスト・ファンドを日本版ISAに連結することも考えられる。今、投資信託の保有者は高齢者が非常に多いが、一方で、若い人達が将来に向けて確実に資産を形成していく必要がある。重要なポイントは、小口であっても、時間をかけて資産形成をしていくということだ。税制においてもそこに焦点を当てるべきだろう。証券税制の議論になると、非常に短絡的視点だとは思うが、どうしても金持ち優遇批判が出る。「大口・売買・巨利」ではなく、もっと「小口・保有・資産形成」の必要性に焦点を当て、積極的に支援措置を講じるべきだと個人的には考えている。(了)