岡三証券 取締役社長 田中 健一 氏

岡三証券 取締役社長 田中 健一 氏

何が起きてもすべてチャンスに


聞き手 編集局長 島田一

――この20年間で証券会社も随分とリストラされた。生き残りの秘訣とは…。

田中 私が入社した時、机の上には電話機と紙ベースの情報があった。もっと昔、岡三証券の創業当時は、交換手につなぐ壁掛けの電話機と場況の情報ぐらいだったと聞く。今は電話機とパソコンの中の情報だ。情報のスピードや形態は変わっていても、我々がやっている証券業の本質、つまり情報を入手してそれをお客さまにお伝えするということは、昔も今も全く変わっていない。大切なことは、いかに良いタイミングで、いかに良い情報をお客さまに伝達し、それを商売につなげていくかということだ。生き残りの秘訣とは、その基本をこつこつとやってきた事以外には何もない。なにか秘密のファイルがあるというのではなく、それは社員一人一人の頭の中に蓄積されている。そういった「証券の技(わざ)」が脈々と流れていることが、とても大切だと思っている。

――社員一人一人の技を磨くことが大事だと…。

田中 「商品や情報の技」、そして、伝達力やサービス力、心構えといった「人間の持っている技」、この二つを合わせたものが「証券の技」だと思う。商品自体は、昔の株だけだった時代から、投資信託や海外の商品まで出てきて、急速に広がってきている。しかし、商品や情報をどんなに知っていても、それをお客さまに伝える力や信頼してもらえる人間性がなければどうしようもない。同じ情報を掴んでも、それを本当に掴んでいるのか、きちんと伝えられているのかは、結局人によって違ってくる。我々のサービスは対面が基本であるため、この技をコツコツと高めていく以外に我々が成長する術はないと思っている。

――新しい商品への取り組みも早い…。

田中 投資信託については、我々は業界初といわれる商品も多く持っている。古くは、平成7年の投信の規制緩和において、ブル・ベア型投信を国内に最初に持ち込んだのが当社であったが、近時では米国REITなどで運用する商品を業界で最初に取り入れてきたのも当社だ。海外勤務経験のある役員も多いので英語に対するアレルギーもなく、海外商品に対する選択能力は優れており、積極的に取り入れていこうという気持ちがある。商社的な機能である商品部門は、何よりも大事にしていかなくてはならないと考えている。
一方で、「取り扱わない」という選択も随分としてきた。我々とお客様とのお付き合いは10年、20年と長い。今良い商品だと思ったとしても、先々説明のつかないような商品などは、取扱わないようにしている。その点、我が社はコンプライアンスが厳格で、金融商品取引法のプロ・アマ規定が出来る以前から「このお客さまにはこれ以上のリスク商品を販売してはいけない」という考え方を徹底させている。

――債券が重要な商品に育ってきた…。

田中 債券については、法人ビジネスにおいて重要な商品だ。2004年10月に国債市場特別参加者制度が始まったが、当社もプライマリー・ディーラーとなり、国債を中心に積極的に債券ビジネスに取り組んできた。そうした実績の積み重ねにより今では兵庫県、大阪府、大阪市で事務幹事も務め、東京都、愛知県等でも入札等で積極的に取組んでいる。債券は期間を変えたり配当の払い方を変えたりというだけでなく、株やデリバティブなどと組み合わせることで、いろいろな商品になるので、相場の見通しに合わせてさまざまな戦略をとることができる。

――現在のサブプライム・ショックによる困難をどう乗り切っていくのか…。

田中 証券市場にはもともと波があるものだ。そして、常に変化があるから我々は生きていける。サブプライム・ショックを通じ、今、世界の枠組みの中で、大きなパラダイムシフトが起きている。G20が大きな役割を果たし、その中でいろいろな政策が決まっているが、これは、サブプライム・ショック以前にはなかったことだ。良い方向に考えれば、この問題が起こったことで世界が協調してやっていこうという時代になったともいえる。日本では政治が自民党から民主党政権に変わり、経済も一段とボーダレス化している。エネルギー関連においても日々進化し、大きな産業革命が起き、企業においては内需産業や外需産業という分け方すら出来なくなってきている状況だ。しかし、振り返ってみると、昔からさまざまなパラダイムシフトは何度も起こっており、今回も驚くことではない。ただ、もっと大きな変化が我々の業界を取りまいている。象徴的なのが、証券取引法が金融商品取引法に変わったことで、「証券業」という言葉が急速に無くなってきたことだ。証券業者は「金融商品取引業者」として一括りにされたが、いまや金融商品取引業者は8,000社をこえている。銀行の証券業進出などで競争相手が多岐にわたる一方、グローバル商品の拡大などで国境を越えたマネー移動が起きており、そういう意味では、今、我々の業界が一番大きなパラダイムシフトを起こしているのではないか。

――大きな変化こそ証券業にとってチャンスだと…。

田中 証券の基本は成長するところにお金を置くということであり、その運用方法は変わらない。そういったことも含めて、証券業そのものは今後も成長していくと思う。例えば、昨年もサブプライム・ショック後に、ユーロ円のCBのレートが大変なことになっていたが、それを逆に仕入れて日本で販売することで、非常に良いパフォーマンスを上げることができた。欧州ではヘッジファンド等が換金せざるを得ない状態になり投売りが始まったものでも、それを生かそうと思えば上手くビジネスになるということだ。実は、これには90年代の日本株暴落の時の経験が活きている。今は株だけでなく投資信託や債券その他たくさんの選択肢がある。さらに日本が駄目でも海外がある。そう考えれば、今後何が起こったとしてもそれらをすべてチャンスにして前向きに取り組むことで、どんな方向も見いだせる。

――御社は証券業として規模的にも適正で、機動的に対応できる…。

田中 今、我が社はグループ全体で約3000人、岡三証券本体だけで約2200人、支店は55店舗だ。私はやはり現場が大事だと思っていて支店には頻繁に顔を出している。そして幹部や若い社員と食事に行き、なるべくコミュニケーションをとり会社の方針を伝えるようにしている。上から下まで考えが一緒でないと何事もいい方向には動かないからだ。そういう意味では、現状ではこのくらいの企業規模が丁度良いのかもしれない。

――最後に、社長の抱負は…。

田中 地域密着型で、「マーケットに一番近い証券会社」になるということをいつも考えている。市場の変化にすばやく対応して、きちんとした商品と情報を発信していくことが一番重要だ。一方、商品に関して今から重要になってくるものの一つが新興国だ。これからは益々世界にアンテナを張り、商品の幅を広げ充実を図りたいと思っている。もはや日本だけでは生きられない時代であることは言うまでもない。ボーダレスの世界の中にいる我々は、世界の商品や情報の一番良いものをいち早く取り入れ、それをお客さまに伝達していくことを大切に、これからも頑張っていこうと思っている。(了)