三國事務所 代表取締役 三國 陽夫 氏

三國事務所 代表取締役 三國 陽夫 氏

日米経済がパラダイム・チェンジ


聞き手 編集局長 島田一

――日本は民主党政権に変わり、外為政策についても円高介入していた今までの自民党政権とは随分と姿勢が違ってきている…。

三國 藤井財務大臣は大臣就任前にも、報道によると「介入はせず、強い円を容認する」という考えの持ち主だった。そして今日に至るまでその発言は続いている。つまり、円安誘導はやらずに市場に任せるということだ。かつての通貨安政策は間違いだったと認識し、どちらかというと外需主導型の経済自体を否定するような表現をしておられる。円安誘導をせずに為替動向を市場に任せた場合、現在のように経常収支が黒字で輸出代金が輸入代金を大幅に上回っている時は、その輸出代金のドルを売って円に換え、国内に持ち帰れば円高になっていく。また、世界一の対外純債権国である日本はドルを大量に持っており、絶えずドルを売る力が働いている。介入をしないということは、結果として強い円になっていくということだ。このため、民主党による方針転換がそのまま続けば、今後の日本に大きな変化をもたらすだろう。

――9月のG20の際には、藤井財務大臣とガイトナー米財務長官の会談も行われた…。

三國 藤井財務大臣は、ガイトナー米財務長官が「ドルを強くしたい」という意向を示した時に、「それは結構なことだ」と応じたという。このやり取りで思い出したのは、ブッシュ米元大統領と小泉元総理大臣が共同記者会見を行った時に、ブッシュ元大統領が「強いドルが米国の国益」と発した後、小泉元総理は「強いドルは日本の国益」と唱和し、ドルを支えることは日本の国益ということを表明した。しかし今回の藤井財務大臣の発言は「米国は米国の利害でやってください」という意味合いに聞こえた。さらにガイトナー財務長官は「米国を貯蓄型の経済にすることが、ドルを強くすることになる」と発言している。要するに、経常収支の赤字を出来るだけ黒字に向けて均衡させることが、市場経済において一番自然な「強いドル政策」になるということだ。そして、その場合、日本の内需転換が米国にとっても歓迎されるべきものとなる。民主党が日本の経済政策を外需主導型から内需主導型へ、弱い円から強い円へ、円安誘導から市場主義に転換した背景には、米国の大きな経済政策のパラダイム・チェンジもあるとみている。

――「強いドル」のままでは対外収支は均衡出来ない。それでもガイトナー財務長官が「強いドル」を世界に向けて発信しているのは、ドルが暴落せずにソフトランディングするためのものだろう。米国政府高官が使う「強いドル」の意味合いが、以前とは随分違ってきている感じを受ける…。

三國 米国政府は昔から「強いドル政策」をとってきたのだが、それを一番明確に表明するようになったのは95年、第70代財務長官にロバート・E・ルービンが就任してからだ。その時からすでに米国は経常赤字を問題としておらず、しかも本来ならばそれで弱いドルになるはずなのに、ルービン財務長官は日本やアジア諸国による米ドルの買い支えを歓迎し、強いドルにつながる政策をとった。そして97年のアジア危機以降、タイや韓国などから製品をたくさん輸入した。当時は資本逃避がアジアの国々を直撃し、為替が暴落した。米国はアジアの国々からモノを安く買えたため、大量の輸入ができたわけだ。当然のことながら米国の製造業の生産は輸入に代替されて縮小した。しかし、それは米国の不況にはつながらなかった。理由は、米国への輸入の増加額とほぼ同じ金額の資本が、資本逃避先となったヨーロッパや第三国を経て、米国へ流入してきていたからだ。そのお金は、結局、米国の住宅ローンなどに回り、金融市場におけるモーゲージの金利が大幅に下がり、住宅ローンの低利借換えが増え、米国経済は予想外に高い成長を遂げることになった。しかし、その後もう一段の赤字拡大を求めにいったことが米経済政策の失敗だった。06年には米国の住宅価格は高騰のピークを迎え、1933年以降上がり続けていた住宅価格は下落し始めた。ちょうど米国の経常収支赤字のピークアウトと時期が一緒になった。米国のGDPで消費は70%程度を占めている。この消費が、住宅を担保に借りて使うことがしにくくなりピークアウトした。それは、米国が成長するシナリオは終わってしまったということだ。これ以上米国が借金をして赤字を抱え込むことは出来ない。それが、本当の意味でのパラダイム・チェンジの原因だと私は見ている。

――経常赤字を減らして貯蓄型の生活をするという考えは、日本が長い間おこなってきたことだ。しかし、米国が日本と同じような貯蓄型の経済政策をとったところで、果たしてそれは成功するのか?

三國 大変な試練だろう。今まで米国では所得を上回る借り入れをしてまで消費をしてきた。その借り入れが出来なくなり消費が落ち込んだところに、貯蓄をして消費を抑え、借金を返すなどしてお金を投資に回すようなやり方は、迂回するようなもので消費に結びつくまで時間がかかる。今、米国の経済状態は低圧経済、つまり消費が増えていた経済から消費が増えない経済へと変わってきている。経常収支の赤字もすでに半減している状態だが、お金が今までのように円滑に流れ込んでこない。そうなると成長率は下落し、失業率も上昇したまま元に戻らず、今後の経済運営は非常に難しい局面になってくるだろう。今のところ、リーマン・ショックで急激に米国の消費が落ちた部分を、世界的な経済協調による金融緩和や財政政策で何とか下支えし、ある程度回復の軌道に乗り始めているが、この回復途上の中ではまだ本当のパラダイム・チェンジは起こっていない。この回復がいずれピークアウトした時に、自動的にパラダイム・チェンジが起こる可能性が高い。

――米国のパラダイム・チェンジが起こった局面では、株・債券・為替はどう動くのか…。

三國 大きな流れで言えば、日本のような債権国は輸出が減り、輸入が増えることで経常収支の黒字が減る。資金を海外に持ち出すことも少なくなり円高基調になる。また日本の場合は内需拡大に向かうと、海外に置いていた資金を国内に戻すことになる。円安に誘導するために異常に低くしていた金利も正常化してくるだろう。逆に米国では、お金が流出することを防ぐため金融を引き締める。金融が引き締められた状態では、株価や資産価格もなかなか本格的な上昇にはならない。それは、借金の返済が難しくなることを意味している。もしかしたら、米国はドルを安くしてインフレ政策を望むことも考えられるが、ドルを安くすれば資金が海外に流出してしまうため、インフレにはなりづらい。そもそもインフレが起こるのは、戦時に見られるように、多くの生産設備が壊された時だ。バブル期に世界中に設備投資をした結果、設備過剰となっている。今の過剰流動性がインフレを起こす原因にはどうもなりにくい。今回のパラダイム・チェンジをインフレで逃れることはなかなか難しい。世界経済の成長に欠かせない米国経済が成長するためには、米国の巨額な対外債務の処理が大きな問題となってくる。だが、ドル安政策でインフレを求めてもなかなか上手くいかないとなると、結局、米国は金融緩和を続けざるを得ない。しかしドルの暴落は避けなくてはならず、一方でなかなか負債は返せないという、米国にとっては非常に難しい局面を迎えることになるだろう。

――日本は円高になることで産業の空洞化を招くと懸念されている…。

三國 日本は今まで輸出に依存し外需主導で、世界の工場となるべく設備投資に力を入れてきた。しかし、この「世界の工場」という役割は、黒字をためすぎるとデフレを招いてしまう。輸出のために国内生産を増やすことは良いのだが、輸出代金を回収するとドル売り・円買いとなり、円高につながる。円高になると輸出が減り輸入が増え、国内生産に影響する。そこで日本全体としては輸出代金を回収せず、海外に貸し置いたままにしている。そうなると国内でお金が回らなくなってしまう。日本は今、まさにギリギリのところまで来ている。この点において、輸出が減り、輸入が増えて黒字が減ってくるということ自体は、日本経済にとってプラスと言える。確かに円高で、しかも米国が不景気だと輸出は減り、同時に資本輸出も減る。資本輸出をしないということは、即ち国内でお金が回るということだ。そのお金をきちんと稼動させて消費活動に向かわせたり、銀行がそのお金で国内の経済活動に結びつく貸し出しをすれば、製造業から非製造業に重点が移ったとしてもサービスを含めた生産活動自体は維持できる。しかも、海外から資本が戻ってくる時には購買力と通貨という2つの側面が力を発揮する。購買力は言うまでもなく、お財布の中に、例えば10万円があればそれだけ買い物が出来るというもの。もう一つの通貨は、海外から戻ってきた10万円の紙幣が日本の国内経済の中に入ってくると、その紙幣がどんどん回転していくことで経済活動を創出できるというものだ。国内金融が正常化すれば、信用創出も加わり、失った製造業の生産よりも大きい非製造業の生産となることは大いにあり得る。また、今までのような円安誘導のための超低金利が正常化に向かうと、金利所得も増える。金利所得が増えれば消費活動が活発になり、それが消費を増やしていくことにつながる。もちろん、製造業に関わる人々は、生産が縮小することで大変な状況になることが予想されるが、その時の雇用問題に関しては、民主党が全力を挙げて取り組む必要がある。民主党はそれにきちんと対応してくれると期待している。

――民主党は、内需を活発化させるための後押しとなる政策が必要だ…。

三國 内需を拡大するために2つの大きい政策がある。ひとつは製造業のリストラへの対策だ。リストラは当面、避けられないことであり、その時に雇用対策を十二分に行い消費を落とさないようにすることが大事だ。そしてもうひとつは、壮大なる経済政策を作り、消費者すなわち家計部門を経済の主役にすることだ。日本ではお金を経済に流す場合、これまでは企業と政府が中心になっていて、家計部門は蚊帳の外だった。これからは、米国のように家計部門を主役にしていくことが、日本の経済政策として必要だ。米国では家計部門を経済の主役にするために、住宅を使った。もともと米国は日本と同じ債権大国で、国内の生産設備が大きく需要が間に合わなかった。その需要を増やすために住宅を使い、住宅を買う(投資)側と、売る(融資)側の両方を政策的に膨らませ、経済の拡大を図った。米国の経済政策の間違いは、この住宅政策を、経常収支が赤字になり、しかも債務国となった80年代以降も使ってしまったことにある。日本が今後内需拡大策を考える際には、米国の債権大国時代の経済政策が大いに参考になるだろう。

――具体的な住宅政策については…。

三國 住宅を購入した場合、住宅ローン金利を所得控除するなど、個人の税制を法人と同じ扱いにすることだ。また、現在日本に眠っている多額の個人金融資産を稼動させるために、そこから生まれる金利所得を総合課税の対象にする。高い税金を払うよりは住宅を購入し、住宅ローン金利を払って税金を相殺できるとなれば、眠った資産が動き出す。とにかく、税制上個人が法人と同じ土俵に上がれば投資活動に弾みがつく。米国の住宅ローンは、サブプライムローン問題が起こったことで大変な仕組みになっていたことが判明したが、参考になることもある。米国で住宅を購入する際の最大のポイントは、ローンを返せなくなった場合には家を渡せばそれだけで済むというところだ。日本でもこのような求償権なしの仕組みをつくることで、まず銀行がきちんと審査をするようになる。一方で、海外に貸し置かれた資産を持ち帰るようになると資産価格は堅調になる。その意味では長い目で見れば、今は資産の買い時だろう(笑)。

――日銀の短観などでは常に大企業製造業ばかりが重要視されているが、もっと、個人の活動に眼を向けた金融政策を行うべきだという声もある…。

三國 民主党政権で藤井財務大臣が就任され、為替を市場に任せる政策に変えたことにより、日銀の政策自体も変わると思う。今まで日銀は、どちらかといえば海外にお金を持っていくための政策をとっていた。しかし今後は、国内でお金を回すために金利を上げて海外からお金を戻せばいい。戻ってきたお金は、今度は国内で使われるようにする。今まで日本は低成長で芽がないとも言われてきたが、私は、今、世界経済で一番可能性が出てきているのは日本だと思っている。(了)