生命保険協会 副会長 窪野 鎮治 氏

生命保険協会 副会長 窪野 鎮治 氏

生保業界の体制、根本から変わる


聞き手 編集局長 島田一

――リーマン・ショック後、金融業界は大荒れとなった。生命保険業界は…。

窪野 大和生命は破たんしてしまったが、それは、大和生命がもともと高コスト体質で、運用面でも無理をしていたという面が大きい。生命保険業界はバブルの崩壊から逆ザヤが続いていたことから、以後は全体的に堅実な運用を心がけ、体質改善も行っていた。そのため、今回のリーマン・ショックではあまり影響を受けなかった。国民のニーズも大型保障保険から医療保険や年金にシフトしていることも幸いして運用面でもあまり被害を受けなかった。ただ、変額年金の部分では株式の運用ウエイトが高いため、こういったものを銀行で積極的に売っていた一部の生保会社では、売り止めをするなど、株式の価格下落の影響を受けていた。

――不動産価格も随分下落したが、CMBS(商業用不動産ローン担保証券)などの影響は…。

窪野 80年代後半の不動産バブルの反省から、各生保会社は不動産関係のウエイトを徐々に下げていて、現在では総資産の3%に満たない。また、会社によって異なると思うが、全体的に日本の生保会社は証券化商品にはあまり投資していない。自社ビルや中核都市の不動産を保有して、それを賃貸として運用するというのが基本的なスタイルだ。そのため、証券化商品の影響はほとんど受けていないと言えるだろう。

――金融危機により、世界的に証券会社を含めた規制強化の動きが強まっている…。

窪野 今回は銀行が中心となったが、全ての金融業界に自己資本比率の見直し議論が出ている。生保業界では、今後のソルベンシー規制をどうするかが課題となっている。現在、金融庁はソルベンシー・マージン比率の算出基準の見直し案についてコンサルテーションを行っており、その中には、資本の質や、或いは、今回の金融危機を踏まえて一定の金融商品についてのリスクを見直すという提案も含まれている。さらに、今後の方向性としては、欧州で進められている新しいソルベンシー規制(ソルベンシーⅡ)や保険監督者国際機構(IAIS)が掲げるような経済価値ベースのソルベンシーを目指している。それに伴って生保会社の運用面やリスク管理面においても色々な変化が出てくる可能性もある。また、IASBの金融商品会計については11月12日に基準が決定し公表された。

――日本の運用手法は基本的に持ち切り型(バイ・アンド・ホールド)が伝統的で、そのため、一時的な時価会計での評価は良くないという考え方が多い…。

窪野 現在、国際会計基準審議会(IASB)では保険負債の時価評価導入の議論が進んでおり、我々もそこで色々な主張をしている。時価情報も有用なものであるため、将来的に一定の条件の下で時価的な評価をすることも吝かではないと思っている。ただ、今回のIASBから公表された金融商品の分類および測定に関するIFRS9では「株についてはその他包括利益に計上しても良いが、将来売却益が出た場合のリサイクルは認められない。但し、その株から生じる配当金は当期純利益へ計上して良い」とされたが、今後、株式投資がしにくくなることが懸念される。また、「債券投資の場合には償却原価法を適用する」としている。日本の多くの保険会社は債券投資を中心としているため、資産サイドの大部分は償却原価となる一方で、将来、保険負債を時価で評価することになると、大きなミスマッチが生じてしまう。金融商品に関する議論がこれでまとまったとしても、保険負債の時にこの辺りをどう考えるか、もう一度議論する必要がある。以前、日本でIAS39により金融商品の時価会計が導入された際にも、逆に「負債側は償却原価で資産側だけ時価評価された場合、金利変動によって生じたミスマッチをどう考えるか」という議論になったが、それは「責任準備金対応債券」としてマッチさせることになった。このように、超長期の投資でリスク管理をしている生保については、資産負債のマッチングをよく考えながら会計処理をしていく必要があると考える。

――長期投資のスタンスを反映した会計にしなければならない…。

窪野 欧州で行われているソルベンシーⅡの議論でも、例えば、株のリスクレシオを景気の状況によって変えるなど、プロシクリカリティー(景気循環増幅効果)を減らすための工夫が少しずつ入っている。ただ、最近、自己資本の規制はとにかく厳しくしようという方向にあるため、ソルベンシーⅡでも当初は経済価値ベースということで、リスク管理をしっかりやっているところには所要資本額が軽減されるのではないかという認識だったが、むしろ金融危機後の金融監督当局のスタンスでは欧州の生保会社には何割増しかの自己資本が求められるのではないかとの懸念がある。次のQIS5(定量的影響度調査)ではその辺りが焦点になるだろう。

――欧州では資産自体がいい加減であるため、自己資本を高める必要があると聞く。一方で、日本の生保会社はこの10年間、含み損などを除去して内容も非常に良い。自己資本比率をそこまで高める必要はあるのか…。

窪野 欧米の銀行ではトレーディング勘定に相当の資産が入っていて、そこに非常に大きなリスクがあった。そのマーケットリスクが軽く評価されすぎていたというのが今回の金融危機の反省点だろう。一方で、日本のトレーディング勘定は非常に堅実に運用しているため、こういった問題は少なかった。また、欧州の金融機関はいわゆる減損会計が十分に行われていなかったのではないかという指摘もある。金融界の人々と話をしていると、欧米では投資のためのヴィークルを割と簡単にオフバランスにすることができ、一方で日本は規制がきついという意見が多かった。今回の危機を見ていても、簡単にオフバランスにしたために傷が深くなり、最終的にはオフバランスになっていても母体が損失を引き受けなくてはならなかった。

――金融商品取引法等に対応して、生保協会が取り組んでいることは…。

窪野 変額年金や変額保険は投資信託と似た要素があるため、生保会社にも同レベルの規制がかかっているが、主力の保険商品については、保険商品なりの、別の形での消費者への配慮が必要だと考えている。特に保険金の支払い問題では各関係者に大変なご迷惑をかけたため、保険需要者のニーズに合った販売の仕方や、その後のフォローアップのためのガイドラインやベストプラクティスの例の提示などが、今、協会としての大きな仕事となっている。また、保険会社と消費者間での色々なトラブルの処理におけるADR(裁判外紛争解決手続)では、非常に中立性の高いメンバーに担当していただき、裁定が下った場合には保険会社側は争うことができないという強い運営もしている。同時に個別各社でもそういったトラブルを処理できるように、随分と体制を整えている。

――なぜ不払い問題は起こったのか…。

窪野 保険会社は新規の販売に熱心で、その後のフォローアップにあまり時間・労力をかけていなかったというのが一つの大きな理由だ。また、請求する側が契約内容の詳細をよく把握せずに入院給付金だけを請求した場合に、通院給付金も契約内容に含まれていれば、保険会社側がそれに気づいて注意喚起をしてくれるべきではないのかといったようなことがある。これらの反省に基づいて、生保会社によってはフォローアップ努力に対して営業職員に一定の報酬を払うなど、報酬体系にもインセンティブを与えるように仕組みを整えている。

――不払い問題を契機に、生保業界の体制が変わってきている…。

窪野 根本から変わってきている。消費者のニーズはこれまでの大型死亡保障から、様々な医療保険、介護保険、年金へと変化してきており、生命保険料控除の拡充も政府決定となった。これは、今までの一般生命保険料控除と個人年金保険料控除に加えて、新たに介護医療保険料控除という枠が設けられ、総額最大12万円の控除が受けられるようになるというものだ。法案は次の国会に提出され、実際に制度が始まるのは平成24年からになるが、保険会社などの新しい商品やサービスへの取り組みにも一段と力が入るだろう。同法案について新政権にもご理解いただけると期待している。

――新政権では年金や保険制度を抜本的に見直すとしているが…。

窪野 新政権の下では、公的年金制度や医療保険制度に対して大きな改革をしようということになっているが、その辺りの将来像が早く見えてくることを望んでいる。政府が行う公的年金・保険制度と民間保険の役割分担については、米国のように民間のウエイトが高いところや、欧州のように基本的な部分は公的な保険で行い、民間は補完的な役割を果たしているところなど、様々なやり方がある。その辺りをどう選択していくのか。民間医療保険や個人・企業年金で公的保障を補完している立場からすると、その方向性が見えないことには、我々の補完の仕方も役割分担もどのような形で果たして行くべきなのか見定めることが出来ない。政府が国民的なコンセンサスをもとに、意思決定をしていただいた上で、保険会社はその枠組みの中で、これからも様々な工夫をしていかなくてはならない。どうか長期的に安定した制度設計をしていただき、生保業界としても、その補完に全力で取り組んで参りたいと思っている。(了)