証券取引等監視委員会 事務局長 木下 信行 氏

証券取引等監視委員会 事務局長 木下 信行 氏

情報管理と開示が企業の最重要課題


聞き手 編集局長 島田一

――最近、証券取引等監視委員会の活動が目立っている…。

木下 創設当初に比べて、課徴金調査、開示検査、証券会社の財務の検査の3つが権限として付け加えられ、活動の幅が広がっている。組織自体も大きくなってきており、委員会発足当時の定員90人程度が、今では370人になった。人材も徐々に豊富になってきており、民間人や検察、国税や税関の人などを含め、それぞれのノウハウを持ったプロフェッショナルな人たちが、高いモラルで活動している。調査技法のノウハウの勉強会なども活発に行われており、非常に強力な組織となってきたと言えるだろう。

――今後も増員していく…。

木下 まず、不公正取引を防ぐためには、コンピューター化やインターナショナル化を進めるための人員が必要になってきている。また、最近では、流通市場ばかりでなく発行市場で不公正ファイナンスを行う事例が多く、これにしっかりと取り組んでいかなくてはならない。これまで主流だった流通市場での不公正取引に比べ、発行市場における不公正ファイナンスは、案件も大きく、複雑になるため、全国的な体制整備が必要になっている。一方、証券検査については、金融商品取引法の施行や改正により、行政需要が非常に大きくなってきている。検査対象となる事業者数が9000社程度と、昔に比べて数が大幅に増えたため、全く人が足りない。検査を実施するにあたっても、株取引やファンド、FXなどそれぞれで必要となるノウハウが全く違う。例えば、証券会社でもグローバルベースの事業者であれば金融工学、ネット証券であれば情報システムのセキュリティ、REIT等では不動産の知識が不可欠になる。現在の職員の数やバリエーションではとても追いつかない状況だ。もちろん増員は必要だと考えているが、並行して、今、自分たちが少しでも合理化出来ることとして、個別事象の検証ではなく、個別事象を生み出すような態勢の検証に向けた取り組みへとシフトしている。

――個別事象を生み出す態勢の検証とは…。

木下 会計士監査で言うリスク・アプローチのようなものだ。企業の活動が非常に複雑、且つ、大きくなったため、会計士は監査対象の全てに眼を通すことが困難になっているので、リスクのある項目に集中して監査を行うようにしたのがリスク・アプローチだ。我々もそれと同じような考え方ですすめていかないと、とても手に負えない。法令違反を生み出すような仕事の進め方になっていないかということを大局的に考えていくとともに、問題があるとみられるところに関しては重点的に検証する。そのためには事前のリスク評価が必要であり、日ごろからの活動が重要になる。また、膨大な数の対象をリスク評価するためにはコンピューター化を進めることもポイントとなってくる。

――不正取引を防ぐために、コンピューター化が急がれる…。

木下 コンピューターのかかわりには、二つの面がある。まず、我々の仕事は、たくさんの情報を効率的に分析するので、コンピューター処理することに大きな意味のある分野といえる。また、投資家が行うコンピューターベースでの取引にも、きちんと対応できることが求められており、情報システムに関する新しいノウハウが重要になっている。もう一つの課題はインターナショナル化だ。日本で不公正取引が行われる場合でも、例えば、外国のファンドが日本で不公正取引を行って収益を得たり、日本の投資家が外国にあるプライベートバンキングを経由して不正を行ったりするなど、様々なバリエーションが考えられる。我々が国内外で境を作ってしまうと、こうした不正がすり抜けられてしまうため、基本的に国内外に関係なく監視できる体制にしたいと考えている。ただ、当局の権限の範囲があるため、そのためには、海外当局とよく協力をしていくことが欠かせない。

――組織一人一人の、仕事に対する意識も変化してきている…。

木下 昔に比べると、考え方が随分と変わってきている。設立当初の組織は捜査機関的な色彩が強く、事件になったものをきちんと捜査して告発する方向にもっていくことが仕事だという考えであったと聞いているが、最近、状況が変わってきた。刑事的な対処には証拠固めなどで非常に時間が掛かり、なかなか事件として手が出せない間に物事が大きくなってしまう場合もある。その弊害の最も大きかったものがライブドア事件だ。変なビジネスの仕方をやっていたことはずっとわかっていたのだが、当時の考え方だとあながち違法ともいえず、きちんと立件価値を確認出来るまでは手をつけられないという状態が続いた。その間に問題が非常に大きくなり、はっきりと違法と確認できた時に始めて手をつけたら、マーケットに甚大な影響を与えてしまった。この点、課徴金制度を利用して早いタイミングで勧告するようにしておけば、マーケットの人たちはよく情報をみており、駄目なものは駄目だと判るので、大きな問題にはならない。証券市場での不公正な取引や粉飾に対しては、事後に厳しく取り締まることが基本的な手段になるが、我々の仕事の目標は、過去にあった問題を通じて事前に警告を発することだ。この点について、今の組織一人一人の頭の整理はきちんと出来てきていると思う。

――最近は、建議なども頻繁に出されている…。

木下 我々の仕事の最終的目標は市場の規律の確立にあり、民間や投資家の中できちんとしたプラクティスが確立し、その結果として不公正取引が抑制されていくことが望ましい。そう考えると、そこには弁護士や公認会計士等の仕事の仕方が大事になってくる。そこで我々は、これまで調査した結果を踏まえて、自主規制団体のみならず、市場に関連する色々な団体に自律的に規律を高めてもらうような情報を発信している。金融庁に対する建議はもちろん重要であるが、他の諸団体とも活発に情報交換をして問題提起を行っている。

――今後の取り組みは…。

木下 企業では、インサイダー取引を犯さないように部内の職員に対して厳しいコンプライアンスを課しているが、最近の事件をみると、それだけでは必ずしも十分とは言えないと思う。今、TOBに関連したインサイダー取引が増えており、企業から情報を受け取った部外の人たちが問題を起こしている。企業が部外の人に対してコンプライアンスをきちんと守るように管理することは難しい。発行体は、自分の会社の職員は悪い事をしていないのだからそれで良いのではないかという発想かもしれないが、それは違う。これは、コンプライアンス面だけからインサイダー取引をみることの弊害だ。企業には、情報の管理と開示が経営上の最重要課題だということを、是非考えてもらいたい。上場企業にとっては、自分たちの経営上の重要情報を如何にマーケットに出していくかが一番大事であり、そこに問題があった時の最後の手段として我々が取り締まるという位置付けをはっきりとさせていきたいと思っている。マーケットにとって重要な情報を、必要な人に、必要な範囲内で開示するというプラクティスが必要だ。

――企業をそのような意識に変えていくために、具体策はあるのか…。

木下 ポイントは、証券市場のインテグリティを確保するための鍵が情報の管理と開示にあるということを、発行体、証券会社、公認会計士、弁護士等の方々に理解してもらうことだと考えている。例えば、MSCBを用いたファイナンスを行う時にどういう情報がマーケットに出されるべきかである。それが法令違反かどうかを考える以前に、市場のインテグリティを考えると、発行に関わるプロフェッショナル達としては、どういうプラクティスを行うべきなのかが鍵になる。我々は、そういったプロフェッショナル達に適切なプラクティスを確立してもらうように活動していく。(了)