いちよし証券 取締役執行役社長 武樋 政司 氏

いちよし証券 取締役執行役社長 武樋 政司 氏

ブティック型証券が拡大へ



聞き手 編集局長 島田一

――いちよし証券の社長に就任されて15年…。

武樋 証券業界は非常におもしろい。今でも私は新入社員達に「もう一度就職するとしても、また私は証券業を選ぶと思う」という話をしている。私が大学卒業後1967年に野村證券に入社した頃はちょうど証券不況の時期で、金融業界を目指す学生は皆銀行などに入っていた。当時、野村證券の株価は80円くらい。しかし、それから22年後の89年大納会の日経平均は3万8915円をつけるほど伸びていった時代だった。その後は右肩下がりになった訳だが、現在、いちよし証券では「ブランド・ブティックハウス型の証券会社」の構築に皆が一丸となって取り組んでいる。それは、デパート型でもホールセール型でも、ネット証券でもない特色ある証券会社だ。決して大型である必要はない。小さくても、お客様に本当に満足してもらえるアドバイスを提供できる会社を目指している。米国では1975年に規制緩和を行ったことで、その後10年の間に証券会社トップ10で生き残ったのは、たったの2社になった。その後、90年代から2000年代にかけて急成長したのは、個人資産運用のエドワードジョーンズや中小型株を専門に扱っていたところだ。そう考えると、日本も日本ビッグバンから10年が経った今、実質残っている大手証券会社は野村と大和の2社となり、いよいよ今後は米国と同じようにブティックハウス型の証券会社が拡大していくのではないかと考えている。

――いちよし証券では中小型株に特化したビジネスを行っている…。

武樋 中小型といっても、基本的にはこれから新規公開していく会社の株だ。今、我々が幹事やシンジケート団、委託販売団を務める会社は約840社だが、それらの時価総額の平均は30億円程度で、いわゆる新興市場だ。何より我々の強みは、いちよしグループのリサーチ部門となるいちよし経済研究所であり、ここが我々の掲げる「トライアングル・ピラミッド戦略」の土台となり、個人部門、法人部門、サポート・プロダクト部門という側面をしっかりと支えている。そして、各面がきちんとワークしていくことで、お客様に良い情報を提供出来ると考えている。いちよし経済研究所は現在アナリスト17〜18名で中小型約300銘柄をカバーしており、機関投資家からも大きな信頼をいただいている。新興市場の部においては、いちよし経済研究所のリサーチを一番参考にしているというデータも出ている。この分野に特化して十数年、新興市場から始まり、そこから大きくなって一部に上場した会社もある。その27社は、現在我々が主幹事として担当している。

――新興市場はここ数年厳しい状況が続いていたため、それなりに大変だったのではないか…。

武樋 06年1月にライブドア事件があり、その後、村上ファンド事件があった。それから昨年3月までの3年余りで、マザーズとヘラクレス市場の規模は10分の1になった。ジャスダックも約3分の1になっている。これまでは、多い年は200社近い新規公開があったが、昨年の新規公開は19社、今年も多くて30社くらいだろう。しかし、過去90年代から、新興市場は3年間下がると2年間上がるというサイクルを繰り返してきた。今回はリーマン・ショックなども重なり非常に大変だった分、これから段々良くなってくるのではないかと期待している。

――新興市場が10分の1になる過程で、御社はどのような経営方針だったのか…。

武樋 とにかく我慢し中小型株に特化してきた。また、株式に加えて投資信託にも注力してきた。93年に約4,000億円だった預かり資産は、現在では約3倍に増えているが、これは投資信託の預かり資産が増えてきたことによるものだ。すでに株の預かり資産よりも、投資信託の方が多くなっており、今の時代、お客様の資産運用には投資信託が必要ということがわかる。預かり資産はお客様の信頼とわが社の基礎体力のバロメーターだ。また、投資信託においては、信託報酬で色々な経費をカバー出来れば、株式市場にも影響されず、お客様にゆとりを持ってアドバイスが出来るようになると考えている。この点、97年は4%のカバー率だったが、今では30%になっている。これが50%になればさらに楽になるだろう。さらに、引受やディーリングなどといった株以外のところもあわせて経費を全部賄えれば、株の収益が全部利益になる。これが理想だ。

――その他、御社独自の取り組みとは…。

武樋 我々は10年間、「公募仕組み債は取り扱わない」「債券は格付の高いものしか取り扱わない」「私募ファンドは取り扱わない」「個別外国株は勧誘しない。外国株は投資信託での保有を勧める」「投信運用会社は信頼性と継続性で選ぶ」「先物・オプション、FXは取り扱わない」といった、『いちよし基準』を守り続けている。その中で投資信託が伸びたのは、ネットバブル後の証券会社が大変厳しくなった時期だ。1999年から2001年までの間には、業界でEB日経リンク債が3兆円ほど売れたが、我々は『いちよし基準』を守って、これを取り扱わなかった。代わりにローリスクのグローバルソブリン(以下、グロソブ)を扱い始めた。グロソブは現在4兆数千億円規模だが、当時の残高は1,500億円程度。当社はグロソブに関して長い間トップのシェアを誇っていた。今、投資信託はグロソブが5割弱程度だ。ローリスク・ローリターンのグロソブをベースに、ミドルリスクのリートや日本株、そしてハイリスクとなるインドや中国、BRICsなどといったHSBCの新興国ファンドをピラミッド型にして組み立てている。

――『いちよし基準』を10年間も守り続けるのは大変だった…。

武樋 01年から03年までは3年連続の赤字で我慢の日々だった。我社では手数料の安いローリスク・ローリターンを扱っていたため収益が上がらず、他のほとんどの証券会社で01年は黒字だったのに比べて赤字期間が一年長かった。しかし我慢する期間も必要だと私は思っている。この3年半も我々は我慢し続け、研究所、機関投資家本部、投資銀行本部などは継続して業務を行ってきた。今の中期経営計画の終盤となる2012年の3月までには中小型株の先行投資も実ってくるだろう。そもそも大企業が海外進出を図る中で、中小企業が頑張ってくれないことには日本経済は大きくならない。

――大企業は海外進出を拡大させているが、中堅企業でも海外に進出するところは多いのか…。

武樋 大きい企業だけでなく、製造会社や流通会社などは海外に進出している。特に、中国は市場主義に変わり、2000年代に入ってからアジアは安い労働力を武器に世界の工場になった。そして今度は、アジアに10億人単位という大消費者層が出来てきた。日本の内需活性化ももちろん必要だが、そういった大消費者がいるアジアのマーケットは、大企業も中小企業も無視できない。しかし我々証券業はそういった海外に行く必要がない。世界に冠たる貯蓄率を誇る日本がここにある。貯蓄から投資へというトレンドは今後も間違いなく続いていくだろう。他の各国では、全体資産の内、預貯金が最高でも30%、有価証券が40%程度という割合が普通なのに対し、日本は個人資産1456兆円の半分以上が預貯金になっている。しかも0.06%〜0.1%の金利においてだ。日本人は皆、リスクをどの程度取るかを含めて、財産運用をもっときちんと考える時代に入ってきている。

――日本の財政も破たんする可能性が強くなってきている…。

武樋 経済が成長して税収が入ってくる道筋を作らない限りは、国債も絶対安全とは言い切れない。パイの分配だけを考えるのではなく、どうすればパイが拡大するのか、民間が活性化するにはどうすればいいのかというようなことを、もっと真剣に考えるべきだ。法人税の税収だけで6兆円程度。これでは本当に社会主義国家だ。市場経済であれば、お金持ちがある程度出てきても、それなりにサクセスストーリーがある。しかも、セービングボードがあり、失敗してももう一度チャレンジすることが出来る。もちろん、光の当たらないところに手を差し伸べることも必要だが、まずは、市場経済と資本主義の根元のところをしっかり見直していくべきだ。そうしないことには、本当に国債も危なくなるだろう。(了)