社債市場の活性化に関する懇談会副座長 慶應義塾大学教授 吉野直行氏

社債市場の活性化に関する懇談会副座長 慶應義塾大学教授 吉野直行氏

社債市場整備で日本経済の衰退を阻止



聞き手 編集局長 島田一

――社債市場の活性化に向けた取り組みを進められている…。

吉野 グローバル化の中で、日本だけは未だに預貯金が中心で、投資家が多様な商品を扱うことに慣れていない。社債市場についても一部の優良企業が発行するだけで、事実上、ミドルリスクの企業は発行出来ない状況にあり、非常に限られた市場になっている。歴史的に見ると、戦前、日本で社債市場が出来た当初はあまりにも色々な会社が社債を発行し、中には倒産する企業もあった。そこで、個人が損をしないように、本当に優良な企業だけに発行させるように、社債浄化運動が行なわれたという経緯がある。また、日本には以前、長期信用銀行という、企業に対して長期的に資金を貸し出す、つまり社債の代わりをするところがあったため、社債市場を意図して大きくする必要はなかった。しかし、長期信用銀行が無くなった今、企業が長期で安定して資金を調達するには、社債市場は不可欠だ。そこで、社債市場を発展させることで金融を安定させようと、「社債市場の活性化に関する懇談会」を発足し、この程その報告を発表したという訳だ。

――欧米並みに社債市場を整えなければ、今後、企業は資金調達が出来なくなると…。

吉野 昔はBIS規制も無かったため、銀行はもう少しリスクをとることが出来た。預金でお金を調達して、中小企業や成長企業にお金を貸すというのがこれまでの日本の銀行のやり方だった。しかし、新BIS規制の影響で、日本の金融機関は今後、貸出しを収縮せざるを得ない状況になってくる。私個人の意見としては、本来BIS規制は国ごとに基準を決めるべきだと思う。金融市場の大きさも違い、銀行構造も違うのに、自己資本比率を一律8%にするのは無理がある。さらに、サブプライム問題が起こって以降は、一段と厳しい規制に走っているが、日本はそういうグローバルな場で国際的なルールを作るときに、もっと発言していかなくてはならない。BIS規制を含めて、欧米が色々なことを言ってくることにきちんと反論出来なければ、例えば日本の銀行業が多様化したいと思っていても、それが出来なくなる可能性が高い。それによって、中小企業、ベンチャー企業、あるいはBBB格の企業などが銀行から借り入れできなくなれば、日本経済は衰退の一途を辿ることになるだろう。

――日本で発行される社債の格付けは、その殆どがA格以上だ…。

吉野 米国では、投資適格とされる企業にはBBB格も含まれ、さらにBB格以下の非投資適格(投機的)とされる企業からも社債は発行されており、資金調達が多様化されている。一方で、日本の社債市場は規模が小さく、格付の高い企業に偏在している。さらに銀行のシェアが高く、流通市場がないといった現状に加えて、直近では、景気の低迷で企業の設備投資が抑制されている状況にあり、社債発行自体が少ない。社債の発行が不活発だと、流通市場も育たず海外投資家もなかなか日本の市場に参入出来ない。企業においては、サブプライムローンの金融危機以降、特に資金調達の多様化・分散化の重要性が大きく認識されており、社債市場を活性化することが求められている。我々は、社債市場が一層効率的で、透明性や流動性を高めるための仕組みを整えることで、日本の企業がより柔軟に資金調達出来るようにし、さらには、少しリスクのある企業にもお金が流れるようにすることで、日本の経済成長を促すことが必要だと考えている。

――日本の社債発行市場における問題点は…。

吉野 まずは、証券会社の引受審査の問題が挙げられる。日本では金融商品取引法上の四半期報告制度に伴い、適正性に関する確認書制度も義務付けられているが、その確認書を公認会計士や監査法人がレビューする間、証券会社は引受人になることに対して非常に慎重になる、つまり社債を発行出来ない期間が増えているということだ。この点、例えば、財務諸表に誤りがあっても、その責任の取り方を明確にしてさえおけば、四半期開示の下でも、もう少し柔軟に起債出来るというような仕組み作りが必要だ。現に米国では四半期開示制度でも殆どの期間で起債出来ている。その辺りを日本も参考にして改善していくべきだ。また、社債発行条件の決定手続きの整備においては、現状、証券会社が投資家の需要予測をしながら大体の価格を決めるのだが、この点、日本の場合には、一部に重複やカラ需要が起こっており、発行直後に流通市場での「ディスカウント販売」(発行条件を下回る条件での販売)の誘引の一つになっているとの指摘がある。つまり、発行時の価格決定制度が上手く機能していないということだ。そこで、発行条件に関しては、主幹事証券会社が投資家の需要を予想して販売責任を負うような「POT方式」を導入することも検討している。さらにもう一つ重要な事として、様々なレベルの企業が社債を発行出来るようにするためには、コベナンツの付与と情報開示が欠かせない。コベナンツ、つまり担保提供の制限などの特約をきちんとつけることによって、資金回収を可能にしておく。さらに、そのコベナンツがどういう状況にあるのかを分かるようにすることも必要だ。米国の8-K(臨時報告書フォーム)のように、デフォルトの可能性を事前に感知し、それに対処できるような仕組みを日本でも取り入れていく必要がある。同時に、例えば、社債を発行した企業が破たんした場合に社債管理者がいなければ、担保をどのように保全するのか、あるいは社債がデフォルトした場合に投資家にどのように分配金を払うのか等といった処置は難しい。この点、米国はトラスティー制度といって、社債管理者をきちんと置く制度が定められ、万が一破たんした企業に対しての債権を保全するシステムを敷いているが、その辺りも学ぶ必要がある。

――流通市場については…。

吉野 流通市場では実勢価格を市場に出していく必要があるのだが、現在、日本証券業協会が発表している「公社債店頭売買参考統計値」にはタイムラグがあり、必ずしも実勢を反映していないという指摘がある。この部分においても、米国のTRACE(The Trade Reporting and Compliance Engine)制度や、英国のボンドマーケットプライス・ドット・コムのように、取引情報や、実勢により近い価格を出すような仕組みを作ることが求められている。社債の流通価格がタイムラグ無くきちんと公表されることが、流通市場を活発化させる鍵となるだろう。機関投資家も、社債市場に流動性を求めている。この点、社債におけるレポ市場の整備及び決済・清算システムの機能拡充も課題となってくる。レポ市場で社債の取引が活発になれば、流通市場も育ってくるだろう。市場インフラと市場慣行について加えるならば、この6月から実施された非居住者の社債利子の非課税制度が定着すれば、海外投資家が日本でもっと取り引きしやすくなると考えている。

――個人が安心して社債を買うことが出来るシステムを作っていくことも重要だ…。

吉野 国債も、最初は銀行と機関投資家向けだったが、個人向け国債を出すようになってからは、窓口に寄せられた様々な意見をもとに改善を重ねて今に至っている。個人向け社債も同じだろう。まずは、社債の投資家教育及び社債市場に関する様々なデータの整備、さらには社債のIRの推進が必要だ。個人投資家の方々に「これからは社債にも少し投資しよう」と思ってもらうためには、やはり、社債の特徴に関する金融教育が欠かせない。同時に、社債を発行する企業がIR活動を行うことによって、自分の企業の内容を公表していくことも必要だ。

――社債市場におけるアジアとの連携について…。

吉野 アジアでは企業の社債はほとんど発行されていないため、日本が先頭に立ってアジアの社債制度を整備することが求められている。上手くいけば、日本の社債市場でアジア諸国が自国の社債を発行してみようという考えも生まれてくるかもしれない。そうなれば、日本はアジア全体の社債発行市場のリード役になる。現実にその社債市場が出来上がれば、アジアの様々な企業も長期的に資金を調達することが可能になり、通貨危機時にも安定して企業活動を続けられるようになるだろう。色々な方策をとりながら日本の社債市場を早急に整備し、それによって日本がアジア市場の中心となっていくことを期待したい。(了)