日本ベンチャーキャピタル協会 会長 呉 雅俊 氏

日本ベンチャーキャピタル協会 会長 呉 雅俊 氏

セーフハーバールール等の導入を



聞き手 編集局長 島田一

――当協会の会長に就任されて一年。業界を取り巻く環境の変化は…。

 リーマン・ショックという大規模な金融危機が起こり、新産業へ目が届かなくなったという環境は、一年経った今も何ら変わっていない。日本はアジアの中で最初に成熟国となってしまったために、今後、日本なりの投資の魅力を作っていかないことには、世界の国から見離され、資金は集まってこない。日本の本当の強みは何なのかをしっかり考え、その強みを長期的に育てていく仕組みが無ければ、新しい産業も育たない。それなのに、先行きへの不安から資金は短期のビッグディールで利ざやをとる方法へ移り、長期資金は減少している。全てが短期資金にばかりシフトしてしまえば、結果的にベンチャーファンドへの投資者はいなくなり、スモールキャップの買い手もいなくなる。そうなると自然とマーケットに出ることも出来なくなり、入口も出口も塞がれて、せっかく育ててきたものも成長しきれずに途中で止まってしまう。そんな状態がここ2年程度続いている。

――リーマン・ショック以降、日本人の投資に対する姿勢はさらに慎重なものとなり、ベンチャーキャピタルなどへの資金の流れがストップしてしまった…。

 日本では、なかなか潜在的成長力を評価していく考え方に切り替わらない。スモールキャップの分析はアナリストにとってもお金にならないため、潜在的成長力を評価する人たちもいなくなる。こうして日本の新興市場は、個人投資家のデイトレード場になってしまった。幅広いプレイヤーがインセンティブを持ってプレー出来るようなマーケットにするためには、政策的に新興企業の手数料を上げるなどして、業者がスモールキャップを扱って儲かるようにすることも必要なのではないか。また、色々な銘柄がある中で、この何年かは新興市場で不祥事を起こしたものだけがクローズアップされていたため、新興市場の上場基準が厳しくなっていった。投資家保護という観点も必要だが、本当の意味で成長性のある企業を上場させてこなかったことが問題であり、それが悪循環となっている。

――新興市場へ安全確実なものだけを上場させるようになれば、成長性もなくなる…。

 米国では、NYSEという確立されたマーケットからはイノベーションが起こらないという前提でNASDAQを作り、それが70年代後半〜80年代に隆盛となった。日本もそういったコンセンサスをとるべきだ。新興市場というのは、成長可能性のある企業にチャレンジさせる場だ。駄目な企業もある中で、化ける企業もある。私はそれが新興企業だと思っていたし、マザーズの最初の理念にもそう書いてあったはずだ。しかし、変な企業が出てくる度に審査が厳しくなり、結局、成長力は低くても安全な銘柄しか上場出来ないようになってきた。マザーズは、今や規模が小さいだけの東証3部市場だ。市場の規制と投資家保護のための規制でガチガチになってしまうと、ベンチャー企業を応援しようと考えている我々は、非常にやりづらい状況に追い込まれてしまう。

――責任の取り方を明確にすることが必要だ…。

 米国にはセーフハーバーというルールがあり、そこだけきちんと守っていれば業者は問われないのだが、日本にはそういったルールが無いため、後で何を言われるかわからないという不安がある。特に日本のマスコミは何か不祥事が起こった場合、問題を起こした発行会社だけでなく、証券会社や監査法人に対してもアラ探しする傾向にあるが、まずは発行会社が悪いと言うことを徹底させ、それに伴った罰則規定をもっと厳しくすべきだ。すでに罰則はかなり強化されているが、まだ不正を行ってしまうということは、日本では不正を行う前に潰れても、不正を行って潰れても、受けるダメージが同じだからだ。また、上場せずに失敗した人たちに関しては、もう一度やりなおせるような仕組みを作り、これ以上の経営は無理だと判断した場合に、途中で止め易い環境を作ることも必要なのではないか。エクイティ投資は投資家責任という本質を、特にベンチャー企業に対しては徹底させるべきだろう。また、日本は税制問題も非常に面倒だ。例えばお金を貸していても法的処理に入らない限り無税償却(損金算入)は出来ない。この点、個人的にはリビングデッドなどになってしまったものに関しては損金算入できる税制も認めるべきだと思う。一生懸命チャレンジをして駄目だった企業を復活させる仕組みと、成長可能性を認めた投資家に対してどこまで委ねていいのかの境界線を、早急にルール化する必要がある。

――引受証券も、公認会計士も、取引所も、それぞれに手数料を貰っている。もし、そこで粉飾企業が現れるようであれば、その手数料は返すなどの責任を取るべきだ…。

 確かにそういった責任限定案は良いかもしれない。問題は何を咎めるかだ。私は、嘘は絶対に駄目だと思う。開示されていることは絶対に本当でなければならない。ところが、日本の証券会社や監査法人などは、将来まで担保させられている。なぜ、公認会計士がゴーイングコンサーン情報を書かなくてはならないのか。なぜその会社の将来を公認会計士が担保出来るのか、それがそもそも不思議だ。同様に、上場のために証券会社が行なう企業分析も、もともとどれだけの可能性があるかもわからないのに、2期目、3期目がどうなるのかなどわかるはずがない。開示されている真実の情報のあとは、マーケットが決めるものだ。経済が右肩下がりの時は上場企業だって下方修正する。それがベンチャー企業だけ許されないとはおかしなことだ。

――ベンチャーキャピタルが低迷すれば、日本経済の成長も低迷していく…。

 本来のベンチャーキャピタル事業とは、発掘と育成であり、そこには専門性が必要になる。2000年のITベンチャー関連バブル期には、何も努力しなくても良い思いが出来たと、それが当たり前と思う人達もいたが、今は、上場して投資時より株が安くなることが当たり前に起こっている時代となり、ベンチャーキャピタルとしても、自分たちのネットワークをフル活用して、如何に短期間にその会社の価値を上げられるかが勝負の分かれ目となっている。各々のベンチャーキャピタルも、ようやく特徴を持った企業のあり方を模索し始めており、この辺りがどのように固まってくるかで、これからのベンチャーキャピタルの歴史も変わってくるだろう。

――世界中で金融機関の規制が厳しくなり、銀行や投資銀行などのお金の流れが鈍化していく分、ベンチャーキャピタルの社会的ニーズは高まっていくことが期待されている…。

 BIS規制やヘッジファンド規制などで、銀行はリスクウェイトを低くせざるを得なくなった。ベンチャーキャピタルの資金の出し手も実際には銀行が多いため、ここで銀行がリスクウェイトを低くし、損保や事業会社も資金を出さなくなると、市場はどんどん枯れていってしまう。この点、米国でその危機を支えたのは年金だったが、日本の年金はなかなか自由に運用できない。本来ならば、リスクウェイトのアロケーションをある程度とって分散投資すべきなのだが、そういう感性が日本では非常に薄い。しかし、これまでのような過小エクイティ過大デッドの運用では、ボラティリティが激しい今は最も危ない。経営者はもっとエクイティを厚くすることを考えなくてはならない。エクイティとデッドのバランスの中で経営は成り立っている。

――ベンチャー企業にお金を流すために必要な制度案は…。

 まずは入口と出口を開かなくてはならない。今の大きな市場の中で、ベンチャー企業が同じルールでやろうとしても、それには無理があるため、ベンチャー特区を作ってほしい。また、資金面においても、年金資金などが入ってくるように間口を広げてもらいたい。将来の産業を構築するために年金資金の0.1%でも流して欲しい。さらに、税制などを見直していくことも必要だろう。例えば、ベンチャー特区で利益を上げた分に関しては税金をとらない代わりに、そこで受けた損失に関しても一切国の責任はないというようなシステムを確立することで、業者も投資家も魅力を感じる市場となることだろう。このように、強制的に新しい産業を作り出すシステムを特区として作ることで、日本の新しい成長の種が大きく育っていくはずだ。(了)