慶應義塾大学 経済学部教授 経済学博士 木村 福成 氏

慶應義塾大学 経済学部教授 経済学博士 木村 福成 氏

進むアジアの国際生産分業



聞き手 編集局長 島田一

――御専門は国際貿易論ということだが、アジアにおける貿易の特徴は…。

木村 アジアでは生産工程単位の地域分業が進んでいる。普通、先進国と発展途上国の間のみで行なわれる国際分業が、アジアの場合は色々な国が参加して、途上国同士を含む国際的な生産工程の分業が進んでいる。途上国側が一方的に一次産品を輸出し、先進国側が製造業品全般を輸出するというようなものでもなく、産業内で輸出も輸入も行っている。貿易されるものは、部品・中間財の割合が高い。その企業が得意としているものや企業立地などの特徴を上手く使い分けながら、国際分業の先進地域となっている。一番極端な例はコンピューター関係のHDDだが、HDDに必要となる30数点の部品の製造はアジア各国に散らばっている。色々な国で部品を分業して作りながら、最終的には組み立ててコンピューターに組み込み、世界に出荷している。

――アジアで国際間分業が発達した理由は…。

木村 アジアで分業の流れを可能にした一つの理由は、比較的近接した地域の中に、発展段階の違う国がたくさんあったからだ。賃金水準も立地条件も違えば、そこに分業する意味が出てくる。加えて、それらの国を結ぶ飛行機や海運のコストが下がっているということも大きい。特に、エレクトロニクスやコンピューターの部品は、比較的、小さくて軽く標準化したものが多く、運搬も容易だ。それも国際分業が発達する一因になった。機械産業に強いアジア地域には、多くの数の部品が必要となり、そこに立地条件やロジスティックのリンクが発達してきたことで、強固な生産ネットワークが出来上がったという訳だ。

――分散立地と同時に、途上国側での産業集積も出来上がっている…。

木村 近距離内では企業間分業が、離れた地域間では企業内分業が行なわれている。例えば、韓国やベトナム、マレーシアでそれぞれ作った部品を、タイで組み立てて、米国に持っていくというような仕組みだ。これが、米国とメキシコ間における取引であれば、米国の自社工場をメキシコに作り、そこで組み立てたものを米国に戻すというような単純なシステムだが、アジアにおいては途上国側で産業集積が出来ているところに特徴がある。さらに、すでに活発に行なわれているアジア間での輸出入だが、インドネシア、ベトナム、インドなどにおいては、まだまだ伸びる余地がある。

――アジアにおける日本の企業や政府の役割は…。

木村 広域インフラ開発への取り組みも踏まえて、政府はFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)の推進に力を入れている。途上国の若い人材を日本に受け入れるといった話もあるが、大事なことは、日本の国境線を跨いだ後に、きちんと管理出来るシステムを作ることだ。雇用者に責任を負わせるような管理システムと権利保障をセットにして進めていかなければならない。また、ASEAN+3やASEAN+6の間でFTAを締結するという話もあるが、これは日中韓が何らかの形で協力しなければ難しいだろう。金融面ではチェンマイ・イニシアティブなどで協力が進んでいる部分もあるが、実物面での統合モメンタムは、参加国に魅力のあるトピックを提供しないことには、なかなかまとまらず、難しい局面にある。ただ、今後、中国が益々重要な国になっていくことは間違いないため、日本もその辺りとの関係作りをきちんとやって、中国にも地域に対してコミットしてもらうようにしていく必要がある。アジアの中で中国だけが大きくなり、米国と中国の2大国で世界の物事が決まってしまうようでは、我々日本としても望ましくない。ASEANも、ASEANだけで経済統合の中心に座りつづけることは現実問題として難しい。そういう意味で、日本とASEANは利害を共有しているところがある。

――今後の日本のネットワークの在り方は…。

木村 日本は今まで、東アジアとはFTAや経済開発において手を結び、一方で米国やアジア太平洋に対しては安全保障というように、協力する分野を区別してきた。しかし、この局面において協力枠組みが変わっていく可能性がある。先日のASEAN外相会議において、米国とロシアの東アジアサミットへの参加を認めることが合意された。そうなると、東アジアとアジア太平洋の間でプレイヤーが似てきてしまう。アジア太平洋でもFTA作りが進められており、特にAPEC内でのFTAにおいては、先行国だけ先に締結すれば良いのではないかというような話にもなっている。既にTPP(トランス・パシフィック・パートナーシップ)の交渉が始まっていて、これが出来上がってしまえば、日本だけがその中に入れないというような状況にもなりかねない。この先、一年間程度はこういった動きを注意深く見ながら、今までとは違った戦略を考えていかなくてはならないという時期に来ている。

――農業の市場開放の在り方にも問題がある…。

木村 農作物に関してはすでにかなり自由になっている部分も多く、野菜・果物・水産品の関税は低い。ただ、肉類や主要穀物に関してはまだまだ問題が残っている。普通の経済学で考えれば、国境措置としての関税で保護するくらいならば、国内で補助金などを出して国内農業を守るほうが良いというのが一般教科書的な教えになるのだろうが、今、民主党政権が行なっている農業者戸別所得補償制度については非常に問題がある。これは、農産品をきちんと生産しない農家ほどたくさんの補助金がもらえるという、非常に効率の悪い仕組みだ。ただ、自民党政権時代とは農協の役割が変わってきている。そういう意味では政治経済学的な構造が変化してきており、進む方向さえ良ければ、それに伴う結果が出てくる可能性もある。

――最後に…。

木村 中国を含む東アジアは、これからも間違いなく成長を続けていく。その中で、日本もやれるだけのことをやって、将来的に尊敬される国にならなければならない。そういう意味では、広域インフラ開発や工業化、色々な政策研究といった分野には、まだまだ日本が貢献できる部分が沢山ある。経済統合ということでは、これまで金融面ではさまざまな努力を行なってきたが、モノの世界においてはまだまだやれることがある。私もそれに向けて一生懸命仕事をしていきたい。(了)