西村あさひ法律事務所 顧問弁護士 元最高裁判所判事 福田 博 氏

西村あさひ法律事務所 顧問弁護士 元最高裁判所判事 福田 博 氏

予算の無駄を生む1票の格差



聞き手 編集局長 島田一

――「1票の格差」が無駄を生んでいると…。

福田 それがすべてだ。政治家は誰しも、自分に投票してくれる人に良く思われることをしようとする。その本性を変えることは出来ない。権力をもつ政治家が利用者の少ないところにお金を注ぎ込んだりするのは、日本の選挙システムが、少ない有権者の投票でも、多い得票を獲て当選する議員と同じ権力をもつ議員を当選させることが出来る仕組みになっているからであり、システムを変えない以上これを防ぐことは出来ない。有権者の投票価値が平等であれば、ある程度そういった無駄にもチェックが入るのだが、既得権を持つ政治家は投票価値の平等化に積極的に取り組むことはなく、裁判所も、こういった問題にきちんと正面から向き合うことなくこれまでの判決を行なってきた。しかし、日本が平和であるための担保が最終的には民主主義体制そのものであることだと考えれば、投票価値を平等にするということはきわめて重要なことであり、そうでなければ、多数決で物事を決める時にも、何が本当の多数なのかさえ分からなくなってしまう。それが今の日本の状況だ。

――東京選挙区では60万超の票を獲得しても落選するのに、地方選挙区では15万票程度で当選出来る。ここまで1票の重みが違うと、都会の若者などは選挙に行くのも馬鹿らしくなってしまう…。

福田 現在、選挙区による有権者数の格差は、判例的に言えば衆議院3倍、参議院6倍だ。少ない票で当選できる議員は利益誘導型の政治を行ない易いので、誰も通らないようなところに立派な橋をつくったり、普段渋滞するわけでもない道路の傍に4車線の立派な高速道路を作ったりと、政治家としての力を示すために地方につくられた無駄なものは山のようにある。港湾にしても空港にしても、アクセスや利用度の問題などを全く無視して作り上げても客がこなければどうしようもないのに、作ってしまったから仕方がないと言ってそのままにされ、残るのは維持のための莫大な費用だけだ。また、この投票価値の不平等さで問題になるものの一つに、消費税がある。私は、消費税の増税は日本の財政再建には避けて通れない途であり、増税せざるを得ないという考えだが、今のままでは反対だ。その理由は、消費税の多くは大都市の人が払うのに、都市の投票価値が地方の半分や3分の1であれば、納めた消費税は必ず無駄遣いされるからだ。目的税であろうが何であろうが、税金が適正に使われるためには、投票価値の平等を確保しなくてはならない。

――消費税引き上げの前に投票価値を平等にする必要があると…。

福田 「民主主義は非能率的で効果が悪く、政治家も期待できない」と考える人が多くなると、民主主義ではなくなる。第一次大戦後のドイツや10年ほど前のロシアが良い例だ。特に、日本の民主主義制度は国民が勝ち取ったものではなく、敗戦により与えられたものであるため、そのシステムをいい加減な論理で捉えており、脆くて崩れ易い。この50年間、日本で同じ政党が続いたのも、米国のようにシステムをきちんとして国民の意思で国を変えていけるようにするという考えが欠如していたからだ。ようやく民主党に変わったといっても、混成部隊である民主党の中には、自民党よりも右の考え方を持っている人も結構いて、本当の政治哲学がどういうものなのかよく分からない。

――「世襲政治家がなぜ生まれるのか」(日経BP社)という本もお書きになった…。

福田 あの本は、もともと「投票価値の不平等と日本の将来」というテーマで書いたものだ。代表民主制で国を運営していくためには、政治家という特異な能力をもつ人達がいなくてはならない。しかし、中には相応しくない人もいるため、そういった人たちを出す確率を少しでも減らすように、投票価値を平等にしてチェックしなくてはならないということだ。もちろん世襲でも、素晴らしい政治家能力を遺伝的に受け継いでいる人達はいるが、明らかなのは、多くの世襲政治家が投票価値の不平等のおかげで自分に有利な選挙区で生まれているという事実だ。

――最高裁判所がその権限をきちんと行使しないために、一票の価値が是正されていない…。

福田 日本では、憲法81条に最高裁判所が違憲審査権を有する終審裁判所であるという明文の規定があるにもかかわらず、この積極的な活用はなされておらず、特に選挙の際の投票価値の不平等の是正を求める訴訟においては非常に消極的だ。その結果、いわゆる「1票の格差」が存在し続け、国会の構成にも大きな歪みが生じている。一方で、米国では60年代前半に連邦最高裁判所の画期的な判決がいくつか出て、投票価値の平等は犯すことのできない有権者の権利という考え方が確立し、実際に現在許容される不平等の限度は、日本で用いられる格差換算で1.08倍となっている。また、ドイツには多数票を獲得すると連邦議会の総定員数を超えてでも当選議員と認められる「超過議員制度」があり、有権者の1票の不平等さを無くすことに寄与している。これはドイツ憲法裁判所で合憲と認定されているものだ。さらに、以前は日本と同じように最高裁判所が憲法解釈の裁判を行なっていた韓国も、88年に憲法裁判所を作った。その後20年経った今、韓国に勢いがあるのは、こういった部分が大きく影響しているのではないかと私は考えている。

――日本における「1票の格差」の是正に向けた取り組みは、今後どのようになっていくのか…。

福田 昨年の衆院選の1票の格差を巡って出された高等裁判所の判決は、すべて最高裁に上告され、9月8日に一括して大法廷に回付された。その判決は、早ければ来年5月連休前後、どんなに遅くても夏休み前には下されるだろう。基本的に、最高裁判所の判決は一旦決めたら大法廷でなければ覆ることは無いということと、裁判官は一旦自分が出した意見を変える事はほとんど無いという中で、この1年間で6人の裁判官が交代し、東京以外の地方の判決も新たにいくつか出てきたという2つの意味で、今度の大法廷の審理判決は非常に注目されている。私は、我が国の民主主義体制の将来のためにもここで合憲判決を出すことなど、決してあってはならないことだと思っている。我が国の周囲の状況を見渡すと、システムが歪んでうまく機能しない体制を続けていく余裕はもう残されていない筈だ。

――日本も最高裁判所の在り方をもっときちんと考えたり、憲法裁判所を作ることの必要性を真剣に議論していかなければならない…。

福田 憲法を改正して独立の憲法裁判所を作ることは、同時に憲法9条の改正問題も取り上げられることになるため、決して今すぐに出来ることではないと思うが、私は、いつか必ず日本にも憲法裁判所を作るべきだと思っている。憲法裁判所を作るということは、投票権の不平等の問題に限らない。民主主義を守るために憲法裁判がきちんと機能することが大切だという意識に繋がるからだ。最近の韓国の活性化はそのような視点でも見る必要がある。しかし、憲法改正の前であっても司法がより積極的な対応をすることが強く望まれる。現在の司法に違憲審査権を与えられているのは立法府や行政府に比べて権力的な欲望が少ない機関だからだが、その権限は重大な責務でもあることを忘れてはならない。(了)