経済活性化のための税制改正を

経済活性化のための税制改正を

ジャパン・タックス・インスティテュート所長 中央大学法科大学院教授
法学博士 森信 茂樹 氏


聞き手 編集局長 島田一

――平成23年度の税制改正大綱について…。

森信 私は今回の税制改正について、それなりに評価している。自民党時代には「抜本的税制改正の中で考える」として先送りされてきた法人税 率の引き下げや、所得税の格差是正のために高所得者層の負担を重くするようなことに民主党政権が着手したことは、勇気ある決断だったと思う。日本の場合は 中高所得者の限界税率が低いということが、所得税負担の低い理由なのだが、そこに民主党はあえて手をつけた。そして、その次には消費税を増税する抜本的税 制改革を行うという流れになっているのだが、この考えがきちんと納税者に伝わっていないため色々な批判が出ている。国民に対して抜本的税制改革の前段階の 23年度改正だということをきちんと説明していない点は、民主党政権が反省すべきところだろう。

――高所得者を減税する米国の税制改正とは全く逆になったことで、日本の高所得者層の人たちが海外に逃避するのではないか…。

森信 確かに、局面で見れば米国と日本とは交差するような税制改革だが、法人の負担を少なくしていくことや、これまで日本が極端に少なかっ た個人の所得税負担を増やしていくことは、世界の大きな流れと逆行しているわけではない。今の米国は中間所得者層がリーマンショックでどん底に落とされ た。その部分を減税で押し上げていくことが米国にとっての最重要課題であり、日米の税制の違いも、この局面だけのものといえるだろう。

――相続税の引き上げでは、高所得者層がシンガポールやタイといった無税の国に逃避してしまえば、増収につながらない…。

森信 確かに相続税に関してはオーストラリアやカナダなども無税で回避しやすい税であることは間違いないが、例えば海外に居住を移しても、 日本に財産が残っている場合は5年前の資産に遡って課税できるような税制に変えた。一方、所得税に関しては給与所得者の上限を設けて税負担を重くしている ため、その辺りは海外へシフトしたり、ストックオプションで報酬を受け取るといった可能性もある。それは合法的な範囲内であり、仕方の無いことだ。

――いくら働いても税金ばかり払っていて馬鹿らしいと考える日本人が増えてくるという心配もある…。

森信 日本の所得税の最高税率は地方税と合わせて50%で、これは諸外国と比べてもそう高くない。むしろ今までの日本の所得税が低すぎで、 今は調整過程にあると私は思っている。しかし、これ以上最高税率を上げるのは、日本国家にとってマイナスだろう。また、抜本的税制改正の中では、地方の法 人税を減らして法人税負担を30%以下にして行く必要がある。景気の良いときは潤うが、ひとたびリーマンショックなどの影響で企業が赤字になると税収が入 らないどころか還付になってしまうような浮き沈みの激しい法人税は地方税には相応しくない。格差の原因もここにあり、東京都には地方にある法人事業税など がたくさん入ってくるが、企業が無い土地には法人税収入も無い。格差を招き、税収のアップダウンを招く地方法人2税(法人事業税と法人住民税)は、折を見 て地方消費税と入れ替えなくてはならない。

――法人事業税はもともと付加価値税だった。そういう意味で地方消費税と置き換えるのは論理的にも正しいと…。

森信 消費税を上げて、法人税を下げるというのではなく、地方法人税をあるべき姿に変えていく必要がある。抜本的税制改革においては、社会 保障がどれだけ足りないとか、消費税をどれだけ上げるとかいう問題だけでなく、国と地方の関係や、法人税をどうするのかといった問題・変数がたくさんあ る。特に一括交付金・交付税の問題は、財務省や総務省だけでなく、各省すべてが関わってくるため、きちんとしたリーダーシップで総合的にピクチャーを描け る人がいなければ議論が錯綜してしまい、前に進まない。

――1986年に米国で行われたレーガンの法人税改革を大変評価していらっしゃるようだが…。

森信 今回の法人税の議論を聞いていて私が不満だったのは、何のために法人税を下げるのかが現政権にとって明確ではなかったことだ。日本企 業のためなのか、日本経済のためなのかが必ずしもはっきりしておらず、経団連の会長も「こんなに課税ベースを広げるのであれば、もう税率を下げなくてい い」と言う発言をした。一方で、レーガン元大統領が2期目に行った法人税改革では、税収中立で課税ベースを広くして税制を下げた。課税ベースを広げる手段 として行ったのは、減価償却の加速化の廃止だ。その結果、東海岸の企業は負担が増えたが、ヒューレッドパッカードのような西海岸の新興企業の税負担はこれ までの約半分になり、産業構造に大きな転換をもたらした。それが今日の米国の興隆につながっている。日本でも、もっと経済全体の活性化のことを考えて、例 えば、設備投資は行わないが雇用をしっかり支えているサービス企業などに税の恩恵をシフトさせるなどして、新しい産業を支えていくべきではないか。

――農業に関係する税金については…。

森信 税には農業に関する変な租税特別措置がある。例えば肉用牛生産農家は100万円まで免税される。これは自民党政権時代の不公平税制の シンボルであり、民主党も野党時代は非難していたものだ。しかし、期限切れを迎えた昨年、民主党はこの特別措置を3年間延長すると決定した。民主党政権に も既得権が出てきたということだろう。こうしたしがらみを断ち切ることが、本来の政権交代の意義であるはずだ。

――海外から見た日本税制の問題点や、その解決策は…。

森信 外国人投資家がよく気にするのは、なぜ日本企業の70%超が赤字なのかということだ。そこには、同族会社の問題などがあり、日本の税 制に深い闇のようなものがあるという事実を表している。そういった意味で、番号制度や消費税のインボイスなどをとり入れると、税制は相当違ってくると思 う。また、今回の税制改革での隠れた大きなポイントは、納税者権利憲章の制定や、更正の請求期限延長など、納税者の権利を高める方向になっていることだ。 これはまさに民主党政権の中で出来るようになったことであり、評価すべきところと言える。

――税制は非常にわかりにくい。わかりにくいところには闇が発生しやすい。消費税だけにするなど、もっとシンプルにならないものか…。

森信 確かに、消費税は消費する時だけ徴収されるものであり、貯蓄していれば課税されない。貯蓄=資本だから消費税は、実は経済成長に役立 つ税制だ。また、所得税課税制度の下では、貯蓄しても利子が入れば二重課税されてしまうため、皆、銀行から借入をして税負担を軽減させようと考える。実際 に米国などは、それが過剰な借金体質を引き起こして大きな問題になっている。そういったことも、消費税課税制度ではなくなり、直接金融と間接金融も中立的 になるだろう。そういう意味では、今よりも資金効率が良くなるということになり、税としてのメリットも多い。

――今後の金融税制の課題は…。

森信 今は財政赤字の中で社会保障を完備するために税制が必要だという議論ばかりだが、そうではなく、経済を活性化させるための税制とは何 かということも考えていく必要がある。日本の武器の一つは、1500兆円の金融資産で、その活用を税制で考える必要がある。そういう観点から我々が提言し ているのが「日本版IRA」という税制だ。日本の年金制度は現在、3階建てになっているが、1、2階部分の公的年金は行き詰っており、さらに、3階部分に あたる企業年金も非常にリスクが高く、積み立てたお金がもらえないということも有り得る。そう考えると、最後は自助努力で積み立てていく年金制度をつく り、それに政府が一定の税制優遇をしていくという仕組みを選択肢に加える必要があるのではないか。そのようにしなければ、限りなく公的年金に圧力がかか り、果てしない大きな政府になっていく。

――「日本版IRA」は、「日本版401k」とどう違うのか…。

森信 米国を真似して作った「日本版401k」は企業年金として取り入れられたが、掛金(拠出金)、給付金が課税されないという優遇税制にしすぎた。その ため、制度適格者が絞られてしまい、広く普及しない制度となっている。そこで、3階の優遇された年金制度から離れ、個人が給与後の課税されたお金を積み立 て、引き出し時非課税の個人年金として「日本版IRA」の創設を提言している。米国ではすでに「Roth IRA」として普及している。その仕組みは非常にシンプルであり、残高管理も容易になる。金融所得一体課税として運用していけば市場の活性化にもつなが る。こういった公的資金に頼らない形態の新しい年金、或いは市場対策として活性化の意味を持つ新しい年金積立金制度といったものを提案し、普及させていき たいと考えている。(了)