前阿久根市長 竹原 信一 氏

前阿久根市長 竹原 信一 氏

役人の役人による役人のための民主主義



聞き手 編集局長 島田一

――コスト削減など良いことに取り組んでいるはずなのに、マスコミで取り上げられるのは批判的な報道ばかりだ…。

竹原 すっかり「悪人」というイメージが定着してしまったため、私の実際の行動とのギャップを理解できないという人は多いだろう。現実問題として、市民のための仕事をする政治家というのは、公務員にとって居てほしくない存在だと言える。もともと役所は身分制度の中で公務員同士がその立場を守りあいながら肥大化していくものだ。そういった行動をさせないのが本来の「民主主義」のはずなのだが、日本国民は「民主主義」をこのような国家権力に対する「民主」ではなく、民同士の多数決のことと考えている。このような考え方は世界的にも珍しいのだが、日本の学校やメディアは、当初から役人の管理下にあったため、官の下の卑屈な民主主義を教えてきた。公務員が自分たちを守るために、本来の民主という意味を欺き、国民にウソを教えてきたと言える。それが、もはやこの国が正常ではなくなってきている根源だ。

――本来ならば民が主導して、肥大化する公務員の権力を抑制しなくてはならない…。

竹原 まさにそれが民主主義のはずなのだが、残念ながら今の日本はそうではない。役人が選んだメンバーの多数決を民主主義と呼んでいる。それは、「役人の、役人による、役人のための多数決」以外の何ものでもなく、それを「民主主義」と言い換えているのが今の日本の実情だ。そしてすべては役所の思惑通りに進んでいく。私はそういった流れを止めようとしたのだが、結局大きな反対勢力に遭って今に至っている。そもそもこういった人間が2度も選挙に選ばれたこと自体が不思議だったのかもしれないが、私は8年前から市民の皆さんに対してチラシを配布し、役所や市議会の現実を伝えてきた。そうやって少しずつ現実の世界を知り、自分の頭で考えるようになってきた住民の皆さんが、私を議員にしてくれて、市長にしてくれたのだと思っている。ただ、今回の選挙は僅差で負けてしまった。

――国民は本当の「民主主義」を知らないと…。

竹原 結局、権力を持った人間がそれを維持するために報道機関までも支配下に置いて国民を欺き続けている。誤解を恐れずに言えば、この国の国民は、自分で考えたことなど無い。何の権利も持たず、民主主義の本当の意味も知らず、それに疑問も持たずにいる。私は、まずその実態を国民に知ってもらいたいと願う。民主主義が存在せず、公務員がメディアや政治家を飼いならして市民を騙しているというのが日本の実態だ。以前、私が行った専決処分の問題にしても、メディアは私をまるで悪人のように扱い大きく報道したが、「役人が書類を作って判を押すだけの専決処分」であれば、いつでもどこでも日常的に執り行われている。しかし、私が行った専決処分は役人に不都合な内容であったため、マスコミを使って「専決=悪いこと」と報じて「竹原専決不法キャンペーン」を行った。

――マスコミも含めすべてが役人の権力によって動かされている…。

竹原 官僚の中でも出世するのは天下り先を作ったり、増税するために活躍した人間だ。そういった精神性を、日本の公務員全体が一つのものとして持っている。そしてその存在は、国民の税金を無駄に使って踏みつけにすればするほど大きくなっていく。これを大蛇に例えるならば、市民が選んだ政治家は大蛇のうろこだ。マスコミも同様で、本体である大蛇が自由に動くのを守るために存在する。そして大蛇は脱皮しながら更に大きくなっていく。私は、そこで大蛇の尻尾を踏んでしまい、その大蛇がすべての勢力を引き連れて私に襲い掛かってきたという訳だ。

――こういった実態を広く世に伝えるための方策は…。

竹原 私がこれまでに自分自身で行ってきたのはチラシ配りとブログ程度だが、最近では講演依頼や取材依頼等も頂き活動の場は広がってきている。結局、一人の力では何もできないため、そういった縁を大切に、一つ一つ使えるものをすべて使いながら流れに身を委ねるしかないと思っている。どちらかというと、私が積極的に何かを始めようとしているのではなく、皆さんが私を見つけて世に広めてくださっているという感じだ。その波は徐々に大きくなってきていると実感している。

――地元には後援会などもあり、まだまだ沢山の支援者がいる…。

竹原 そうはいっても、私はあまり後援会の人たちの助言も聞かないし、選挙運動にしても、本当は後援会などいらないと思っている。これから鹿児島に戻ってどうするかも正直なところ分からない。今の状態は本当に悲しい。自分の内側から突き上げるものに従って色々と一生懸命やってきたが、その実態を知ったことでますます息苦しく、生き辛くなった。結局、パブリックセクターを大きくするのも小さくするのも、決めるのはパブリックセクター側であり、こういった仕組みを変えようとする政治家が出てこないのも、本当の民主主義というものを知らない日本国民が選ぶからだ。民同士の多数決を民主主義と教えられ、民同士で戦っている間にパブリックセクターが一人勝ちをして太り続けるという構図はそう簡単には変わらない。

――金融市場も、パブリックセクターの調達手段である国債にお金が流れていく仕組みを変えて、株式市場を活性化させることで企業を大きくしていくべきなのだが…。

竹原 そうはいっても、その活動の指揮は一体誰がとるのか。これまでも、既存権力を壊そうと旗を上げた改革者に対しては、検察が動いたり、メディアがスキャンダルをばら撒くなどして撤退せざるを得ない状況に追い込んでいる。そういう恐ろしい国であるということを、まずは認識してほしいと思う。前回私が選挙に立った時に、多くの住民は「陰ながら応援しています」という声を掛けてくれた。しかしそれは、私を応援しているということを周りに知られたくないということだ。それはメディアの世界でも同じだろう。本当の主張をすれば変人扱いされるというこの国は、信念のまま生きるのが非常に難しい。日本国民は、はやく「民主主義」の本当の意味を理解し、パブリックセクターに対して「お前たちじゃ駄目だ」というような声を上げるようになってほしいと願う。(了)