駿河台大学 学長 成田 憲彦 氏

駿河台大学 学長 成田 憲彦 氏

首相府を作り、縦割り行政の弊害打破



聞き手 編集局長 島田一

――日本の政治がなかなか落ち着かない…。

成田 諸外国の場合、政権を取ればマニフェストの実施に必要な統治体制の仕組みを自分達で自由に作り上げることが出来るが、日本は行政機関法定主義であり、特に内閣府設置法では、官僚の抵抗で骨抜きになることを警戒して非常に細かい部分まで法律で定めた。ねじれ国会のおかげで法律改正は不可能で、予定していた国家戦略局が設置できず、このままでは民主党は自分達のマニフェストを実現する態勢ができないまま退陣を迫られることになる。こういったことは、諸外国から見ると信じ難い光景だろう。

――普天間の基地移設問題でも、首相が打ち出した方針が実現できないのならば、本来、防衛大臣などが責任を取るべきなのに、首相が責任を取って辞任するとは…。

成田 総理大臣が「普天間を少なくとも県外に移設する」と言ったのであれば、それを実現するのは官僚、防衛大臣あるいは外務大臣の仕事であるはずだ。また、別の問題として、毎日、ぶらさがりと称して、一国のリーダーに知識の乏しい若いマスコミの記者がインタビューをして、それが政局になってしまうというのもおかしな話だ。海外では一国の長がインタビューに応じる機会は極めて少ない。インタビューをするなら、報道各社の論説委員クラスが行うべきだろう。

――一年おきに首相が何人も変わるようではどうしようもない…。

成田 日本の政治は転換期で、次の形が定まっていない。高度経済成長期には、豊かな国庫収入を地方に公共事業や補助金として分配することで、経済の論理から取り残された地方や衰退産業などにも豊かさを共有させてきた。それによって、古今東西の世界史において「豊かさの実現には必ず格差の拡大が伴う」という法則に反して総中流化を実現したことは、自民党政治の歴史的な功績だ。この分配の政治の意思決定は、皆の納得という一種の全会一致主義でなされた。これは自民党の組織原理そのものだ。そして、右肩上がりの分配政治時代には、政権交代も必要としなかったことで長い自民党政権が続いた訳だ。

――右肩上がりの時代も終わった今、一体どういう政治が求められているのか…。

成田 民主党政権が、高度経済成長時代に自民党が行ってきた分配政策から抜け出して、新しい政策を志向しているのは事実だ。ただ、それを国民に納得させるだけの力量が伴っていない。例えば、子ども手当ては、シルバー世代に手厚く配分されている財政資源を若い世代にも配分することで、もっと結婚率が上がり、子供も生まれるようにする政策だが、これがきちんとアピールされていない。また、農業者戸別補償制度は海外でも行っていることであり、自民党の農業政策が実は農村政策であったのに対して、直接農業に従事している者に資金を配分する点で優れている。しかし、何を作るかは農家が市場原理で決めるべきで、米だけというように品目制限をしてしまうと、みんなが米を作りだし、ゆがんだ政策になる。日々の政治の営みには、経験と人脈、情報が必要だが、民主党にはそれが乏しく、独自の政策にたどり着く前に日々の出来事の対応に追われるだけの状況に陥ってしまっている。与党の経験が無いことが根本だ。このため、私は政権を取ったばかりの民主党にはもう少し時間が必要で、長い目で見るべきだと言っているが、国民はそこまで忍耐強くない。

――内閣を組閣したら、まずは各省設置法を廃止して政権運営が円滑にできるようにするとともに、役所のデーターに頼らず独自のシンクタンクを持てば、まだまだ大幅なコスト削減も期待できる…。

成田 民主党が掲げていた「国家戦略局」案も、財務省設置法や経済財政諮問会議などの所管と抵触するため法改正が必要になるし、既存法をそのままでは、それと矛盾する政令でという訳にもいかない。それで結局、内閣総理大臣決定で内閣官房に国家戦略室という形で、法的な根拠を持たない弱い組織として設置され、各省設置法で守られた官僚に号令をかけることができなかった。将来的にはもっとシンプルに、大枠の国家行政組織法で省庁の名前や共通ルールを定めるのにとどめて、具体的な中身は政令なり首相令などで決めるようにすべきだと思う。それが世界標準であり、この点、行政組織を官制という勅令(実質的には政令)で置いていた大日本帝国憲法のほうが世界標準に近かった。三権分立体制にあって、行政は行政で自分たちの組織を作ることが出来なければおかしい。日本は縦割り行政の弊害で、全体を見て、どこに無駄があるのかを指摘する部署がない。私は、内閣府ではなく、内閣府、内閣官房、国家戦略局を全部一体化した首相府を作って、首相府がその役割を果たすべきという考えだ

――金融界においても、市場からかけ離れている役人の主導だけでは、日本はますます遅れを取ってしまう。新しい知識や豊富な経験を持つ民間人を省庁内に取り入れる出入り自由なシステムが必要だ…。

成田 局長クラスにいきなり民間人を連れてきても、官庁の独特の仕組みや手続き、ルールの違いなどで上手く機能しないというのが現実だ。また、国家公務員法で定められている指定職クラスの身分保障を廃さない限り、それまで局長だった人がそのポジションを退いても、官房付きになるだけで級別定数に空きができる訳ではなく、民間人を入れることは出来ない。さらに、日本の国家公務員制度の最大の問題点は、すべての職を国家公務員一般職というひとつのカテゴリーでやっているということと、国家公務員法第96条の服務の根本基準に「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務」するとあることだ。つまり彼らは、「我々は国民全体の奉仕者であり、一党一派の奉仕者ではない」と考えている訳だ。官僚支配の根幹はまさにここにあり、公務員制度の抜本改革が必要だ。

――民間から如何に人材を取り込むか、参考にすべき各国の具体例は…。

成田 米国では、大統領が変わると行政府のチームが3000人規模で入れ替わり、民間からの人材も入る。また、日本と同じ議院内閣制の英国では、大臣のアドバイザーに民間人を起用している。ドイツでは官僚が休職して政治家として立候補することを認めていて、公務員出身の政治家は6〜7割程いる。政治家としての経験を積んだ後も官僚としてカムバック出来、外部から政治任用で官僚の局長級ポストにつく場合は政権が変わってもそのままのポストでいられるなど、ドイツでは政と官の相互浸透が進んでいる。それが、日本では、政界はアリ地獄のようなものだ。一度足を踏み入れるとなかなか抜け出せず、当選回数を重ねていくしかない。終身雇用という背景もあるが、落選しても困らない弁護士など、資格を頼りにするというようなことが多く、それは今でも変わらない。そこで結局、選挙優先になり、一般社会と隔離した特殊な世界になってしまっている。まずはこういった仕組みから変えないことには日本政治の根本的な改革は望めないと考えている。(了)