女性が喜んでお産できる社会を

女性が喜んでお産できる社会を

愛育病院院長 秋篠宮紀子妃産科主治医 日本周産期新生児医学会功労会員(2003年 日本周産期学会 会長)
中林 正雄 氏


聞き手 編集局長 島田一

――震災および福島原子力発電所の問題などで医療施設は大変な状況だ…。

中林 特にお産は待ってくれない。計画停電などの心配もあり、自家発電機のない小さな産婦人科診療所は、自家発電機を持つ病院へ支援要請せ ざるを得ない状況となっている。しかし、当院でも大地震のすぐ後は、交通機能の混乱から看護師、助産師などの通勤手段が断たれ、限りあるスタッフで頑張っ てもらっていたというような状況だった。

――少子化にもかかわらず、産婦人科は医師不足で逼迫状態にある…。

中林 日本の50年前の年間分娩数は200万人程度だったが、現在は年間100万人と半分近くまで減少している。この10年間で分娩数は約 10%減少しているが、一方で、分娩を扱う施設数は10年前の4000施設から今は2500施設と、3分の2まで減っている。つまり10年間で30%減少 しているということだ。分娩数よりも3倍速いスピードで分娩施設の減少が進んでおり、結果、日本では平常時においても、お産難民になる人が沢山出てきてい るという訳だ。

――産婦人科医が減少し続けている理由は…。

中林 産婦人科医は24時間365日拘束され、当直も多い。さらに、他科に比べると給料は同額だが、訴訟が多い。実際に、産婦人科医は内科 医の約6倍の裁判を経験している。昔は生まれてくる子供が死産だったり、母親が出血多量で命を落としたりすることは珍しいことではなく、それは仕方がない ものと考えられていたが、今では、母親も子供も安全で当たり前と思っているため、少しでも生まれてきた赤ちゃんの具合が悪かったりすると医療ミスとして訴 訟されることになる。産科であれば、一生懸命やってもどうしても救命できないことはある。ハイリスク妊婦を扱う病院の勤務医は仕事量や責任の割に安い給料 の中で一生懸命やったにも関わらず、訴えられるリスクが高いとなれば、これから医師を目指す若者たちが産婦人科に行きたがらないのは当然だろう。収入面で は開業をして分娩を取扱えれば少しは良くなるかもしれないが、そのための設備や看護師などを揃えるには大変な苦労する。我々の頃は医者として人のためにな ればと、働くことに誇りを持っていたので家庭や医師としての待遇はあまり考えなかったのだが、今の若者達の価値観は変わってきている。

――医療に対するマスメディアの取り上げ方も問題がある…。

中林 今の日本人は、どんな状態にあっても「死」を迎えることに否定的な考えがある。例えば新生児科医が、「植物状態であって、このまま生 きていても正常には暮らせないと判断される新生児については、呼吸器を外して自然経過をみるようなことも考えるべきだ」という提案をするだけでも、大騒ぎ になってしまう。医者が、家族のためにも治療を止めて自然な死を迎えさせたほうが良いと考えても、それを第三者が訴え、マスコミが大騒ぎするような時代 だ。欧米などではこの辺りの割り切りや社会的コンセンサスが非常にはっきりしている。日本でも今後の重要な課題であろう。今回の地震も、海外からは、「日 本だったからこそ、これだけの被害で抑えられた」と評価されている部分もあるが、日本のマスコミは被災した人達に対しての哀悼の意を情緒的に伝えている報 道が多いように思われる。

――医療における経済合理性を考えなければならない…。

中林 日本の医療費が先進諸国に比べて安すぎるということが、最近ようやく認識されてきた。当院には外国人の患者が2割程度いるが、彼女た ちが自国で出産すると1泊2日で約100万円かかり、別途、担当医師に対しても20万円程度の支払いが必要だという。そのため、当院で出産するほうがはる かに安いというが、その安い出産費用の理由は、日本の医師や看護師の安い給料にある。海外で同じような条件で働く医師達の給料は、年間5000万円クラス が当たり前なのだが、日本の病院で働く産科医の給料は国家公務員並みが基本となっており、それ以上になることはない。夜間、寝ずに働いても、昼間の勤務と 変わらない報酬システムとなっている。

――死に逝く高齢者に対する診療報酬を下げ、産婦人科や小児科に対する報酬を引き上げるべきだ…。

中林 それが出来ない一番の理由は、子どもに選挙権がないからだと思う。政治家は、短期的に見れば投票権を持っている老人に手厚くした方が 有利なので、どうしても小児科医療や産婦人科医療よりも老人医療に目が向いてしまう。しかし、このままでは日本の産科医療が潰れてしまうということで、よ うやく一昨年、それまで30万円だった出産育児一時金が42万円に増額された。私達はそれを55万円まで上げてもらうように国に要請し、一応、民主党のマ ニフェストには記載されたのだが、その後一向に実現されていない。

――若い人たちの保険負担を減らすためにも、少子化を止める必要がある…。

中林 少子化対策に本気で取り組もうと思うのであれば、働く女性が妊娠出産によって仕事を辞めなくても良い環境を如何に作り上げていくかが ポイントになる。私の経験では、子育ての一時期、例えば出産してから子供が3~5歳くらいになるまでは当直もなく家庭に支障のない程度で無理なく働くこと が出来て、さらに保育園などに安心して預けられる環境が整っていれば、育児期間後に再び通常勤務で定年まで働くという女性は多い。しかし、日本ではそうい う環境や考え方自体が整っていないために、優秀な女性たちが途中から自分の子供や家庭だけものとなってしまう。それは国の財産として非常にもったいないこ とだ。当院の産婦人科医15人のうち半分は女性であり、さらにその半分は子育て中だ。女性をきちんと重要視して、然るべき地位につけることが社会の発展に は必要であり、そういう意識を持った会社が伸びる時代になると私は思っている。女性が一生懸命働ける環境にあって、その分、男性も就業時間内にきちんと仕 事を終えて早めに帰れるようになれば、家庭の時間も充実したものになるだろう。そういう能力のある人たちが管理職になるような世の中であるほうが良いので はないか。

――女性をもっと活用する仕組みを作り、子供を産みたいと思えるような環境にしていくことが大切だ…。

中林 出産については助産師をもっと活用すべきだ。看護師の中でも特別な教育を受けた助産師は産科医師の約5倍いる。そういった人たちを上 手く活用すれば、産科医の過重労働も軽減できる。また、出産の痛みから二度とその経験をしたくないと考える女性もいるが、無痛分娩であれば2人でも3人で も産もうという気になる。しかし、それにはある程度の医療費が必要になる。こういった点で、今の手厚い高齢者医療保険を少しでも産科医療保険に振り向ける など、医療改革を進めていく必要があると思っている。女性が喜んで子供を産み、仕事をしながら子育てが出来るような社会にならなければ、日本はいつまで たっても男性社会のままで、経済発展も期待できない。

――先進国で出生率が2を超えるフランスやスウェーデンでは、シングルマザー比率が5割以上と日本に比べて極めて高いが、日本の婚姻制度などに対する考え方は…。

中林 日本でも離婚率は増加しており、結婚に対する考え方や、その在り方も変化している。婚前に出産することや、未婚のまま子供を育てると いうスタイルはあって当然のことだと私は思う。また、結婚していても旧姓のまま仕事を続ける女性や、結婚したら夫の姓を名乗りたいという人など、考え方は 人それぞれにある。重要なことは、女性一人でも仕事をしながら子供が育てられるような環境や、しっかりした社会的な保障がありさえすればよいということ だ。日本でリーダーシップを持つ人たちが古い考え方を変えて、自由な考え方の下に女性の能力を最大限活用出来る社会を作ることで、これからの日本がさらに 発展していくだろう。(了)