政官民、メディアの癒着構造を断て

政官民、メディアの癒着構造を断て

衆議院議員 自民党 河野 太郎 氏



聞き手 編集局長 島田一

――福島原子力発電所の事故に対する政府の対応について…。

河野 技術的なことに関しては、私は専門ではないので何とも言えないが、今回のことで起こった風評被害は大きな問題だ。国内外からの日本政府に対する信用はガタ落ちで、色々な数字を発表するにしても、例えば日本政府とIAEA(国際原子力機関)の統合本部を作るなどして、共同で会見を行って数字を発表するなどしなければ、対外の不安は取り除けないような状況にある。経済産業省原子力安全・保安院と東電本社と原子力安全委員会で別々に行っていた記者会見も、ようやく先月25日に一本化されることになったが、我々は事故当初から会見の一本化を叫んでいた。それなのに、事故から一カ月以上も各々で会見を行い、さらにはお互いに責任の擦り合いを行うような発言までしており、このような状況下にあって、迅速で的確な判断がなされているとは到底思えないものだった。確かに責任は東京電力にあるのかもしれないが、これだけの災害になっている中では、政府が率先して、ベストな知見での事後処理を行うべきだった。

――これまで作り上げてきた「原子力村の掟」が、迅速な解決策を妨げている…。

河野 海外のメディア報道では「事故の時にはモニタリングポストの数字を参照するように言われていたのに、外部電源がなくなったことでその数字が見られなくなってしまった。電力会社なのに、電源がなくなったからといって数字が消えて、一週間たってもそれが復旧しないのは、復旧させる気が無いのか隠蔽しようとしているかのどちらかだ」と、東電と保安院が明らかに隠蔽体質にあることを指摘している。これはまさに、原子力村の癒着の構造だ。東電は「原子力が事故を起こすことは無い」という大前提に立ち、万が一の事故を想定したトレーニングなどを殆ど行っていなかった。データに基づいて適切なアドバイスをすべき原子力専門の学者も、都合の良いことしか言わない御用学者が大半だった。さらに、日本の縦割り行政の弊害で、今回の東電の問題については経済産業省管轄下の保安院の仕事となるため、もんじゅやJOCで色々な経験を持つ原子力安全委員会が口を出せないという状況もある。もはやそんなことを言っている場合ではないのに、「原子力村の掟」による暗黙の仕分けが、物事をスムーズに進ませないひとつの大きな要因となっていることは間違いない。

――報道の在り方にも問題がある…。

河野 日本の大手メディアは、東電から多額の広告料をもらう見返りとして、本来ならば情報として出すべき事実を報道しなかった。メディアは先ず、その責任を自覚すべきだ。そもそも、地域独占で、電気料金に利潤まで乗せている電力会社が広告を出す理由などどこにもないはずだ。メディア側は社会情勢に適切に対応して、常に偏りの無い事実を伝える体制を整えておくことを使命と心得、然るべき行動をとらなくてはならない。今回、そういった良識を持ったメディアがNHKを含めて殆ど無かったということは、日本のメディア界の大きな問題点だと思う。

――今後のエネルギー政策については…。

河野 今後の日本は人口減少傾向にあり、電力使用量がさらに増加していくという状況ではない。また、技術の進歩で、例えば電灯をLEDに換えたり、冷蔵庫やエアコンなどを最新の省エネタイプのものに置き換えるだけで、これまでのライフスタイルを変えることなく大幅な節電が出来るようになっている。そして、今回、節電を余儀なくされたことで我々が気付いた一番大きなことは、今まで私達は、必要の無い電気を沢山使っていたということだ。そういうことをすべて勘案すると、2050年までに現在の電力の3〜4割をカットすることは可能だと思う。そして、残りの電力を再生可能エネルギーで賄う。今後のエネルギー政策はそういった流れになっていくのではないか。

――再生可能エネルギーの普及拡大と価格低減を目的とした固定価格買取制度は、日本では上手く普及しなかった。

河野 ドイツがフィード・イン・タリフ制度を導入したほぼ同じ時期に、日本でも固定価格買取制度を取り入れようとしたのだが、結局、経済産業省や電力会社、さらには当時の与野党の電力族が一丸となってその案を潰してしまったという経緯がある。代わりにRPS法という悪法としかいえない制度を実施したことで、当時世界一を誇っていた日本の太陽光発電技術は、もはや影も形も無くなってしまった。このように、過去、再生可能エネルギーとして普及が期待されていた太陽光発電がなかなか浸透しなかった背景にも、明らかに独占や癒着の問題がある。

――業界の競争を阻害する官民一体の癒着構造を変えていくためには…。

河野 先ずは自民党が「自民党時代のエネルギー政策は間違っていた」と認めて、きちんと国会の場で政策転換の議論を行う必要がある。次の選挙では、エネルギーの政策転換が出来ないような議員は落とされて然るべきという程の覚悟が必要だ。今回の事故が起きたことで、原子力発電所の新規立地は非常に難しいものとなった。政府は、その後のエネルギー政策をどうすべきかといった方向性をきちんと打ち出し、その目標に向かってしっかりと旗を振っていかなくてはならない。

――東電のあるべき論、そして、エネルギーの自由化についての考えは…。

河野 現在のように、送電と発電を一体化して地域発電を行い、適正利潤と称して利益まで政府が保証しているような構造は明らかにおかしく、変える必要がある。新規参入を認めて、太陽光発電や風力発電にも固定価格買取制度を取り入れれば、エネルギーの適正な競争が行われるようになるはずだ。この辺りの構造をきちんと構築していくことが求められている。今回の原発事故による電力不足の問題で、国民は一部計画停電という事態に直面したが、そもそも東電と電力の大口需要家の間では、電力需給のバランスがタイトになった時に供給制限を行うことを条件に電気料金を安くしてもらう大口電力契約を結んでいる。そういった大口需要家の電気量をきちんとコントロールしてさえいれば、ライフラインを止める必要など全く無かったはずだ。それにもかかわらず、いざ今回のような事態に陥ったときに、そういった大口需要家と正規料金を払っている一般家庭を同じように計画停電にしてしまうのは一体どういったことか。それに対して経済産業省が何も言わないのも明らかに癒着であり、まずはその構造から変えていかなくてはならない。

――日本共産党の吉井英勝議員は5年前、津波によって原発の冷却機能が失われる危険性を警告していた。それに備えて必要な対策を取らなかった政府の責任は…。

河野 確かに、米国などでは何十年も前から全電源喪失のシミュレーションを行っているが、日本では吉井議員のような指摘があったにも拘らず、その津波の高さを「想定外」として適切なシミュレーションや対応を行わなかった。それは大いに反省しなくてはならない。しかも、津波の高さを想定した津波評価部会のメンバーは過半数が電力関係の人間だ。そういった中で決められた津波の高さの予想など、設備投資限度額から逆算して考えられたようなものだろう。それが原子力村の正体であり、そういった体質をこれまで許してきた自民党には当然責任があると思う。そういった間違いをきちんと認めることから、本当の日本の復興が始まる。(了)