政府・東電への不信高まる

政府・東電への不信高まる

〜緊急記者座談会〜



聞き手 編集局長 島田一

――予想されていたことではあるが、福島原発の事故については、やはり次々に悪い話が出てきている…。

  突然、原発事故の大きさがチェルノブイリ事故と同じレベル7に引き上げたと発表された時から、政府と東電は情報をまだ隠していると多くの人々が思っていたが、「やはり」という感じだ。燃料棒が溶け、原子炉に穴が開くメルトダウンは事故当初から指摘されており、週刊誌などでも大きく取り上げられていたが、政府や東電はこれをずっと否定。また、それをそのまま報道したマスメディアも国民の信頼を大きく落とした。
  マスメディアは一部を除き、やはり「政府の飼い犬」状態だ。政府を批判することで国民の健康を守るという姿勢ではなく、東電や政府のスピーカーといった役割に過ぎないということを国民の多くは今回の原発事故で認識したのではないか。
  風評被害という言葉を多用する報道姿勢が良い例だと思う。騒ぎを大きくして社会を混乱させることの無いよう、真実を公表しない、あるいは重要なことでも小さく報道するという姿勢だ。つまり、放射能はそこにあるのか、無いのか、あるいはどの程度の高濃度なのかは計測器を使わなければ断定できない。また、どの濃度で健康に被害が出るのか否か分からないにもかかわらず、風評被害といって片づけようとする姿勢が、かえって国民の不安を大きくしている。

――江戸時代の「見ざる」、「言わざる」、「聞かざる」か(笑)。

 そこまでひどくはないと思うが(笑)、きちんと開示することで、国民全体で真剣に考えていこうという民主的な対応とは言い難く、「大本営発表」という戦前の古い体質を、いまだに払しょくしきれていないと言えるだろう。その点では、「週刊現代」などを始めとする週刊誌やインターネットのニュースサイトの信頼が大きく上昇した。大相撲の八百長問題を含め、「どうせ週刊誌のインチキ情報だろう」といった週刊誌の評価が、ここに来て大きく変わったと言えるだろう。
  マスメディアの中でも、批判的な見解は無くはなかったが、そこはやはり記者クラブ制の限界で、週刊誌のようには政府や東電を批判し切れていない。大手新聞の中でも1紙ぐらいは徹底的に原発事故への対応の鈍さを批判したところがあって良かったが、各紙ともほぼ「金太郎飴」状態だった。まあ、今回の大震災による広告と部数の激減もあって、昔から言われていたように、やはり大新聞は3社程度に整理・統合されていく運命にあるのではないか。

――うちも十分に気を付けないと…。

 しかし、マスコミ報道のソースである政府・東電の対応がお粗末なことがそもそもの原因だ。それを象徴するのが注水停止の問題で、肝心の情報そのものが政府に届いておらず、いわばアンコントロールの状態になっていることを印象付けた。注水継続を東電の所長が独自の判断で行ったこと自体は、危機的な状況での超法規的な対応として責めるべきではないと思うが、それがこれまで報告されていなかったことが極めて大きな問題だ。
  注水停止の問題で、国会審議が相当な時間を割いて行われた。まさに「茶番劇」というか、政府や国会が原発事故処理の当事者能力を欠いていることが良く理解できた。また、学校の安全基準である年間20ミリシーベルト問題も同様だ。事故前は1ミリシーベルトだった基準を、いつ、誰が決めたか分からないまま20ミリシーベルトに引き上げ、週末は再び1ミリシーベルトに引き下げるよう国費を全面的に使うと文科大臣が発表した。
  くるくる、くるくると変わって、国民は何も信じられない。政府への不信が一段と強まっている感じだ。不信にとどまれば良いが、これが海外と同様に暴力で訴える形、つまりテロリズムに発展するきっかけとならなければ良いが、というように国民は思い始めている。日本人は今回の大震災でも、海外からのその冷静さと団結力が高く賞賛されたが、その分、それに為政者があぐらをかけば、右に大きく振れていく危険性がある。
  いつかの社会保険庁の年金不正事件の時も、時の政府が厚労省に厳しい対応を採らなかったため、厚労省の元次官が言われ無き殺人事件に巻き込まれても、世間の目は冷ややかだった。そうならぬよう、民主党は原発事故の検証をきちんと行い、明確な責任の所在を求め、責任者を厳しく処分することが求められる。とりわけ東電はもとより、その監督責任がある経産省、資源エネルギー庁、原子力安全・保安院などに対し国民が納得する形で処分を行わないと、今回ばかりはテロリズムやアナーキズムが台頭しないという保証は無いのではないか。

――かなり厳しい意見だな…。

 というか、こうして最悪の事態を話し合っていないからこそ原発の事故が起こり、社会保険に大穴が開き、しまいには国土が刻々と侵略されつつある。戦後70年近く続いた平和ボケを、今回こそは一掃しないと大変なことになるのではないか。にもかかわらず、地方公務員給与は引き下げの対象ではないとか、独立行政法人は手つかずであるとか、まだそんな事を言っている。
  政治家は決断し、責任を取ることが仕事だが、今の菅政権を見ていると、決断ができずに責任逃れのための会議ばかり設置しているようにも感じる。この結果、色々な対策が二転三転し、後ズレし国民を困惑させているようだ。そして、こうした政治に国民が倦んでくれば、独裁政権が誕生しかねない。
  独裁政権ではないが、最近、市場でも「クリーンで何もしない政治家より、少々ダーティでも決断力のある政治家の方が良い」といった声が強まりつつある。数千億円を懐に入れるアラブの政治家のようなダーティさでは困るが、今の国難を打破するためには、10億円単位なら力のある政治家の方が良いのではないかと(笑)。
  誰のことを言っているのかわからないが(笑)、確かに今は戦後最大の危機だ。それを乗り越えるには、まず、きちんとした情報開示が必要であり、それに基づく大人の議論だ。決して情緒的な議論ではなく、できることとできないことを明確に分けて、できないことや少数の利益、古い考えに与することなく、思い切った対策を提示することが政治やメディアに求められている。

――その意味では不信任案はひとつの節目になる…。

 私はコロコロと首相を変えるのは反対で、とにかくもう少しやらせて、パブリックセクターの給与3兆円引き下げと消費税5%引き上げを同時にやってもらいたい。
  いやもう菅さんは限界だろう。早く政権を変えないと大地震と原発処理ともに後手後手になり、それこそ人災になる。
  首相の後任に誰が良い人がいれば私は内閣総辞職に賛成だ。原口前総務大臣あたりかな。それとも海江田さんか。場合によっては、みんなの党の渡辺代表って線は?

――まあ政治は一寸先は闇というからな(笑)。とはいえ東電の賠償機構が法律として成立しなければ東電は破たんしてしまう…。

 東電が破たんしたら、電事法の定めにより電力社債が償還されるため、福島の住民などへの賠償金がすみやかに支払われないことになる。また、破たんした東電から社員が続々と退職し、だれが原発の処理をするのかとう問題もある。何でも感情的になってはかえって混乱するよ。

――確かに。しかし政治の貧困を何とかしなければいけない。今こそ決行と実効だ。