決断から実行まで2カ月待ちの政府支援

決断から実行まで2カ月待ちの政府支援

仙台市長 奥山 恵美子 氏



聞き手 編集局長 島田一

――敗戦以降、半世紀以上を経て、仙台の街にとって最大の被災となった…。

奥山 仙台は陸軍の第二師団があったため、太平洋戦争末期の7月9日から10日の夜にかけてB29の爆撃を受け、中心市街地の半径約1.5Kmがすべて焼け野原になり、1000人を超す市民の命が奪われた。そして今回の震災で、700人を超す市民の命が奪われている。これだけの命が一瞬に奪われるのは痛恨の極みだ。私は高校時代に岩手県に住んでいたので三陸海岸の津波被害は大きいという自覚はあったが、仙台のように砂浜が続くところで、約7mともいわれる波が来るとは想定していなかった。しかし、こうなった以上、自治体としての備えが不足していたと認めざるを得ない。地域の皆様には本当に申し訳なく思っている。

――この教訓を、今後の市政に生かしていくためには…。

奥山 自治体は、地域に住む人々の命を守り、つつがなく暮らしていけるようにお手伝いすることが最大の役割だ。今回、防波堤ですべてを守ることは出来ないことが明らかになった。壊滅的な被害を受けた荒浜地区や蒲生地区では、再び海の近くに住むことが心情的に難しいという住民の方々も大勢いらっしゃる。そこで、自治体としては、安全がある程度確保できる内陸側に集団移転していただくような取り組みを進める必要があると考えている。しかし、すべての住民を強制的に移動させるには合意形成が難しいため、この辺りはもう少し話し合いをしながら進めていくつもりだ。

――津波被害を受けた東部地域について、今、国に望むことは…。

奥山 農業インフラの復旧だ。被害を受けた地域はもともと低地だったため、普段から農業排水をポンプアップして外に出していたのだが、津波によって、4カ所あった排水機場がすべて壊れてしまった。そのため、今は仮設の小型ポンプ36台を使ってようやく水を外に出している状態だ。畑は比較的塩分に強いため、畑地の人たちはなるべく早く農業排水を復旧させて塩を抜き、もう一度畑作に戻りたいと願っている。今回の仙台市の被害総額は公共施設だけで約3500億円にも上る。いくら仙台市が政令指定都市であっても、市の年間予算4400億円に近い被害を元通りに戻すには国の支援が無ければ難しい。このような災害時は市債発行も出来るようになっているが、そうすると、経営健全化の指標がレッドゾーンになることは目に見えている。被災地帯では土地の価値もなくなるため固定資産税も入らなくなる。そもそも被災者には減免措置が取られることになっている。今後、被災した地域の自治体が資金不足に陥ってくるのは明らかだ。

――企業誘致のための税制特別措置なども考えていく必要がある…。

奥山 6月20日に成立した国の復興基本法の中には、「特区」が要望に沿って盛り込まれていた。仙台港周辺には色々な製造業の会社があるのだが、そういった企業が、雇用を守りながら経営再建出来るように、例えば、一定の雇用を確保する会社に対して、法人市民税を減免したり、還付を行ったり、我々なりの制度を作って企業支援と誘致を活発化させていきたい。そういった「特区」の枠組を、法律の成立を受けて国が出来るだけ早く決めてくれることを期待している。現在の国の制度では、農地は農地法の縛りを受け、住宅地は都市計画法や土地区画整理事業等の縛りを受けるなど、縦割り行政の影響で進むものも進まない状況になっているため、そういったものも含めて、特区として我々の裁量の中で調整出来るような仕組みになることが好ましい。

――仙台市では、被災した地域の瓦礫処理が進んでいる…。

奥山 まずは瓦礫処理を進めないと生活再建には着手できない。仙台市では、全国の政令指定都市のバックアップもいただきながら、優先的に取り組んでいる。今回の被災の中で思ったのは、基礎自治体がどれほどの力を出し得るかによって、復旧・復興のスピードが全く違ってくるということだ。基本的に災害時の対応は県単位で行うように法律化されているが、今回のように広範囲にわたる災害の場合は、県が複数の市町村に細かく対応することは難しい。そのため、それぞれの自治体が専門能力をどれだけ持っているかが問われてくる。仙台は政令指定都市だったため、土木職、農業職、福祉職のケースワーカーといった人材を自前で持ち、自分たちで考えたことを実行に移すことが出来たが、南三陸町や陸前高田市では、自治体職員の多くが被災してしまった。これは大変なことだと思う。地域には、その土地ならではの習慣や住民の想いがある。その想いを地元の職員に代わって他の応援職員が考えるのは非常に難しいことだ。

――仙台市の復興プランは…。

奥山 まずは、太平洋岸に植えていた緑を復活させたい。津波でほとんど流されてしまったが、海岸沿いに松の木があったことで津波の勢いが多少なりともそがれたと思う。仙台は「杜の都」だ。今までの倍程の厚さの緑を海岸沿いに復活させ、その内側に平行して、今回の津波災害の記憶を継承する場所となる盛土の丘を作る。そして、さらに内側にある県道を高くして防波堤の機能を持たせる。実際に、県道のさらに内陸部側にある高速道路は、防波堤の役目を果たし、その内側は大きな被害にはあわなかった。このように、それぞれがきちんとした機能を持ちながら、多重的に防潮堤の役割を果たす安全な地域づくりを目指していきたい。海岸に近い住宅は、集団移転や集約化を進める必要があるが、今回避難所として機能した4階建ての荒浜小学校のように、高層の集合住宅を作るというようなアイデアもある。住民の中には、集合住宅が良いと思う人もいれば、タウンハウスのように、これまでのような土と一緒の暮らしを望む人もいるため、色々な声を聞きながら、工夫して進めていきたいと考えている。

――国の支援が遅すぎるという声も多い。その原因は…。

奥山 政府の決定から実務レベルに至るまでのタイムラグが大きい。瓦礫撤去の問題にしても、3月末には「すべて国が行う」という決断が下されたが、その「すべて」の程度は、環境省の要綱を見て初めてわかることになっている。その要綱が決まるのを待ちきれず先走って自治体負担で進めてしまった場合、そのすべてを国が遡って費用負担してくれるのか、それとも、それを「フライング」だとして、要綱に定められていないことに関しては自治体の責任として後々までその費用負担を引きずることになるのか。それは自治体を運営する立場からすれば非常に大きな問題だ。今回はその要綱が決まるまでの時間が恐ろしく長いため、取り掛かろうにも取り掛かれない状況になっている訳だ。

――政治主導が機能せず、役人を使いきれていない…。

奥山 政府から発表された国の方針をマスコミの情報で知った国民は、「その方針を早くやってくれ」と思っている。一方、我々が頼みとする各省庁の要綱は、2カ月待ってようやく出てくる状態だ。我々が痺れを切らして国に対して質問状を出しても、返事すら返ってこない。このように、国、県、市町村が抱える様々な問題が絡み合い、物事が進まない状況が続いている。また、今回の災害が年度を跨いでいることも作業を面倒にしている。前年度に発注したのか、新年度に発注したのかによって、予算のつく場所が違ったり、起案書をどちらの年度に入れるのかといった瑣末な問題に煩わされている。こういったことが求められているのは、2年程前に自治体で事務の不適正処理があったことで会計検査院から厳密な目が向けられているということが背景にある。平時ならいざ知らず今回のような大災害時においてまでこういった事務処理に手間取らされ、本来求められている迅速な対応が阻まれているのは、正直歯がゆい。現場を預かる我々は、被災者を目の前にし、一刻も早く手を打とうとしているのに、形式を整えるためだけに時間を費やすことには矛盾を感じた。

――日本の法律が緻密すぎるために、迅速な行動が取れなくなってしまっているという印象を受ける…。

奥山 住宅や宅地の個人資産に対する公費投入にしても、現在の罹災証明は家屋の損壊状況によって出されるため、宅地がどんなに壊れていても家屋がそのまま残っていれば罹災証明は出ない。今回は宅地被害が大きく、家屋はそのまま残っていても、家屋の下の土地に大きなひび割れが出来て、擁壁が崩れているといった状況が多くみられ、仙台市内では、65地区、2000件以上の被害が確認されている。それにも拘らず、宅地被害に対する補償制度がないというのは今後の生活再建に向けて大きな問題だ。また、崩れている宅地は昭和30〜40年代頃の住宅造成によるものであり、居住者は皆高齢で年金世代になっている。そういった方々に擁壁を直すだけの資金余力がなければ、その家の周辺一帯の擁壁工事が実施不可能になる。こういった法的な不備が、次々と顕在化してきている。仙台市の震災復興計画は、今年10月末をメドに固めていきたいと考えている。そのためにも、是非、国の二次補正を大々的に作っていただきたい。宅地復旧事業にかかる経費がどの程度措置されるのかによって、我々の復旧メドも全く変わってくるだろう。(了)